①アオイの場合

第1話 変態と恩人は紙一重

葬魂。それは、比較的最近出来た概念である。


元々多くの宗教などでは、霊や魂、神など、つまりは「目に見えない超常的な何か」に名前を付けてそれを信じてきた。

だが、誰かがふと気が付いた。葬式とは何を送るための儀式なのか。我々は墓前で何に祈りを捧げているのか。


葬式は魂の抜け落ちた言わば「抜け殻」に向かって頭を垂れ、墓は遺骨の入った壺が置かれているのみである。

では、人々が存在を信じて疑わない「魂」を送ってきたのは誰なのか。この問題が浮き彫りになってから、突如として世間にその名が知られる事になった職業がある。


『葬魂屋』、また彼らが勤める場所を総じて『葬魂所』と人々は呼んだ。






◇ ◇ ◇






「あっつー!仕事なんかやってられへんわ、こんな暑いのに!」


「普段から大して真面目にやってないでしょ、キビトさん」


「僕は真摯に向き合ってるわ、特に魂と!」


「そういうことにしときます。ゴミ、片付けますよ」


「ありがとう、千夏(ちか)ちゃん」


私の恩人はあろうことか、現在進行形で扇風機の前に横になり、だらしない猫のようになっている。こんな姿を見るためにこっちに戻ってきた訳では断じて無い。


この腑抜けた姿さえ見せなければ、普通に顔は整っているし、スタイルもまあ悪くは無いんだけど。服だってちゃんと着飾れば、それなりに着こなしてみせるはずだ。


『葬魂屋』という言葉が生まれるよりももっと前から、この世界で死後の魂を導いてきた人、名前はキビトさん。


本人曰く名前は偽名だそう。というか、本当の名前は忘れてしまったらしい。私が彼に、魂の状態から元に戻してもらったように、キビトさんも同じことを経験したと言っていた。


かくいう私も、こうなる前の記憶はない。どこで何をして、何のために生きていたのか。何も覚えちゃいない。一つだけうっすらと頭に浮かぶのは、ひたすらに死にたがってたってことくらい。


「はいはい、千夏ちゃんの憂鬱な脳内妄想は終わり」


「また勝手に見たんですか?普通に気持ち悪いんでやめてもらっていいですかね」


「辛辣やなぁ」



はぁ。これも聞かれてると思うから気にせず言うと、キビトさんはこの世界で数少ない『葬魂屋』の一人で、それに加えて人の心が読める特殊なヒト。仕事の時はその力を使って魂を正しく導くんだけど、これを日常的に使ってくると普通にセクハラの領域。


「セクハラって言われてもねぇ。僕、本当は女の子かもよ?」



思わず、反射的にキビトさんの頭を手に持っていたホウキで叩いた。



「心はねっ!」とかいう意味の分からない事を言っていたので、元からおかしい頭が更に悪くなっただけみたい。ふぅ、一安心。

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