3話 前編
土曜日の放課後。
あたしはすごく緊張していた。
どうしてかというと。
これから碓氷唯のお宅にお邪魔することになっているから。
どうしてそんな状況になっているのかというと。
先日、お弁当対決で惜しくも負けたあたし。
いつか再戦をする時の為に、碓氷唯に料理を習うことにしたのだ。
勝負に勝っていないのにお願いしてずるいかと思ったし、断られるかと思ったけど。
碓氷唯の返事は「…いいよ。」とのことだった。
ただその代わりの条件で、碓氷唯の自宅で習うということになり。
なんで碓氷唯のお家で?と疑問に思うことがあったけど、特に問題はないのでその条件を飲み、お願いすることにした。
そう。
あの時は問題ないと思っていた。
だけど一緒に買い物をして、徐々に碓氷唯のお家へと近づいていくにつれ。
(あれ?よく考えたらこれから碓氷唯のお家にお邪魔するんだよね?…え?あ、憧れの碓氷さんのお家に!?い、いいの!?)
なんてライバルとはいえ憧れもまだ残っているわけで。
そう考えてくると、ドキドキが止まらなくなっていた。
さて、そういうわけで碓氷唯の自宅であるマンション前まで来ていたあたし。
緊張からかいつのまにか立ち止まっていた様で。
「…どうしたの?」と首を傾げる碓氷唯。
「う、ううん。な、なんでもない」と返事をすると碓氷唯が住むマンションの一室まで案内される。
「…上がって。」
「う、うん。お、お邪魔しま〜す。」と未だに緊張していたあたしは少し小さい声でそう言うと、中へと入る。
リビングへと案内されたあたし。
碓氷唯はなにか準備があるからと別の部屋へと行ってしまった為、ソファーに腰掛けながら待つことにした。
ちなみにそのソファーにはすでに先客がいて。
大きいネコのぬいぐるみが半分陣取っていた。
そのネコのぬいぐるみをツンツンしたりしていると緊張も解け、やがて碓氷唯が戻ってきて。
「…なにしてるの?」
「かわいいからツンツンしてたー!この子かわいいねー!」
「…うん。…お気に入り。」
と、嬉しそうな様子の碓氷唯。
そこでふと気になったことがあって尋ねてみることに。
「ネコ飼ったりはしないの?」
「…ペット禁止だから。」
と、今度は悲しそうな様子で。
あたしの家は一軒家だからそういうこと気にしたことなくて。
悪いこと聞いちゃったなと思ったあたしは、ネコのぬいぐるみを抱き抱えると碓氷唯に向けて。
「にゃぁ〜。ご主人にはワタシがいるにゃ〜。浮気はダメなんだにゃぁ〜。」
と、お願いのおかげで少し上手くなった真似をして手をフリフリさせる。
これで少しだけでも元気になってくれたらと思ってやった行動だったのだけど…。
「…かわいい。」
と言うとネコのぬいぐるみと一緒にあたしまでぎゅっと抱きしめられて。
効果は抜群だったのか、碓氷唯の予想外の行動にまたドキドキすることになるのであった。
それからしばらくしてなんとかドキドキが収まったあたしは碓氷唯に料理を習い始める。
といっても今回は簡単なカレーから。
お母さんのお手伝いレベルのあたしはここからにすることにした。
さて、まずはなにから始めようかなと考えていると碓氷唯からある物を手渡される。
それはエプロンで。
たしかに今は制服だし、カレーが跳ねてシミになったら大変だなと思ったのだけど…。
広げてみるとネコのイラストがこれでもかと描かれたエプロンで。
「これ…着けるの…?」
「…うん。」
「あ、えーと。今回はエプロンなしでもいいかなぁ…なんて?」
「…だめ。」
と、譲らない様子の碓氷唯。
そこでふと気づいたことがあった。
なんで碓氷唯のお家を条件にしたのか疑問だったけど、もしかしてこれを着けさせる為だったんじゃないかと。
それを尋ねてみると、プイッと顔を逸らす碓氷唯。
あーやっぱり…。と今更気づいても遅いし、そもそもお邪魔させてもらってるから文句を言えるはずもなく。
エプロンを着けることにした。
「…似合う。」
「あ、ありがと…。」
と、苦笑いしながらお礼を言うと、今度こそ料理を始めることに。
まずはご飯を炊く準備をして、それから具材を切っていくのだけど。
ジーッと碓氷唯に見つめられ。
というより、エプロン姿を見られている様な気もするけど…とにかく少し緊張しながら片手をネコの手にして慎重に切っていく。
いつもはもう少し早く出来るんだけど、刃物を扱っているので慎重に。
なんとか無事人参を切り終えたあたしはほっと一安心する。
そしてそれを見ていた碓氷唯が「…上手。」と褒めてくれたのだけど…。
「…ネコの手。」
「そっち!?」と予想外の方を褒められていたことに驚く。
「…うん?」と首を傾げる碓氷唯に思わず笑ってしまうとさっきまでの緊張は一気に解けていて。
そこからはいつもどおりの早さで、具材を切っていくことが出来た。
それから碓氷唯から火加減などの細かい指示を受けて、具材炒めていき。
あとはルーを溶かして煮込んでいくだけとなった。
ここでふと買い物をした時のことを思い出す。
お母さんが作るカレーは中辛だったから、今回もそれでいいかなと手を伸ばした瞬間。
すごい早さで甘口の方を取り、カゴに入れる碓氷唯。
あまりの早さに驚いたあたしに。
「…こっち。」と絶対に譲らない様子で。
「もしかして辛いの苦手?」と尋ねてみると。
「…べつに。」とそっぽを向く碓氷唯。
そんなやりとりを思い出し。
碓氷唯は辛いのが苦手なことを知れたのと、かわいいとこあるんだなぁ。と嬉しくなるあたし。
「…どうしたの?」
「んー?なんでもなーい!」
なんてやりとりをしながらルーを溶かし、煮込むこと数時間。
やっと完成したカレー。
あとはお皿に盛り付けるだけなのだけど。
ここで一つ思いつき。
カレーの盛り付けはあたしに任せてもらうことにした。
碓氷唯にこっそり隠れて盛り付けたカレー。
それはご飯をネコの顔の形にして、アスパラや人参で顔を作った、特製ネコカレー!
「ジャーン!どうどう!かわいいでしょー!」と、碓氷唯に見せると。
「…すごい。…かわいい。」と、喜んでいる様子で。
これで少しだけでもお礼出来たかな?なんてあたしも嬉しくなっていた。
まぁ、一つ問題があるとすれば先日のネコおにぎりと同じようにずっと眺めてて、なかなか食べ始めてくれないことだったけど…。
ちなみにカレーの味は大変美味しくできました!
甘口でも美味しかったよ!
というわけでカレーを無事に作り、食べ終えたあたし達。
そろそろ遅い時間だし、片付けをして帰ろうかなと思っていた時だった。
碓氷唯のスマホが鳴る。
どうやら碓氷唯のお母さんからの様で。
片付けはやっておくからと伝えると別の部屋へと移動する碓氷唯。
洗い物をしながら、今日は碓氷唯のお家にお邪魔して緊張したけど、楽しかったなぁ。なんて思っていると碓氷唯が戻ってくる。
ちょうど洗い物も終わったし、帰ろうとしたのだけど…。
「…無理。」
「ん?なにが?」
「…雨。…すごい。」
「…え!?」と驚き、ベランダから外を見せてもらうと雨がすごく降っていて。
それだけではなく、風も強くとても帰れなさそうな状況で。
天気予報を見てみると、翌朝までこの状況らしく。
お母さんに迎えに来てもらおうかと考えたけど、風が強くて危ないし。
どうしようかと考えていた時だった。
「…泊まる?」
「え?」
「…泊まっていく?」
「さすがにそれは…。家族の人にも迷惑になるし…。」と遠慮するのだけど。
「…会社に泊まるって。…だから私一人。」とのことで。
「ほんとにいいの?」という質問に碓氷唯が頷くと、泊まらせてもらうことになったあたし。
初めての碓氷唯のお家訪問。
料理を習いに来たはずが、お泊まりまですることなって。
どうなってしまうのでしょうか。
後編へつづく。
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