1話

「碓氷唯!勝負よ!」


あたしは碓氷唯のクラスまでやってくると、元気よく扉を開ける。

教室の中には碓氷唯がホウキを手にして、こちらを見ているのだけど…。


「あれ?あんたなにしてんの?」


「…掃除。」


いや…それは見ればわかるけど…。

ただ一つ違和感があって。


「なんで…一人…?」


普通、掃除は大体五人くらいでやるはずなんだけど…。

あたしは疑問に思い碓氷唯にそう尋ねる。


「…邪魔だったから。」


「邪魔?」


「…そう。…話してばかりで。」


(あー大体わかった。つまりは他にも掃除する子はいたけど、話してばかりで掃除が全然進まくて。それで追い出して一人で掃除してたと…。また冷たく言ったんだろうなぁ。)


その場面を容易に想像出来てしまい、思わず苦笑いするあたし。


「…それに。」


「ん?それに?」


「…勝負する約束あったから。」


「うん?」


「…早く掃除終わらせて。…お願い聞いてもらう。」


「なんであんたが勝つ前提なのよ!」


「…どうせ勝つし。」


「むきー!ほら早く掃除終わらせて勝負よ!」


そう言うとあたしは教室の隅にカバンを置いて、掃除用具入れからホウキを取り出す。

一人でやるからと断る、碓氷唯にいいから無駄口叩かない!と半ば強引に手伝いを始める。

掃除が終わるまでニヤニヤを隠すのに必死だったのは内緒。

碓氷唯との勝負はあたしから言い出したことで。

正直言うと本当は嫌々付き合ってくれてるんじゃないかなとか思ってしまうわけで。

碓氷唯もちゃんと気にしてくれてることが嬉しかったから。


というわけで掃除を終えたあたし達は勝負を始める。

今回の勝負はコイントス。

指で弾いたコインを片方の手の甲で受け止めてもう片方の手で隠し、裏表を当てる簡単な勝負で。

運頼りの勝負ならあたしにも勝てるはず。

そう思っていたんだけど…。


3回勝負で始めたこの勝負。

ジャンケンの時と同じでストレートで負けたあたし。


「もしかして、あたし運悪いのかな…。」


日頃の行いも良いし、そんなわけないとは思うものの。

ここまで負けるとそう考えてしまう訳で…。


「…運?…なんで?」


「へ?だって2分の1だし。…違うの?」


もしかしてなにか必勝法とかあったり!?

もしくは頭脳明晰の碓氷唯、独自の当て方が!?

なんて考えたけど答えはもっと単純で。


「…見てればわかる。」


「え?」


「…手の甲に乗る瞬間まで。」


つまりは最後までずっと見ていれば、裏か表かわかるということらしいのだけど。

あたしも試しにやってみたけど、早すぎてそんなの見える訳ない。

だけど、碓氷唯には見えているみたいで。

動体視力も良いことを初めて知ったあたし。

さらにはジャンケンの時にはあたしが出した手を見て瞬時に変えるという、反射神経の良さまで知ることとなった。


「ええぇ…。運の勝負だと思ってたのにー!」


と、がっかりするあたしに


「…この勝負なかったことにしよ。」


と、提案する碓氷唯。


「ん?なんで?」


「…だってつまらないでしょ。」


そう言う碓氷唯はなんだか暗い様子で。

意味はわからなかったけどあたしははっきりと答える。


「つまらなくないよ!」と。


「…でも。」


と、なにか言いかける碓氷唯だったけどそれよりも今のあたしは別のことに興味深々で。


「っていうかあんたほんとすごいね!ちょっと見せて!」


と言うと碓氷唯に顔を近づけて目をジーッと見る。

動体視力の良さの謎はわからなかったけど、綺麗な目をしてるなぁと思っていると。


「…近い。…離れて。」


そう言うと碓氷唯はあたしを突き放す。

だけど、それは他の子を冷たく突き放す感じではなく優しくて。

もしかして照れたのかな?なんて思ってみるも、碓氷唯に限ってそれはないか!だって相手はあたしだし!と考えていると。


「…なかったことにしなくて本当にいいの?」と尋ねる碓氷唯。


「もちろん!あんたの勝ち!」と笑顔で返す。


「…わかった。」と言うとさっきまでの暗い様子もなく納得する碓氷唯。


そんなわけでお願いを聞くことになったあたしなのだけど。

今回はなにをお願いされるんだろ。

まぁネコ関連だとは思うんだけど。

あー!せっかく語尾も治ったのにー!なんて考えていると碓氷唯の口からお願いが告げられる。


「…手を触らせて。」


「え?手!?」


「…うん。」


てっきりネコ関連のお願いだと思っていたあたしは驚いたけど。

特に理由を尋ねず。

というかきっと聞いても答えないと思うし。

黙って両手を碓氷唯に差し出す。

すると、そっと碓氷唯はあたしの手に触れる。

初めて碓氷唯に触れられた部分はひんやりとしていて。

そして優しく触れる碓氷唯の手がなんだか気持ちいいなと感じていた。

やがて満足したのか、今度は自分とあたしの手の平を合わせる。

長く細い碓氷唯の指と、途中までしかない小さいあたしの指までしっかりと。

碓氷唯の手はほんとに綺麗で。

羨ましいなぁ…。なんて考えていると。

また満足したのか碓氷唯のお願いは終わる。


結局なんで手を触りたかったのかわからなかったけど、無事お願いを終えたあたしはいつも碓氷唯との勝負内容をノートに書き留めようと自分のカバンの中から取り出そうとする。

それは碓氷唯に負けた戒めと反省点をまとめたノートなのだけど。

探してもカバンの中に入っていなくて。

そういえば慌てて帰りの支度をしたせいで机の中に忘れたのかもと思い「碓氷唯!帰り道も勝負するんだからね!先に帰るんじゃないわよ!」と言い残すと教室へと向かい、机の中に残ったままのノートを発見し、今回のことを書き記す。


一方、教室に残った碓氷唯はというと。


「…手ちっちゃくてかわいかった。…それにあったかくて。…見つめられてドキドキもしたし。…掃除の時も優しくて。…ネコの真似もかわいかったな。…あの子といると楽しい。…これからももっといろんなことお願いしよ。」と今日のことを思い出し、嬉しそうにする碓氷唯。

だけど、自分の教室に向かったあたしは知るよしもなかった。


その後、帰り道で勝負をするもまた負けたあたしは分かれるまで、お願いによって手をずっと触られることになったのだった。

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