第8話 再び 3
神様にお会いしたあの空間から出たら、そこは実家の自分の部屋だった。
もう5年以上は帰っていない実家。
この部屋に入るのは何年ぶりだろう。
懐かしいなぁ。
このクリスタルや祭祀具のような玉なんかはよく眺めていたものだ。
あっちのトーテンポールの模造品は誰のお土産だったか?
当時は少しでも異世界に近づきたくて、何か手掛かりがあるんじゃないかと怪しげな品物を集めていたんだよなぁ。
それにこっちは手品の道具。
異世界で役に立つかもしれないと思い、いくつかの手品を身につけたんだった。
おかげで手先が器用になった気がするよ。
そして、武術の用具。
収納できないものは、部屋の中に置きっぱなしにしていたんだよなぁ。
しかしまあ、こうして眺めてみると手あたり次第って感じが否めない。
それだけ必死だったのだろうけど。
机の上の懐中時計を手に取ってみる。
20年前に戻っているとしたら、ここに懐中時計があるのも納得できるな。
俺の懐の懐中時計が無くなっているのはタイムパラドックス的な何かなのだろう。
しかし、この部屋の中にある雑多なものの中で、40歳の時点の俺が所持していたのはこの時計くらいか。
そう考えると感慨深いものがある。
まあ、あれだな、この部屋には懐かしい思い出が詰まっているということだ。
「……」
考えてみれば、ここ数年は家族とも疎遠で実家に帰るどころか電話すら殆どしていなかった。それもこれも俺の鬱屈した心情ゆえのことで、家族には何ら原因はないんだ。情けないとは思いながらも、どうしても家族と向き合う気になれなかったから。
40男がだらしないもんだ。
でも、今はすっきりした気分で家族と顔を合わすことができる、そんな気がする。
……。
……。
さて。
現実から目を背けている内に、ようやく少し落ち着いてきた。
「……まあ、神様のすることだから」
何でもありだよな。
信じがたい現実を受け止めようか。
ということで、2階の自室から階下の洗面所に向かい大鏡で再度確認。ついでに玄関に置いてあった今日の新聞で日付も調べて、そのまま自室に戻る。
本当に20年戻っていたよ。
今は俺が20歳の7月だった。
これが夢でなければだけど。
「……」
うん、これはこれで。
いや、冷静に考えると、ありがたいよな。
いくら鍛えていたとはいえ40男の身体で異世界に赴くより、20歳の身体で行く方が良いに決まっている。
それに、20歳の時点でも充分鍛えていたからな。
その点でも問題はないはずだ。
そうなのだけど、気掛かりなのは武術の腕や神様にいただいたギフトの熟練度など。
使えないとか、著しく低下しているとか?
それは勘弁してほしいけど。
まあ、仮にそうだとしても。
異世界に行けるようになったことを考えれば、多少の犠牲には目を瞑るべきだな。
とにかく、その辺はあとで検証しよう。
ということで、20歳になったという現実は今さらどうしようもない。
しっかり受け止めて、これからのことを考えるとするか。
「では、まずは……ステータス」
そう念じると、目の前の空間に画面と文字が浮かんでくる。少し奥行きのある立体的な文字だ。
有馬 功己 (アリマ コウキ)
20歳 男 人間
HP 110
MP 155
STR 183
AGI 125
INT 211
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定初級 エストラル語理解
セーブ&リセット 1
<所持金>
15、000メルク
<クエスト>
1、人助け 済
これは、まあ、何と言うか……。
考えるべき点は多々あるものの、眼前に広がる文字たちを見ていると、そういったものも無視してしまいそうになる。それほどの喜びが、尽きることのない源泉から湧き出てくるように感じられるんだ。
さて、どこから手を付けていこうか。
と考えていると。
「功己~、いつまで部屋にいるの? 今日は大学でしょ?」
階下から声が聞こえてきた。
その言葉に我に返る。
母さんだ。
全く気にもしていなかったのだけど。
当然のことながら、母さんが同じ家にいるんだよな。
それに今の俺は大学生。
今日は大学のある平日だ。
多少の不安と興奮を胸に抱え階下に降りていくと。
「母さん……」
母さんがいた。
「どうしたの、変な顔して」
「いや、あの……」
「ん?」
「母さん……若いね」
「はあ? 何言ってるの?」
そりゃ驚くだろ、随分と若返った母親が目の前にいるのだから。
20歳も若いなんて、もう別人だよ。
「それより、大学はいいの。今日は朝から授業なんでしょ?」
「えっ、そうだったかな?」
「何惚けてるの。さっさと朝ごはん食べて学校行きなさい」
「分かったよ。……あのさ、母さん、今日はいつだっけ?」
「金曜よ」
「そうじゃなくて、その、何年何月何日かな?」
「……本当に大丈夫?」
怪訝そうな顔をして、こっちを覗き込んでくる。
その気持ちは分かるよ。
その反応は予測していたけど、我慢できず口走ってしまったんだ。
「うん、大丈夫だから、ちょっと確認で」
「そこのカレンダー見たらわかるでしょ」
目の前の壁には、平成前半のカレンダーが掛かっていた。
「ああ……なるほど」
さっきも新聞で確認していたんだけどさ。
何度も確認したくなるよ。
やっぱり、現実なんだなぁ。
タイムスリップ? タイムワープ? タイムリープ?
言葉はどうでもいいけど、20年前に戻ったんだ。
その後、本当はすぐにでも異世界に行きたかったのだけれど、この世界での現状を把握するため、とりあえず今日一日はこちらで過ごすことにした。というより、母さんに追い立てられるようにして大学に出かけたので、そのまま過ごすことになってしまったってところか。
まあ、俺も中身は40歳だ。
何事も焦りは禁物だと理解している。
問題はない。
大学には出向いたものの、中身40歳の俺には知人と上手く接する自信がなかったので授業に出る気分にもなれず、図書館にこもることに。そこで、携帯していた手帳やらノートやらで今の自分の状況を確認、記憶の片隅から20歳時の生活を思い出していった。
この当時の俺はスマホどころか携帯電話すら持っていない。
使えなくなって初めて分かる便利さというものを実感するな。
図書館にこもること数時間。
随分と冷静に考えることができるようになり情報も集まってきたので、これからの事を具体的に考えていると、あっという間に夕方になっていた。
とにもかくにも、20年前に戻り20歳の大学生に戻った自分と異世界に行ける力を身につけた自分を理解し受け入れることができたと思う。
色々と考えることは山積みだけど、1つひとつ片付けていこう。
そして、そう、まずは異世界に行かないと始まらない。
なるべく早く行かないとな。
今夜か明日には行ってみよう。
そう決心して大学から家に帰る途中、最寄りの駅を出て歩いていると。
「功己」
と背後から呼びかけられ振り返る。
そこには。
「今帰り? 今日は早いね」
「あ、ああ」
幸奈がいた。
笑顔の幸奈が。
「じゃあさ、ちょっとお茶でも飲みに行こうよ」
両手を後ろに組んでこちらを見上げ、不安そうに窺うような表情を隠しながら笑顔を浮かべる幸奈。
20歳の幸奈はこんな感じだったんだな……。
「どうかな?」
「……」
今日は止めておく、と言いかけたところで、言葉に詰まる。
白い空間での神様の言葉が頭をよぎる。
「そうだよね……」
背けた顔から、囁くような幸奈の声が届く。
まいった。
ここは誘いに乗る場面だというのは分かるけど…。
今の俺が幸奈と何の話をすればいいのか分からない。
この当時の俺と幸奈の関係は、どんな感じだったんだ?
20年前はどんな会話をしていたんだ。
自分の口調すら、はっきりとは思い出せない。
「やっぱり、無理だよね……」
俯く幸奈。
そうかぁ。
俺は幸奈にこんな表情をさせていたんだな。
神様の顔が浮かんでくる。
「……明日」
「えっ?」
「明日のこの時間からなら」
「ホント!?」
振り向いた幸奈は驚きを顔に浮かべている。
「ああ」
「よかった……良かったぁ」
と思ったら下を向きしぼり出すような声。
「……」
何というか、こう、罪悪感がこみ上げてくる。
こんな感情いつ以来だろう。
もう何年も感じていないような気がする。
ずっと1人で周りとは距離をおいて壁を作って、そんな生活をしていたんだよな。
いつ異世界に行くとも知れない身では、この世界で親密な人間関係を作るわけにはいかない。そう思っていたから。
最善だと思っていたその選択を今さら悔いる気持ちはないけど、今の環境に身を置いてみると色々と考えさせられるものがあるのも事実だ。
幸奈にも周りのみんなにも申し訳ないことをしていたんだな……。
「じゃあ、約束だから。明日この時間に駅前で待ち合わせだよ」
そんな俺の思いを断ち切るような弾んだ声。
その中に不安を残しているような微妙な笑顔が覗き見える。
「……分かった」
「うん!!」
今の微妙な感じ。
俺たちの立ち位置はこんな感じでいいのだろうか。
「……」
それでも、20歳の当時はまだ幸奈とも比較的良好な関係だったんだよな……。
今回は前とは違うもっと良い関係を築いていこう。
「はぁ~、神様と約束はしたけどさ。ホント大変だわ。なにせここ数年、仕事以外の時間はほぼ引き籠っていたんだから」
さっきの決心はどこへやら。
自室のベッドに横たわったまま、そんな弱音が思わず口から出てしまう。
だってなぁ。
実質40歳の俺が20歳の幸奈を相手にするなんて、年齢差だけを考えても腰が引けるというのに…。
数年引き籠っていた男で。
さらに、この当時は幸奈にも自分の周りにも無関心な男。
どういう態度で会えばいいんだか。
いきなり、会話を楽しむという関係でもないだろうし。
素っ気ない態度というのも、今は違うだろ。
と言っても、明日会うしかないんだよな。
……。
考えても仕方ないな。
もう、なるようになる。
そう考えることにしよう。
「しかし、疲れたな」
つい、ひとり言が出るほどだ。
ホント、今日は色々あり過ぎて疲れた。
神様に会って、20年前に戻って、家族に会って、大学に行って、幸奈と会話して、家に戻って。
昨日までの俺の生活と比べたら、とんでもないことになっている。
そりゃ、疲れるわ。
このままベッドに横たわっていると寝てしまいそうだ。
バチン。
頬にビンタ一発気合いを入れて。
よし、やるぞ!!
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