第7話 再び 2
「何か問題でもあるかな?」
「いえ、私の勘違いだったのですが、エストラルに行った後は地球に戻れないと思っていましたので」
「以前も帰してあげたろうに」
そういえばそうだ。
あの時は人を助けるという簡単なクエストをこなした後、無事に帰って来れたんだよな。
次に異世界に行ったら、もう戻って来ることができないと思い込んでいた。
「キミのこの30年からすれば仕方ない」
まあ、異世界と日本を自由に往来できるという事実の前では、俺の勘違いなんてどうでもいいことだ。
「話を続けるが、以前キミに与えた魔法の力は……ほう、独力で随分鍛錬しているようだ。それに誰にもその力のことを知られていない」
「努力はしましたが、神様に褒めていただけるほどでは……。異世界については誰にも話さない約束でしたので」
「話さずとも魔法のひとつくらい露見してもおかしくはない」
「……」
魔法がばれたら芋づる式に異世界のことも知られそうだから、必死に隠したんだ。
「しかし、あの魔法の力をここまでにするとは、本当に大したものだ。その努力の対価として、こちらにも少し手を加えておこう……。よし、これで魔法の使い勝手が良くなるはずだ」
「……ありがとうございます」
何をしてもらったのか今は分からないが、ありがたいことだ。
でも、こんなに色々と神様にしていただいて良いものなのか?
異世界間の自由往来だけでも十分なのに。
30年待たされたとはいえ、神様の役に立ったわけでもない俺のためにここまでしてくれるなんて。
「こちらの手違いもあったし、事情もある。気にしなくていいが、気になるというのなら、こちらのために少し働いてくれればいい」
「もちろん、働かせていただきます」
今の俺に断るという選択肢はない。
「即答だな」
「当然です」
「……ふむ」
「それで何をすればよろしいのでしょうか?」
「以前と同じこと。クエストをこなしてくれれば良い」
「了解いたしました」
10歳の時、異世界で神様に下された命令。それがクエスト。
同じようなことをすればいいのか。
「ただし、強制にはしないでおこう。ゆえに、未達成の罰則はない。それでも、成功報酬は用意しよう」
「それですと、私にとって有利すぎる条件かと」
「有利とか不利とか、そんなものは関係ないのだよ。ただ、そのクエストをこなしてくれれば少しばかり助かるというだけだ。気が向いたら挑戦してくれればいい」
「……はい、承知いたしました」
「そう重く考えなくてもよい」
そう言われても。
これだけの恩を受けているのだから、可能な限り挑戦しようと思う。
「さて、今後もなるべくこちらの世界の人間に異世界の実在を知られないように」
「なるべくですか?」
「そう、なるべくだ。厳密に言うと……3人まで。知られても良いのは3人までだ。異世界について知る者が4人存在した時点でキミの異世界間移動のギフトは消失する。気を付けるようにしなさい」
「分かりました」
3人までという中途半端な感じがどうかとは思うけれど。
それでも、3人まで知られて良いというのは助かる。
今後の活動においても今まで同様、積極的に異世界の存在を明かすつもりはないが、何が起こるか分からないから。
「エストラルでも同様だ。エストラルの者に地球から来たことを知られぬように。ふむ、こちらも3人までは許そう」
「分かりました」
どちらも3人まで可能か。
3人という制限は一見すると余裕があるように見えるが、間接的に知られる可能性を考えると、余裕があるわけじゃないような気がする。
そう考えると、基本的には人に教えることは禁止だ。
とにかく、慎重に行動しなければいけない。
異世界に行けなくなるなんて考えたくもないからな。
「相変わらず物分かりの良い子だ」
「……」
神様にとっては、40歳の男なんて子供みたいなものなんだろう。
「さて、これが問題だが、上手くいくか? ……ふん、ん?」
右手を上方にかざし、左手で前方の空間に円を描きながらな指を素早く動かしている。
眼は上方を眺めながらも、どこか視線がずれている。
何を見ているのだろうか。
「ふむ、ふむ……ああ、ここに起点があるな。これはいい、実に良い。では、よし、これで……%&$#X%“#…………量…………$&*‘+@&%…………料、了……それ…………」
両手を戻すと、こちらに視線を向けてくる。
「これで大丈夫だろう」
やれやれと言ったような表情で右肩を回している。
神様も肩がこるのだろうか?
「ついでと言っては何だが、ひとつ面白いものも用意しておいた。期待しておくといい」
「そのようなモノまでいただけるとは、本当に何と言ったらよいのか……ありがたくも申し訳ないです」
「キミは本当に珍しい。最近は、口のきき方を知らぬ者も多いというのに、本当に珍しい」
「神様に対してですか?」
「うむ」
「そんな、畏れ多い」
「そう思わぬ者が多いということだ」
「神様に対してそのような態度をとれるとは、豪胆というより愚かと思えるのですが」
「ふむ」
「そもそも、こうしているだけで神様の甚大なる御力を感じます。この御力を前にしてそんな態度をとるとは、私には考えられないことです」
あり得ないことだと思う。
信心や敬心というものを除いても、人が抗することなど考えられないほどの存在なのに。
猛獣を前にして立ちすくむことなんて問題にならない程のこの感覚を感じないのだろうか。
「ほぼ力を消しているというのに感じられるか……なるほど、なら、これも与えられるな」
「……」
「もうひとつギフトを追加しておいた。後ほどステータスで確認すればいい」
「ありがとうございます。ですが……」
また何かを与えてくれた。
本当にここまでしてもらえるなんて、感謝を通り越して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。これまでがこれまでだっただけに、少し怖くもなってしまう。
「何度も言うが、気にする必要はない」
「……はい」
「そろそろキミが戻る時間だな。では、最後にひとつ忠告をしておこう」
「忠告ですか」
「そう。キミは大した努力家だ。よくここまで頑張った。人の身としてそれは賞賛に値する。しかし、異世界だけがキミの世界ではない。そちらの世界での人生も大切にするように。ふたつの世界での均衡を保つようにしなさい」
神様の言う通り、この30年ずっと異世界に傾倒してきた。全てを犠牲にとは言わないけれど、多くのものを犠牲にして暮らしてきた。それは言い訳もできないくらいの事実。それで良いと思っていた。
もちろん、こちらには戻れないと覚悟していたというのもある。
だけど、こうして自由に往来できる力を与えていただいたのだから…。
神様の言う通り、日本での暮らしも改善するべき、だな。
「そろそろ時間だ。これで、またしばらくは会うことも無いだろう。達者で暮らしなさい、両方の世界でな」
「はい」
分かりました。
こちらの世界には大した思いを持っていなかったけど。
いや、違うな。
持ってはいけないと思っていたんだ。
でも、これからは違う。
両方の世界で頑張ろう。
そう決意を新たにしていると、視界が真っ白に染まり意識が薄れていく。
「本当にありがとうございました」
神様、ありがとうございました。こちらの世界でも前向きに生きるよう善処します。
気付くと、俺は自分の部屋にいた。
それは予想通りなんだけど……。
ひとり暮らしの部屋ではなく、長らく帰っていない実家の部屋だった。
なぜに実家なのか?
神様がわざわざ実家に送り届けてくれたと?
不思議だ。
それに……。
室内の様子が随分と様変わりしている。
ベッドや家具の配置も違う、さらに神具、祭祀具や呪術具のような怪しげな品々が机や棚の上に置かれている。異世界に行くため藁にもすがる思いで集めたものだが、随分と前に処分したはず。
どうして今も飾られているのか?
親が飾ったとでもいうのか?
わざわざ俺の部屋に?
意味が分からない。
さらに俺を困惑させたのが、目の前の机の上に置かれた時計。
そう、今朝も寝起きに時間を確認したあの懐中時計が置かれていたのだ。
どういうことだ?
なぜ実家の俺の部屋に、どうして今俺の目の前に、この時計があるんだ?
今も俺の懐の中にあるはずなのに?
ポケットの中を調べてみる。
「……ない」
家を出るとき持っていたはずなのに。
「……」
何かがおかしい。
30年間待ち続けて、精神に異常をきたしたとでもいうのか。
ありもしないものが目に見えているのか?
まさか、神様と会ったのも幻想、妄想!?
いや、そんなことはない。
そんなことはないはずだ。
30年間待ち続けた俺が、そんな…。
「ふぅ~~~」
いったん落ち着こう。
今はこの部屋も懐中時計のことも問題じゃない。
俺の勘違いということでもいいんだ。
問題ない。
それよりも現状確認の方が重要だ。
今が現実で、さっきまでの神様との会話も現実だということを確認しないと。
もし、さっきの神様との遭遇が夢や幻なんかだとしたら…。
立ち直れる気がしない。
いや、2度と立ち直れないな。
「……」
いや、あれは現実だ。
そう、間違いない……はず。
どうやって確認すればいいのか?
神様と会う前と今では何かが変わったのか?
何か……。
「ああ、そうだ」
ステータスを確認できると神様は言っていた。
本当にそれを見ることができるなら、神様との会話は現実だったということだ。
この部屋がどうだろうと問題はない。
でも、どうやって見るのか?
とりあえず……。
「ステータス」
40歳にしてこれは少し恥ずかしいものがあるが、この部屋には俺しかいない。だから声に出してみた。
一瞬目の前で小さな光が明滅する。
「おお!!」
すると、そこにはホログラム、いや、どちらかというと二次元的かな。とにかく、半透明の画面のようなモノが出てきた。
「ホントに……」
何度見ても眼前にはステータス表示らしきモノがある。
「……」
頬をつねってみる。
痛い。
こんな原始的な方法で分かるのか怪しいけど、夢じゃないよな、多分。
「よかった」
現実だったんだ。
本当に良かった。
腰の力が抜けて座り込んでしまう。
ちょっと格好悪いけど、そのままの姿勢でステータス表示を確認。
名前は、うん、間違いなく俺だな。
なんとも言えない幸福感がこみ上げてくる。
ホントにもう泣きそうだ。
それでも、感動に好奇心が打ち勝つのはすぐだった。
ステータスの先を見ようと目をやると。
「えっ!?」
予想外のことが。
今日のこれまでの出来事全てが想像を越えることではあったけれど、希望していたことでもあった。
でもこれは!?
全く予想外、想像もしていなかった。
「……」
急いで机の上の小さな鏡を手に取り、覗き込む。
「どうして……」
鏡の中の俺はさっきまで見慣れていた40歳の俺ではなく。
随分と若い俺。
ステータス上の表示が正しいのなら……。
20歳の俺が、そこにいた!
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