第6話 再び 1
朝、家を出て実家の近くまで足を運ぶ。
崩れそうになる気持ちと身体を何とか繋ぎ止めながら、とにかく目的地を目指す。
子供の頃よく遊んだ公園は今も変わらずそこに存在していた。
嬉しいような、これからの事を考えて怯むような、そんな感情を抱きながら公園の中に足を踏み入れる。
1歩2歩と足を進めながら、あの時遊んでいた滑り台のある場所へ。
さすがに、この滑り台は改修されているようだ。
しかし、周辺の開発が進んでいる中でこの公園はよく残っていたものだと思う。
おかげで、今こうしてけりをつけに来ることができた。
さてと。
30年前の今日、異世界に転移した際に俺がいたまさにその場所にやって来た。
「……」
まあ、そうか。
今さら、何も起こらないよな。
懐から懐中時計を取り出す。
あの時も、多分これくらいの時間だったよな。
もう。
これは、もう。
……仕方ないことだ。
覚悟はしていたが、いざ決断するとなると。
今まで立っていた確固たる足元が崩れていくような、ずっと自分を支えてきた価値観が崩壊していくような、そんな恐怖みたいなものを感じる。
信じられないくらいの不安定さ……。
もう一度、時計を見る。
……。
ここに長く留まるのも辛い。
戻ろうか。
カチン。
懐中時計から聞こえる小さな音。
幻聴まで聞こえるのか。
そんな機能はないはずなのに。
足元も揺れているような感じがする。
やっぱり、普通の状態じゃないんだな。
頭を振って踵を返そうとした、その時。
「久しぶりだね」
白い空間!?
30年ぶりのあの空間。
あの空間が目の前に現れたんだ。
「あっ、あ……」
驚きに言葉が出ない。
膝に力が入らない。
「本当に久しぶりだ」
「カ、ミ、さま?」
ホントか?
「そうだよ、キミは、うん?? 魂は同一だし変異も無い……となると、キミに間違いないよね、有馬君?」
「はい、神様。俺は、いや私は有馬です」
現実か?
夢じゃないよな。
「ふむ……」
本当に現実なのか?
俺の妄想とか?
違うよな。
「これは現実だから安心しなさい」
現実……。
神様がそう言ってくれるなら。
そうかぁ。
ああ、これは現実なんだ。
今俺がいるこの白い空間は実在する。
神様も目の前にいる。
あの異世界も、異世界に行った俺も、あそこでの出来事も、全て現実だったんだ。
……良かった。
本当に良かった。
「ふむ、気持ちは分かるが、少し落ち着きなさい」
「あっ、申し訳ありません」
「すぐには無理か。では、これで」
神様が左手を振る。
すると、光の粒子のようなモノが俺を包み……。
「少しは落ち着いたかな」
「は、はい。これは、その?」
神様の力、それとも魔法的な何か?
とにかく、さざめいていた波が凪いでいくかのように心が落ち着いてくる。
「気にすることはない」
「はい……ありがとうございました」
「それより、キミ、ちょっと顔が疲れているというか老けたというか、どうしたんだい?」
「……30年、経ちましたから」
相手が神様といえど、その言葉は辛い。
30年待ったのだから。
それでも、顔に出さないように何とか意識を集中する。
「ん? 30年?」
神様は右手を虚空に伸ばし、軽く左右に振っている。
「これは……ああ、そういうことか」
頭を抱えている。
いや、違うか。
何と言ったらいいのか、とにかく、実際に神様が頭を抱えているわけではないが、そういうイメージが伝わってくる。
「どうかしましたか?」
「手違い、計算違い……」
えっ?
手違い?
計算違い?
どんな違いが?
まさか、異世界に行けないとか?
そんな、ここまで来て。
「キミのもとに来る時期が想定外だったものでね」
「……」
そっちか。
なら、異世界には行けるよな。
それなら、問題ない。
問題ないが、想定外ということは遅過ぎたのか、それとも早過ぎたのか?
早過ぎということはないよな。
なら、手違いで30年も待たされてしまったということ。
まあ、でも今、再び神様に会えたのだから。
「……」
感情が心の中で入り乱れてしまう。
「キミには苦労をかけたようだ」
「……いえ」
こうしてまた機会が与えられたのだから、好しとしなければならない。
このまま神様に会うこともなく一生を終えていた可能性もあるのだから。
覚えていてくれただけでもありがたいことだ。
それに何というか失礼なのだろうけど、10歳時のことを考えれば、今回の手違いにも妙に納得するものがある。
「大丈夫かな?」
まずい、表情に出ていた?
ひどい顔つきをしていたのだろうか。
注意していたのに。
「……すみません。動揺してしまって」
随分と動揺したけど、もう大丈夫。
急いで心を静める。
これでも30年間ずっと鍛錬してきた身だ。
できるよな。
「ああ、いい。無理はしないで」
神様からは確かな気遣いが感じられる。
言葉と共に温かな波動も伝わってくる。
ありがたいことだ。
ゆっくりと心が整っていく。
「その信心は本物のようだ」
信心?
もちろん、ずっと神様を信じてきた。
信じて、信じて、信じ抜いて、もうそれしか信じるものがなくて、これまで生きてきたけど。
「はい」
「事もあろうに、そんなキミを……ああ、ちょっと動かないように」
そう言って神様は左手を俺の前頭部に近づけ、触れた?
「つっ!?」
「ああ、少し痛かったかな。ふむ……これで痛くないだろう」
「はい、大丈夫です」
「では、少し覗かせてもらうよ」
その言葉と共に俺の額から何かが繫がっているような、頭の中に風が吹くような、何とも名状しがたい感覚が……。
おそらく俺の記憶のようなものを見ているのだろう。
「なるほどねぇ…」
1分とも10分とも判別しがたい時間の後。
「事情は分かったよ。しかし、想定外とはいえ、こうして再び会えて良かった」
今までの少し親しみやすい感じから一変、厳粛とも荘厳ともいえるような雰囲気を纏った神様が告げてくれた。
「はい、こうして神様とふたたび会えただけで……」
言葉に詰まる。
本当にこの瞬間を待ちわびていたのだから。
それから神様は簡単に今回の手違いの事情を話してくれた。どうやら神様と俺との間にある時空路というものが上手く繋がらなかったようなのだ。場合によっては30年どころか、この先もずっと繋がらない可能性もあったとのこと。
そんな事態を考えれば、今の状況が非常にありがたく思えてくる。
神様の話を聞いている内に俺の心は充分に静まり、今では冷静に思考できる状態に戻ってきた。
とはいえ、深層に興奮は残っている。
その興奮が、続く話で再燃した。
神様が次に語ってくれたのは、異世界エストラルについて。10歳時の異世界行では知りえなかったことを知識として与えられ、それはもう、興奮がおさまるはずもない。
40歳になってこんな気持ちを抱けるなんて。
少し前までは異世界のこともほとんど諦めかけていたのに……。
少し恥ずかしいが、そんなものとは比べ物にならないくらいの喜びがある。
もう言葉にもならない。
「ふむ、また気持ちが高ぶってきたかな」
再び神様が左手を振るい光の粒子を出してくれた。
本当に不思議だ。
すぐに落ち着いてくる。
「話を続けていいかな」
「はい」
「やむを得ぬこととはいえ、今回はキミに過度の心労を与えてしまった。そのお詫びも含め、今できる範囲内で恩寵を与えよう」
神様の雰囲気がとても柔らかくなっている。
「そこまでしてもらっては……恐縮してしまいます」
「気にすることはない。そう……まずは、あちらの世界、キミの世界で言う所の異世界、その異世界エストラルへ渡る力を与えよう」
「あ、ありがとうございます」
ああ……。
これで、あの世界にもう一度行けるんだ。
あの素晴らしい世界に。
油断すると、涙腺が緩んでしまいそうだ。
でも、仕方ないだろ。
こんなに嬉しいことはないのだから。
「エストラルはキミも知っての通り、こちらの世界とは文明の成熟度が違う。地球での中世程度の文明だと考えておけば概ね間違いはない」
「……はい」
あの異世界へ行けるという喜びの余韻がまだまだ残っている頭に神様の言葉が響く。
が、これじゃだめだ。
今はしっかりと神様の言葉を聞こう。
「とはいえ、部分的にはキミの世界より発達しているところもある。魔法などがその最たるものと言える」
「はい」
「とはいえ、一度足を踏み入れたことがあり、今まで準備してきたキミなら慣れるのも早いだろう」
まだ10歳だった俺はあちらの世界で見た魔法に驚き、興奮したものだ。
いわゆる攻撃魔法のような魔法を見る機会はなかったけれど、それでも未知なる力に沸き立つ心を抑えることができなかったのを覚えている。
ちなみに、文明の程度に関しては、当時は気にもならなかった。まだ幼かったというのもあるだろうが、異世界の街並みに興奮してそれどころじゃなかったのだと思う。
そんな異世界については、この30年ずっと頭の中にイメージが残っている。
神様の言う中世という言葉にぴったりのイメージが。
「頑張ります」
「これからキミはこちらとエストラルを自由に往来できる。もちろん、ある程度の制限は存在するのだが」
「本当にありがとうござ、えっ?」
自由に往来できる??
異世界に行っても、またこちらに戻って来れると!?
そんな……。
「どうかしたかな?」
「……あの、私は異世界から戻って来れるのですか?」
「うむ」
そうなのかぁ……。
そうだったのかぁ……。
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