第4話 序 4

 元の世界に戻って来たぼくはお父さんお母さんに会った瞬間、ホッとした気持ちでいっぱいになり思わず涙が出てしまった。さっき神さまの前でも泣きそうになったのに……。


 でも、これはさっきとはちがう涙だ。


 あの世界。

 すごく楽しかったけれど、またすぐにでも行きたいけれど。

 でも、きっと自分で思っている以上に不安だったんだと思う。


 静かに泣いているぼくを見てお父さんとお母さんは心配しながらも、不思議そうな顔をしていた。


 お父さんとお母さんは、ぼくが他の世界に行っていたことに気づいていないようだった。あちらの世界ではそれなりの時間を過ごしたんだけど、不思議なことにこっちでは時間があまり過ぎていないようだったから、気づかないのも当然だと思う。


 このことは、今のところぼくひとりだけのヒミツにしている。

 何度か話しそうになったけど、あの力のこともあるし、やっぱりヒミツにしておいた方がいいと思うんだ。


 自分の部屋に入ると、こちらに戻れたうれしさと安心感がまたこみ上げてきた。

 でも、それ以上にぼくの中にはある気持ちが存在している。

 次の冒険のための準備、これだ。


 神さまと別れる前、神さまが言ってくれた。

 そして笑ってくれた。


 だから、ぼくはまたあの世界に行くんだ。

 次にあの世界に行った時は、今回よりももっと上手くやってやる。

 今回はできなかった冒険をしてやる。

 剣と魔法で大冒険だ!


 そして、今度はリーナにもオズにも負けない。

 誰にも負けない。

 そのために、いっぱい鍛えるぞ。


 次に会った時は、2人を驚かせてやる。

 そう思うと楽しみでしかたない。

 ドキドキしてくる。

 休んでなんていられない。


 だから、ぼくは毎日鍛えることにした。

 体を、頭を、心を。

 子供っぽい考えだろうけど、思いつくことは何でもしようと思う。

 まずは、武道を習いたいとお父さんにお願いしてみよう。





 1ヶ月経った。

 学校の友だちからの誘いを断って習いごとばかりしているので、最近は変な目で見られているよう な気がする。友だちからは頭でも打ったのかなんて言われてしまった。


 失礼なやつらだ。

 まあ、今はそんなこと気にせず、努力するのみ。


 でも、幼なじみのゆきなに「変なやつ」と言われたのは、ちょっとだけショックだった……。


 それと、当たり前だけど、まだあちらには行けていない。

 でも、大丈夫。

 子供じゃなくなったら、きっと行けるはずだから。

 今は空手と剣道と勉強をがんばるだけ。あとは、あの力とね。

 リーナとオズには負けないぞ。






 1年経った。

 武道と勉強の日々。

 少し辛い日もあるけど、頑張れていると思う。


 最近は空いている時間に冒険もののマンガなんかをよく読んでいる。

 元々、冒険マンガや正義のヒーローが出てくるマンガは好きだったけれど、さらに好きになったみたい。だって、マンガの中の冒険をいつか異世界でするんだから。


 でも、まだあちらには行けていない。


 あの世界でのことを忘れないように、あちらで見たこと知ったことをたくさんメモした。


 最近は家族も友だちもぼくの行動に慣れてきたようで、ぼくが鍛えているのを見ても何も言わなくなった。


 ゆきなもぼくの行動に慣れたみたいだ。

 たまに変な目でこちらを見てくるけれど…。


 ひとりの時間が増えて少しさびしい時もある。


 ……自分を鍛えているのだから、仕方ない。


 でも、たまには友だちとも遊ぶようにしている。バランスが大事だと神さまも言っていたような気がするし。


 ゆきなの弟と遊ぶこともある。ぼくより4つ年下でまだまだ子供だけど、異世界や魔法、超能力なんかに興味を持っている。冒険や正義のヒーローも大好き。なかなか見込みのあるやつなんだ。






 3年経った。

 ぼくも中学生になっている。

 あちらでは、リーナは14歳、オズは13歳になっているはず。


 でも、神様とは会えていない。

 あの世界にはまだ行けないようだ。

 まだまだ子供だから仕方ない。

 でも、いつになったら行けるのだろう。

 あの時聞いておけばよかった。


 今さら悔やんでも仕方ないか。


 今はひたすら準備するだけ。

 空手も剣道も勉強も順調だけど、もっと頑張ろう。

 あの能力も色々と応用できるようになった。


 ああ、そうだ。

 いつあちらに行っても良いように、家族に置手紙を用意した。

 あの世界についてのメモも何度も書き直している。


 家族とは問題なく仲良く過ごせている。

 反抗期が無いねと感心されたりもしたが、当然だ。

 そんなムダなことをしている暇なんて無いのだから。

 友達関係は、それなりかな。


 そう言えば先日、いじめられそうになっていた後輩を助けたら、懐かれてしまったんだった。

 こっちは忙しいから、あまり時間はないんだけどよく家に来るんだよな。


 幸奈の弟、武志とは今でもたまに遊んでいる。相変わらず冒険やヒーローが大好きだ。やっぱりこいつは見込みがある。武志には異世界のことを話したくなるけど、ここは我慢だな。


 幸奈と会う回数が以前より少なくなってきた。

 けど、もう一緒に仲良く遊ぶ歳でもないから。


 ……。


 問題なんてない。






 中学3年になった。

 来年からは高校生。

 一歩ずつ大人に、そして異世界へ近づいているような気がして嬉しくなってしまう。

 鍛錬にも気合いが入るというものだ。


 そんな風に異世界のことばかり考えているからか、最近は友達と会うこともかなり減ってしまった。


 でも、この春に幸奈とふたりで遠出するということがあった。

 幸奈が梅の花が観たいと言ったからだ。

 珍しくどうしても観たいと言い張るので、ふたりで電車に乗って梅園に出かけたんだ。


 最初は梅なんて地味だと思っていたんだけど、幸奈と一緒に観た梅は薄紅色の綺麗なものだった。梅もなかなか悪くないものなんだな。


 もちろん、幸奈は喜んでくれた。

 だから。


「これ、持って帰れよ」


 梅が色づいた枝を一本折って、手渡してしまった。


「そんな事しちゃだめだよ」


「……」


「でも……ありがと」


 困ったような喜んでいるような複雑な表情。

 よく分からない表情だった。



「功己、また一緒に来ようね」


「……時間があったらな」


「約束だよ」


「だから、暇だったら……分かったよ」


「ふふ、約束しちゃった」


「……」


 こんな感じで無理やり約束もさせられた。


 しかし、どうして梅ばかりなのかと疑問に思い、桜は好きじゃないのかと聞いたら。


「桜も好きだけど、梅の花のこの儚さが好きなんだよね」


 ということだった。

 まあ、確かに、そう言われればそうかもしれないな。

 でも、中学3年で儚さが好きって。

 それはどうなんだと思う。





 7年経過。

 武道も勉強も変わらず順調だ。

 その反面、最近は人と会うことが少なくなった。

 幸奈ともあまり会っていない。

 だから、幸奈から突然話された内容には驚きしかなかったんだ。


 ……。


 その幸奈との会話が、どうしても頭から離れない。


「わたし、先輩に告白されたんだけど」


「えっ!?」


「告白されたの」


「……へぇ、よかったな」


「ホントにそう思う?」


「ああ、モテて良かったんじゃないの」


「そう……そう思うんだ」


「……」


「付き合っていいかな?」


「……幸奈が決めることだろ」


「そう、だよね」


「……」


「でも、でも……付き合っていいんだよね」


「……ああ」


「そっかぁ……」


 その時はそう答えることしかできなかった。

 こっちは異世界のことで頭がいっぱいだから。


 でも……。


 その後、武志に言われてしまった。


「見損なったよ。お前に姉ちゃんは任せられない」


 任せるも何も、幸奈は俺のものじゃないのに!




 結局、幸奈は先輩の告白を断ったらしい。


 でも、その先輩らしき男性とデートしている幸奈を偶然見てしまったんだ。

 本当に付き合っていないのだろうか……。






 8年が経過し僕も高校3年生になった。

 まだこちらの世界だ。

 そして、相変わらず鍛錬の日々を過ごしている。

 昨年から新たに柔道、古武術、居合いを習い始めた。

 空いている時間に手品なんかも学び始めた。

 あっちの世界では何が役に立つか分からない。

 どんなことでも身につけておきたいんだ。


 そんな生活をしているからか、今は習い事以外の時間はずっと1人で過ごしている。

 幸奈ともほとんど会っていない。


 昨年の一件以来、幸奈とたまに顔を合わせると気まずく感じてしまう。

 幸奈は気にしていないように見えるが、どうなんだろう?


 武志と会うこともなくなった。


 こちらとしても、鍛錬と大学入試のための勉強で忙しいのだから当然だけど、交友関係が全くなくなるというのも問題だ。大学進学後に少しは改善したいと思っている。


 が、目下の問題は大学受験。

 レベルの高い大学に進むべきか、勉強はほどほどにして武道を中心に考えた進学を狙うべきか?


 異世界に暮らすのなら学歴は不要だが、学問は身につけておくべきだとも思う。

 鍛え上げられた頭脳と豊富な知識はきっと異世界でも役に立つはずだから。

 それに、万が一こちらでの生活がしばらく続くようなら、なおさらだ。

 学歴はあった方が良い。


 とはいえ、成人の頃には異世界に旅立てるという自信があったりもする。


 ところで、神様的、異世界的に成人とは何歳からなのか?

 18歳になってもまだこちらにいるということは、やはり20歳からなのか。それとも、大学入学とともに成人とみなされ、異世界への扉が開かれるのか。


 疑問に対する答えなど無いが、ついそんなことを考えてしまう。

 それでも、2年後には異世界にいるんじゃないか。そう思うと、胸に高まってくるものを抑えることができない。


 まっ、成人したら異世界に行けると決まっている訳じゃないんだけどさ。


 ……。


 ところで、大学進学後ひとり暮らしをして良いものなのか。

 あちらに渡った後の部屋の家賃や事後処理を考えたら、当分は実家暮らしの方が良いのだろうか…。


 そうそう、置手紙に関しては準備万端だ。






 9年経過。

 無事に第一志望の大学に進学することができた。受験勉強も手を抜かずしっかりとこなしてきたのだから当然ともいえるけれど、それでも悪い気はしない。


 さて、大学生にもなったことだし、そろそろあちらへ行けるのかと思っている。

 そう思ってはいるのだが、まだこちらの世界にいる。

 やはり20歳になってからなのだろうか。

 神様もこちらの世界の成人年齢を考慮してくれたとか。


 ……。


 とりあえず、空いた時間にアルバイトをすることにした。お金を稼ぐという目的もあるけれど、どちらかというと様々な経験をつむために働いている感じかな。だから、異世界に行った際にその経験が活きるような仕事を選んでいる。


 もちろん、日々の鍛錬もおろそかにはしていない。







 10年経過。

 20歳になったけれど、変わらずこちらにいる。

 どうやら、成人は関係なかったようだ。


 ……。


 20歳になったあの日。

 今日こそは異世界に渡れるんだと言い聞かせるようにして迎えた誕生日。

 期待して準備して迎えたのに……。

 結局何も起こらず、ただ1日が過ぎただけだった。

 さすがにショックを受けてしまった。


 正直……。

 待つのにも少し疲れてきたかな。


 いつ行けるとも分からない異世界のためにひたすら鍛える日々。

 そんな日々が全く辛くないなんて、今は言うことができないよ。


「はぁ~」


 夏の暑さも相まって外に出かける気分にもならない。

 前期試験も終わったことだし、少しゆっくりした方がいいのかもしれないな。


 せめて、いつまで待てば良いのか分かれば、日々の張り合いも違ってくるんだけど。


 ふとした時、神様の手違いじゃないか、なんて思ってしまう。

 既に迎えに来る時期は過ぎているのに、それを忘れているとか。


 そんなことはないと思いたいが、何といっても10歳の頃の前例がある。

 やっぱり不安だ。

 でも、そんな手違いがあった場合、こっちは時間を無駄に過ごすことになるんだから。


「……」


「…………」


「………………」


「セーブ」


 これでこの時間にいつでも戻れるぞ!

 神様が忘れていた場合でも問題なし!!

 この発想、自分が恐ろしい。


「…………」


 あぁ~、馬鹿なこと言ってるよ。

 思っている以上に疲れているのかもしれないな。

 それとも暑さで頭をやられたか。


 うん。

 地道にその時を待とう。




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