第3話 序 3

 石壁の右の方に飛んで行く魔球。

 魔球に集中していると、それがゆっくりと、まるで止まっているかのようにぼくの目に見えてきた。


 石の壁の真横。

 ここだ。


 魔球を変化させる。

 変化球のように。

 東京ガイアンツのあの桑山投手のカーブのように。


 まがれぇ、いけぇ!!


 ぼくの願いが詰まった魔球が、左にゆっくりと曲がり……。


 ポスン。


 小さな音を立てて、相手に当たる。


 当たった?

 当たったんだ!


 やったぞ!

 倒したんだ!!


「えっ!?」


「あいつ!!」


 ちゃんと曲がった。

 魔力を上手に使えたのかどうか分からないけど、曲がって当たったんだ。


「うぉ! すごいぞ! コーキ、よくやった!!」


「ホント、最後にやってくれたわね」


 やったぁ!

 リーナとオズも喜んでいる。


 よかった。

 勝ったんだ。

 ぼくの力で……。


 うれしい。

 うれしい、うれしい!!


 やっと役に立てた。

 優勝したんだ!


 喜んでいるぼくにオズが飛びついてきた。

 そのまま頭をグシャグシャとなでてくる。


「よくやったぞ!」


 うん、ありがとう。

 でも、ちょっと痛い。

 痛いから、やめて。


「素直にほめるのね」


「そりゃ、そうだろ。こいつは、それだけのことをやったからな」


「フフフ、あれだけ戦力外だと言っていたのにね」


「まあ、それは……悪かったな、コーキ」


 あのエラそうなオズがぼくにあやまった。

 それに、ほめてくれた。


 ……悪いやつじゃないのかも。


「過ちを認められるのはあなたの美徳よね。過ちは多いけど」


「それ、ほめてるのかよ」


「さあ、どうかしら」


「チェッ。ホント、いい性格してるよな。コーキもそう思うだろ」


「えっと」


 そういうこと聞かれると困るんだけど。


「それにしても、コーキ、よくやったわね。おめでとう。そして、ありがとう」


 リーナもぼくの目を真っ直ぐに見てほめてくれた。

 感謝の言葉も。

 それに、すごい笑顔だ。


 こんな笑顔を見せてくれるんだ。

 ずっとクールな感じだったのに。

 なんだか照れるな。


 でも、良かったよ。

 勝てて本当に良かった。


 リーナもオズも喜んでくれている。

 ぼくも、すごくうれしい。


 それに、楽しい。

 この世界、すごく楽しい。



 3人でしばらく喜びあったあと。


「表彰式が始まるみたいよ」


「そうみたいだな」


「行きましょ」


 3人で試合会場の中に歩いて行くと。


「リーナ、まずいぞ」


「えっ?」


「あそこを見てみろ」


「見つかったみたいね。どうするの?」


「そんなの決まっている。逃げるぞ!」


 えっ、何?


 急に走り出した2人につられて、ぼくも走り出す。

 何が起こったのか、まったく分からないけど。


「くそっ、さすがあいつら素早いな」


「そりゃ、そうよ。今まで見つからなかったのが不思議なくらいだわ」


「ここで捕まったら、もう自由に外に出れないだろうな」


「オルドウにいる間はそうでしょうね」


「仕方ない。ここで別れるぞ。それで、あいつらをまいたら、また広場に集合だ」


「分かったわ」


 リーナとオズが別々の方向に走り出した。

 ぼくは……ぼくも仕方ないので、2人とはちがう方向に走る。


「……」


 でも、ぼくが逃げる必要ってあるのかな?

 必要ない気がする。


 そう思うと、急に走る気がなくなってしまった。


 これから、どうしよ?


 ひとりで歩いていると、さっき通った場所に戻って来たみたい。

 ここの横にある小さな道からやって来たんだよなぁ。


 ついさっきのことなのに、懐かしい気がしてしまう。

 だから、思わずその道に入ってしまったんだ。


『もういいかな』


 その時、どこかから声が聞こえてきた。

 周りにだれもいないのに。


『ああ、ワタシだよ』


「えっ、神さま?」


 どこにいるの?


『キミの頭の中に直接話しかけているから、そこにはいない』


 そうなんだ。


『では、クエストも終わったことだし、今からキミをこちらに戻そうと思う』


 クエスト……。

 そうだ!

 クエストをするつもりで魔球合戦に出たんだった。


 戻るのかぁ。

 もうリーナにもオズにも会えないな。

 そっかぁ……。


『もう十分に人助けをしたからね。では、戻すよ』


 周りが全て白くなって……。

 そしてあの白い場所にもどって来た。

 目の前には神さま。

 やっぱりキラキラしている。


「クエスト完了おめでとう。これで無事帰還できる」


「ありがとうございます」


「ふむ、しっかり話せるようになったね、それにこんな短期間で随分成長したみたいだ」


「神さまのおかげです」


 成長なんてしたのかなぁ。

 でも、神さまにほめられるのはうれしいな。


「そんなキミにご褒美だ。キミにギフトを与えよう。まあ、既に与えているものもあるんだがね」


「ギフト?」


「ああ、能力のことだよ。キミの新しい能力、新しい力だ」


 えっ、えっ?

 まさか魔法とか。

 ぼくも魔法を使えるの?


 でも、魔球合戦では魔力を使えていたような……。


「ホントですか」


 魔法なら、すごくうれしい。

 ホントにうれしい。

 うれしすぎる。


「まあ、今回はこちらのミスだしね。賠償的な意味合いもあるのだけど、とにかくワタシの気持ちだよ。ただ無条件という訳にもいかないか……そうだね、そう、条件がある」


「……」


「次にワタシに会うまで、元の世界の人間に異世界のことを知られてはいけない。知られた場合……ギフトを喪失する」


 知られちゃいけないってことは、人に話をしてはいけないってこと。

 それなら、力を使っているところを見られるのもまずいかな。

 ちょっとがっかりする。


 でも、ひとりの場所なら力を使える。

 使えないよりまし。

 あっ、でも、まだ魔法とは決まってないんだった。


「……はい、分かりました」


 力強くうなずき、神さまと約束した。


「では、元の世界に戻りなさい」


 家に戻れるのはうれしい。

 それはそうなんだけど…。


 こちらに来た時は不安でしかたなかったのに…。

 今はまたあの世界に行きたい気もちでいっぱいだ。

 ワクワクするあの世界へ。


 リーナとまた会いたい。

 オズとも。


「……」


 2人とも逃げられたかな。

 無事だといいな。

 でも、何から逃げてたんだろ。


 ……広場に集合できなくてごめん。


 また会いたいよ。

 会って、一緒に魔球合戦をやりたい。

 今度はもっと上手くできるから。


 でも、今日は帰らなきゃいけない。


 ……さびしいな。


 でも、家に帰りたい気持ちもある。

 お父さん、お母さんに会いたい。


 なんだろ?


 悲しいような、うれしいような、さびしいような、変な気持ちだ。


「準備はいいかな」


「……はい」


 はずかしい。

 神さまの前で、泣きそうな声になってしまった。


「ふむ、次に会う時まで約束を守れたら、今度はこちらの世界でも暮らせるようにしてあげよう」


「えっ?」


 それって?


「では、元気で暮らしなさい」


 神さまのその言葉とともに目の前が白くなり、かすんでいく。

 けど。


 ちょっと待って。

 あの世界で暮らせる?

 あの魔法の世界で。

 そう言ったよね、神さま!


 約束を守れたら。

 リーナとオズにまた会える。

 ほんとに?


「か、神さま、またぼくはあの世界に……」


 最後まで言う前に何も見えなくなってしまった。

 でも、神さまが笑ってくれたような、そんな気がしたんだ。


 そうかぁ。


 またあの世界に行けるんだ!!

 それなら悲しくなんかない。

 さびしくなんかない。


 楽しみしかない!


 なんだか、やる気が出てきたぞ。




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