第5話 アレスとメリナ それぞれの思い
王都リベリオンから東に進み、人気のない森へとやって来たロード達だった。しかし、四人がついた時には太陽が沈みかかって森は物々しい雰囲気を醸し出している。
行く手を阻むように生い茂る草や木々が黒くそびえ立ち、生き物の鳴き声はこの漆黒の静寂の前ではあまりに無力だ。
うわぁ……この感じ、あの時と同じだ。僕はそう直感すると同時に、あの日の出来事が脳裏から現れて僕の全身を震わせる。
「なにビビッてんだよロード。今さら戦うことが怖くなったか?」
今は僕一人でいるわけじゃない、ここには兄さんもメリナもアレスもいる。頼もしい仲間たちが僕の周りにいて、どうして魔物と戦うことを恐れることができるだろうか……。だから、「ううん大丈夫。ちゃんと戦えるよ」と答えてから、僕は先陣をきって森の中を突き進み始めた。
「俺も行くぜロード!」とアレスもロードの後を追って森の中へと飛び込んだ。
「馬鹿ッ!! 勝手に一人で行動するんじゃない!」
兄さんの怒号が辺りに響いて、僕とアレスの体は一瞬で硬直した。
後ろを振り返ると怖い顔をした兄さんが僕たちを見つめていた。仕方ないので、僕とアレスは来た道を引き返して三人が待つ場所へと戻った。
「うう…ごめんなさい兄さん」
「よく考えろこんな暗くて足場の悪い森の中を馬鹿みたいに突っ込むな!! 赤ん坊でも分かるぞこんなこと。安全に全員で一歩一歩進むんだ」
「わかったよ兄さん、次からはちゃんとみんなで行動するよ!」
「それじゃあみんなについて行けるように私と手を握りましょう。これでもう、リードに怒られることはないわ」
そう言われてメリナの手を取った僕は兄さんを先頭にして、その後ろに二人で並んだ。
流れとして最後尾を務めるのはアレスのはずだが、当の本人はボーっとして兄さんに叱られた位置から微動だにしていない。そして、「赤ん坊、赤ん坊」と言っているのだろうか? ギリギリ聞こえるほどの声で呟いているアレスの姿に僕とメリナは不気味に感じて眉をひそめた。
そんな上の空のアレスに兄さんが近づいて、「その、、まあなんだ、赤ん坊とは言いすぎだったかもしれない。ロードみたいだなと訂正しておくよ」と頭を掻きながら言った。
「いや大して変わってねえよ……。なんで俺はあんなことしたんだろう? さっきの俺を恨むよ」
その後もブツブツ文句を垂れていたが、アレスは要望通り列の最後尾についた。
「よし! 揃ったことだし行くとするか。お互い周りを見渡して何かおかしなことがあったら逐一報告するように」
全員が了解したことを確認したリードは、手のひらに魔法で小さく燃え上がる火の玉を作り、それを明かりとして森の中へと足を踏み入れた。
森の中は空気が乾いていて、冷たい夜風が音沙汰もなく通り過ぎる。
まだ冬でもないのに、この降り積もる雪を思い出させる寒さは厚着を持ってきていない僕には痛いほど堪えた。
兄さんは前方、メリナは右、僕は左、アレスは後方と分担しながら周囲の警戒にあたっているが、手が震えてそれどころではない。
小さな音でも拾えるように会話をしないと取り決めたけど、四人いるのにまるで一人でいるような感覚は猛烈に身体機能を鈍らせ視界がぼやける。
たまらず出しうる声で兄さんの名を呼んだ。みんなは僕の突然の声に、何か異常があったのかと聞き返しながら左側の方へと目を向けた。
「違うよ。別に何もいないけど、この寒さと一人ぼっちでいるような感覚にはもう無理だよ。誰もみんな喋らないし、目を合わそうともしないから僕怖くなって……」
震えながら言いたいこと話した甲斐もあってか、みんな納得してここら辺りで野宿することが決定した。
野宿は決まったものの、木々や雑草が足場もほとんどないほど生い茂っているこの森で四人が横になれるスペースを見つけるのは至難の業だ。
だけど、今は僕の自慢の兄さんがいるからその心配はない。得意の空間魔法で周囲一帯を更地に変えて、兄さんが食事の準備をしている間に薪にするための材料を他の三人で集めてきた。
森の中にぽっかりと開いた円形の更地の中で、お互い名前と孤児であること以外はほとんど知らない僕たちは自己紹介がてら過去のことを語り合った。
最初に僕が今までの出来事と兵士になる出来事を語ったところ、アレスとメリナは驚きと憐憫の表情を見せた。
「散々だなお前の人生も……。それよりお前を捨てた親は人でなしだな、リードがお前を拾ってなかったら今頃土に返っていただろうな」
「そんな怖いこと言わないで! でも…僕は親がいなくても兄さんがいるからいいもん! それに今は新しい家族が増えたから寂しくないよ」
「もう可愛いわね!! 私はお姉さんってことでいいのかしら」とメリナが僕を自身の膝にのせて頬を頭に擦りつけてきた。
「うん!」と元気よく返事をする僕……。よく考えればこれまでの人生で自分からパパと呼べるような人とは普段から接してきたが、ママと呼べるものはもちろん、姉妹と呼べる関係の人はいなかった。
メリナはまさに僕のお姉さんと呼ぶのに相応しい。ああ……姉さんという存在はこんなにも温かいんだ……とメリナの優しく包むようなぬくもりを甘受する。
「なら俺はロードの兄ってことになるのか?」
「いやいや兄は俺がいるだろ」
アレスの問いにリードが口をはさむ。
「じゃあ父親か?」
「はははは、お前はまだ親を名乗る年じゃないだろ。お前は近所に住んでいるよく遊んでくれる青年がよく似合うぞ」
十九という大人でも子供でもない中途半端な年齢のアレスの家族内での地位を見いだすのは難しい。だから、リードは家族の枠外まで候補を広げてようやくアレスに相応しい役を与えたが、アレスはこの判断に納得がいかないようだった。
「ちぇっ、俺だけのけ者かよ。これじゃあまた俺は一人になっちまうよ……」
過去のトラウマを思い出して顔を手で覆うアレスを見て、僕は兄さんにどうにかして家族に入れられるようにお願いした。
「うーん、、ならアレスはメリナの彼氏ってことにすれば全ては円満に解決するな」
「ちょっと、私の彼氏を勝手にこんな知性のかけらもない人にしないでよ!! その役回りは却下よ!却下!」
アレスの役回り第二案はメリナの猛反発をくらったことによりおしゃかになった。そして、ミルクを拭いた後の乾いた雑巾みたいに拒絶されたことで怒ったアレスとメリナの口喧嘩が始まった。
「言ったなメリナ。娼婦みたいな恰好しやがって……男が釣れなくなったら今度は兵士まで食っちまう気か?」
「そんな言葉でしか私を辱められないのかしら? どんだけ歳をとってもアンタみたいな男は罵倒まで下品なのね! まあ、真っ赤なおサルさんには何を言っても分からないと思うけど」
「言いすぎだろお前!! 俺は少しのことなら許してやれるが…ここまで馬鹿にされちゃ黙ってないぞ!!」
メリナの言葉が深く突き刺さったアレスは立ち上がり、メリナに向かって悪口を言おうとしたが、喉から彼女を罵倒する言葉が出てこない。
「アハハハハ! やっぱり馬鹿じゃない! もっと他人と会話してちゃんとした会話を身につけた方がいいわよ!」
スッキリとした上手い言い回しが出てこないアレスは、頭で思いつくあらん限りの下品な言葉をメリナにぶつけた。
アレスの言葉に微動だにしないどころか、メリナはアレスを嘲笑する目で見つめ返しながら彼の醜態を楽しんでいた。
しかし、「貧乳!」という言葉に彼女の面持ちは一変した。
どうやら自分の他の同年代の女性と比べてもスリムな体系を馬鹿にする言葉が彼女の沸点なようだ。
それに気がついたアレスの次の行動は早かった。
静かに立ち上がるメリナに向かって、「ああ!近づかないでくれ!! お前が俺の横にいると児童買春の容疑で捕まってしまう!」と両手を広げながら言うと共に後ろに退いた。
さらに続けて、「俺の家も相当貧乏だったが、お前の家は……そのミイラみたいな細い体を見れば察せられるな。可哀そうに……今度からはしっかりと飯を食って、ロードとどっちが成長が早いか勝負してみたらどうだ?」と流れが傾いてからアレスの言葉にも勢いが増していく。
そうして……ついにブチギレたメリナがアレスに向かって魔法を放った。この国のみならず、全ての国において属性、位階問わず魔法を人に放つことは犯罪である。
それを破ったメリナの怒りは相当なものだろう。ロードも未だかつて見たことないメリナの豹変ぶりに戦々恐々としてリードの所へ避難して事態の収束をお願いした。
「殺す気か俺を? 魔法を人に向けてはいけないってことぐらい生まれたてのガキでも知ってるぞ」
「ええ知っているわ。魔法は身を守るために習得したけど、今は家族と自身の誇りを守るために使うのよ!!」
このままでは殺し合いが始まってしまうことは明白であるため、リードは空間魔法でお互いをそれぞれ違う空間の中へ閉じ込めて頭を冷やさせた。
それぞれ隔離してから少し時間が経ってお互いにほとぼりが冷めたとして、リードは元の場所へと二人を戻した。
再び目をあわせることでまた喧嘩になってしまうかもしれないと僕と兄さんが心配そうに見守っていると、二人はすぐにお互い先ほどの非礼な言動を謝罪した。
何事もなくホッと息をついた僕は、なんだか急激な睡魔に襲われて兄さんに枕と毛布、そしてロビン人形を出してもらって僕は就寝準備を整えると横になった。
「もう寝るのかよロード。まだ俺の昔の話を聞いてないだろうが」
アレスは自身が話し終わった後に人の話を聞かずに寝ようとする僕の態度が気に入らないようで、毛布を捲し上げたりしてくる。
「また今度聞かせてよ。僕は子供だから今寝ないと大きくなれなくなるから」
僕はアレスが手に持っている毛布を奪い取って横になると、すぐに眠りに落ちた。
ロードが眠ってから俺は代わりにメリナ、アレスの話を順々に聞いて行くことにした。
「もう過去になってしまって今は元だけど、私はカペラ地方の領主であるデア家の跡目として生まれたのよ」
「え? マジで言ってるの?」
「ええ、大マジよ。でも、さっきも言った通り今は継承順位も剥奪されて平民になってしまったけど……」
メリナの出自の豪華さに驚いているアレスはその言葉を真に受けることが難しかった。
元とはいえ、貴族の出の者が軍の入隊試験を受けるなんて聞いたこともないどころか前例さえないはずだ。そのような身分を持っていたメリナの過去は壮絶であろうことはこれから彼女の口から語られる前に予感できた。
二人は息を呑んでメリナの話の続きを聞いた。
「小さかった頃が私が生きてきた人生の中で一番華やかな時間だったことに違いないわ。でも……全ては三年前の十四歳になった年に強力な魔物が町に次々と現れて、私は…私は、生まれ育った家も、育ててくれた両親も、輝く未来も何もかも失ってしまったわ……。混乱は落ち着いたけど、カペラの町は壊滅的な被害が出てしまったの。地域を復興させるため、新たな領主を一族から指名することになったのだけど、十八になっていなかった私はデア家の後継者としては指名されず、代わりに叔父がカペラの領主となってしまったから私は一人の大切な友人と病気の母上と共に家を後にしての……」
メリナがえずきながらもゆっくりと過去を打ち明けるのを二人は黙って聞いていた。
創造するだけで身震いする転落人生に同情することしかできない。
続けてメリナは、二か月前の母の死をきっかけに、再び領主として返り咲くため軍の総隊長兼国王のゼインフォースに謁見できるほどの功績を立てると墓標の前で誓ったと語った。
「そうか貴族でもないお前が国王に謁見するには何かしら大きな理由が必要だもんな。頭いいなお前」
アレスは目標を達成させるための土台を積み上げていくための明確なビジョンを持っているメリナに感心した。
それでも他にも王に謁見するための方法はいくつか考えていたようだが、現在のカペラの領主である叔父を追い払ってその地位につくための理由歳は弱い。しかし、魔物と交戦したことのないメリナにとって兵士になることは人生最大の賭けだ。
まずはこの試験をしっかりと受かることが大切だとトラウマで落ち込んでいた気合を入れなおした。
「私も話したのだから次はアレス、アンタが話しなさいよ」
「ハイハイ。と言っても俺の昔話はシンプルだ。十三の時に九尾の人間じゃない何者かに村は俺を残してそのクソ野郎に殺されたんだ。そこから六年間、俺はそいつの情報を得るために国中を放浪していたんだ」
「魔物じゃないのその九尾の尾を持つ人間って? そんな人間私は聞いたことも見たこともないわよ」
「いいやソイツは魔物ではなく魔人だな」と言ってから二人に魔人と呼ばれる存在と普通の魔物と何が違うのか説明した。
「魔人というのは魔物が長い年月をかけて人へと近づいて行くことを指す。まあ完全に人となるわけでもないが、知能や言語能力は俺たちと変わらない。これの厄介なところは奴らの強さは身体が変化するに従ってより強く賢くなるんだ。お前が出会ったその魔人は人と大きな差異はなかったようだから、おそらく最上位に位置する魔人だろう。今のお前はもちろん、兵士のトップである隊長たちでも勝てるかどうか……」
「そんなのがいるなんて、私たちは大丈夫かしら……」
心配するメリナを尻目にアレスは機嫌がすこぶるよさそうで、「なもん、俺のとっておきの魔法で粉々にしてやるぜ」と指を鳴らして自信に満ち溢れている。
焚火を囲んで過去の話を打ち明ける二人と火が消えないように薪を投げる俺。過去は共有していないが、パチパチと音を立てて燃える薪が俺たちの心を繋いでいるように感じた。
「強気な姿勢は結構だがあまり無茶はするなよ」
せっかくできた仲間がしょうもないことで死んでしまったら、ロードがどんな反応を示すか考えたくもない。もしかしたら、兵士をやめたいと言い出すかもしれん。だから、せめて時が来るまではその相手と戦わないように提案した。
「嫌だよ。せっかく奴の後を追えるきっかけを得たんだ。そうやすやす俺が諦めるもんか」
強情なアレスは親切な提案を拒んだため、俺は頭を悩ませることになった。
まずいな…普通の魔物ならいざ知らず、魔神ともなるとコイツらじゃ命がいくつあっても足りない。
「ああ……このアホの考えを改めさせたい」とうっかり声に出してしまった。
「ん? 今なんて言ったリード? よく聞こえなかったが」
「何でもない。そんなことより、お前はこの六年間、その魔人の情報を探っていると言っていたが、軍が膨大な魔物の情報を持っていると今更気づいたのか?」
「え?」とアレスはポカーンとした様子で俺の方を見つめている。
それは常識を持っている人間なら真っ先に思いつくはずのことなのに、この男は六年間も不確かな情報に頼ってさまよっていたのかと思うと呆れて声も出ない。それはメリナも同館のようでクスクスとほくそ笑んでいる。
「おいお前ら何が可笑しいんだよ!?」
不安がるアレスに、メリナは「まさかアンタ軍の存在を知らないわけないわよね…? 知らないならおかしくはないけど、知っていて六年間も軍から情報を貰おうとしないなんて脳死してるの?」と馬鹿にするような笑みを浮かべながら言った。
「ぐぬぬぬぬ……」
悔しそうに唇をかむアレスは本当にどこか間抜けな風貌を漂わせていた。
「そろそろ寝るか二人とも。見張りは俺がやっておくからお前たちは朝まで寝てていいぞ」
「朝まで寝てて本当にいいのね?」
メリナは交代で見張りをすることを提案したが、俺にとってはそんな気の配りは要らないと断った。アレスも、「本人がいいって言ってるんだからゴチャゴチャ言うなよメリナ。まあ俺は見張りなんて一人で絶対やりたくないから誰か起こすけどな」と自分勝手なこといった後に、ロードの毛布を奪って眠りに落ちた。
「はあーこのだらしない男は本当に自分勝手ね」とため息交じりにアレスの顔を叩いた。
「ねえリード私にも毛布はないかしら? ロードの分も含めて二枚、なければロードの分だけでいいわ」
メリナの気の利いた振る舞いはロードに良い手本となるだろうと今日一緒に過ごしていて分かった。
「ああ二枚ちゃんとあるぞ。ほら」
空間魔法から取り出したフカフカの毛布を二枚渡してやると、メリナは感謝を述べてロードに毛布を被せると、ロードの腹を枕にして眠った。
ロード達が寝静まった後、リードは一人で番をしながら三人の健やかな眠りを穏やかに眺めていた。
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