6 少女の不安
例によってその日も、二人ペアでクエストを受け別々に行動することになった。
ペアは私と怜子。
そして茉莉とユミナだ。
「それじゃあ行ってくるね」
「…………」
私はギルド前で、茉莉とユミナに手を振って言う。
怜子は私の後ろで私の袖をぎゅっと握っている。
どうしたんだろう怜子は。明らかに調子が悪そうだ。
「……おう、それじゃあ気をつけてな」
「……ま、頑張ってねー」
茉莉とユミナの返答にも妙な間があった。
これまた違和感を覚える。なんだか、二人が持つ普段の快活さが少し陰っているような。
「……うーん? まあいいか。それじゃあいこうか、怜子」
「…………」
コクリと言葉無しに頷く怜子。
やっぱり何か調子が悪いのかも知れない。私一人で行ったほうがいいのかも……。
「大丈夫、怜子? ……体調が悪いなら、私一人で行こうか?」
「……! それは嫌!」
怜子は急に強く否定の色を示した。
私は少しびっくりする。
まさか急にこんな大声を出すとは思わなかったからだ。
「わ、分かった。じゃあ一緒に」
少し動揺しながらも、クエストに出ることにした私。
怜子も茉莉もユミナもちょっと違和感を覚えるけど、まあみんなダウナーなときが重なるときもあるよね。
そんな程度に考えて。
今回のクエストは郊外墓地に出没する悪霊の退治だ。
物理攻撃が通りづらい幽霊系のモンスターには、私達のような魔法職のほうがふさわしい。
いつしかモンスターやこの世界についてもこうして知識がついていっていた。
いやぁ、慣れって凄いね。
「……むむむ、目標の悪霊はどこにいるんだろう。もしかして呼ぶには何か手順を踏まないとダメなのかなぁ? どう思う、怜子?」
「…………」
私の言葉に答えない怜子。
彼女の様子に、私は少し思い悩む。
やはり体調が悪いのではないか。少し無理を言ってでも一人で来たほうがよかったのではないか。
私はそう思い始めた。
「……怜子、出る前にも行ったけど、体調が悪いなら……」
「っ!? いっ、いやっ! いやなのっ! わたし頑張るから! 足引っ張らないから! 今も、どうやったらここの悪霊が出てくるか考えていただけだから!」
凄い勢いで私にまくしたてる怜子。
私はそんな彼女にまたも気圧されてしまう。
「う、うん……そうなんだ。悪いね、終わったことなのに」
「っ……い、いや。わたしこそ……」
私が謝ると、怜子も申し訳無さそうな顔をする。
なんだか距離を取られているようなそうでもないような、不思議な感じだ。
そういえば怜子とは昔はこんな感じだったところがあったなと、私はふと思い出す。
「……なんだか、昔を思い出すなぁ」
「……え?」
と、つい言葉に出てしまったようだった。いけないいけない。
「ああ、なんでもないよ。忘れて」
「……いいから、聞かせて」
ぐいぐい来る怜子。そこまで言われたら、話さないわけにはいかないだろうと思った。
「いや、昔の怜子みたいだなって、今の怜子」
「昔の……?」
「うん、一人殻に閉じこもってた頃の怜子」
昔の怜子はいわゆる引きこもりだった。理由は簡単。趣味をバカにされ、いじめられたからである。
怜子はいわゆるオタク趣味を持っている。アニメ、ゲーム、ライトノベルとそういったものが大好きな子だった。
しかし中学生の頃、無差別に起きたいじめる相手を作る子供じみた雰囲気の流れに、内向的な怜子は標的に選ばれてしまった。
そして、いじめのネタとして彼女のオタク趣味が取り上げられてしまったのだ。
いじめを行っていたグループは彼女の趣味に心無い言葉を浴びせかけた。
それはもう、思い出したくもないような内容のものを。
耳を塞ぎたくなるような罵倒を浴びた怜子は不登校になった。人を恐れ、外に出なくなってしまったのだ。
私はそれをすべてが終わった後に知ってしまった。
彼女がどんな目にあったのかを、彼女がどんな言葉を浴びせかけられたのかを。
なんと不甲斐ないことだっただろうか。幼馴染だと言うのに、私は別のクラスだったというだけで何も気づけなかったのだ。
だから、私は彼女と一緒に学校を休んだ。
気づけなかった自分があまりに情けなくて。だから、せめて彼女が立ち直ってくれるまではずっと共にいようと誓ったからだ。
そうして私は怜子が自分を取り戻すまで、とにかく一緒にいた。
とにかく彼女の部屋に押しかけ続けたのだ。
怜子は私と、彼女の家族すら拒絶していた。
自分の部屋に閉じこもり殆ど外に出なかった。
そんな怜子の部屋の前に、私は毎日座り込んだ。
扉一枚を隔てて、彼女に何気ない言葉をかけ続けた。
そのとき注意したのは決して「戻ってこい」などの言葉を言わないようにしたことだった。
きっとそれは、逆に怜子を傷つけてしまうだろうから、そう思ったから。
だから私は彼女にドア越しに昔話をし続けた。
怜子と一緒に遊んだ日々の事を。怜子にいろいろと漫画やゲームを教えてもらった事を。それを楽しんだ日々の事を。
とにかく私は怜子との楽しかった思い出の事を語り続けた。
彼女との思い出は沢山あったから、しばらくは話すネタには困らなかった。
それでどれだけ経っただろうか。
いつしか、怜子は扉を開けて私を中に入れてくれた。
そこからは、二人で一緒に肩を並べる日々だった。何も語らず、ただ二人で一緒にいるだけ。
ただ黙って、私は彼女に寄り添った。
そうしたある日、やっと彼女が口を開いていくれたのだ。
「愛依ちゃん、どうして私にそんな優しくするの……? もういいよ……これ以上、愛依ちゃんの時間を無駄にしないで……」
私はその言葉にこう返した。
「ううん、無駄じゃないよ。私は大事な親友が苦しんでいるなら、一緒にいてあげたい。そう思っただけだから」
「……愛依ちゃん」
怜子は私のその言葉を聞くと、はらはらと涙を流した。
私は、そんな彼女が泣き止むまで待った。
そうしてそのとき怜子は決意した。再び、外の世界に出ることを。
最初は私と一緒に登校するという形だったけど、それでもしっかりと外に出た。
結果、少し時間がかかったが怜子はまた学校に戻ってこられるようになってくれた。
思い返せば、その頃の怜子が、ちょうどこんな感じだったと思う。
あまりに恐怖と不安を抱え、何もできなくなっている怜子が。
もしかして、今回も……。
「……怜子、もしかして、辛いのは体じゃなくて、心?」
「っ!?」
怜子がビクリと反応する。
そして――
「ごっ、ごめん! 私、今日はちょっと帰るねっ!」
怜子は、私の前から逃げた。
後ろ姿を見せて、だだっと走っていってしまったのだ。
「れ、怜子っ!?」
私は突如走り出した彼女に対応することができず、その場に取り残されてしまった。
「……また、やっちゃったのかな」
私は、また知らぬうちに彼女が傷つくのを止められなかったのか。
「……くっ!」
私は無力感に襲われ、唇を噛み締める。
だが、すぐさま顔を上げ、前を見る。
「だめだ……ここで足踏みしちゃいけない。前に出ないと!」
私もまた走り出す。
同じ過ちを繰り返しちゃいけないんだ。絶対に!
◇◆◇◆◇
「怜子っ!」
私は宿屋に帰ると、怜子の部屋の扉を開ける。
安宿なので鍵は力を入れればすぐに外れるオンボロだった
今はこのボロ宿の欠陥構造に感謝だ。
「……っ!? 愛依、ちゃ……」
そこにいた怜子は、泣いていた。
ベッドの上で膝を抱えながら、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
「怜子……!」
私はそんな怜子の元に駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「ごめんね、ごめんね怜子っ……! 怜子が辛いのにまた気づいてあげられなくて、私、バカだ……! 大バカだ……!」
「愛依ちゃん……愛依ちゃん……うっ、うわああああああああああああっ!」
怜子は私の胸の中で泣く。
彼女を抱く私も、ひっそりと涙を流す。
怜子が心を閉じる前に、彼女に手を差し伸ばせてよかったこと。
こうなるまで手を差し伸ばせなかったこと。その二つの感情がないまぜになった涙を。
「……わたしね、すごく怖くて、不安だったの」
お互い涙を流して、少し落ち着いた後、怜子は話し始めてくれた。
ちなみに今、私達は一つのベッドの上に壁を背にして膝を折り曲げ隣り合って座っている状態だ。
「こっちの世界に来て……最初は異世界転移だ! ってなったけど……命の危険がある世界で……知ってる人が愛依ちゃん達しかいなくて……それを考えるとわたし、どんどんと怖くなって、不安になって、それで……ああなっちゃった……」
「なるほどね……」
私は怜子が自分のペースで話し終わるのを待ってそして相槌を打つ。
「そうだよね、怜子は繊細な子だもん。仕方ないよ。私も注意が足らなかったよ」
「そんな……愛依ちゃんは悪くないよ……!」
「ううん、私が悪い。そうさせて。そうじゃないと、私は自分を許せないだろうから」
「愛依ちゃん……」
そこまで言うと、私は怜子の頭を片手に抱いて、自分の胸の中に包み込む。
「めっ、愛依ちゃん……!?」
「もう大丈夫だよ、怜子……」
私は彼女にささやきかける。
「私は、ずっと一緒にいてあげるから……」
「……本当?」
私の胸の中で彼女の頭が一瞬ピクリと動いた。
「本当に、ずっと一緒にいてくれるの?」
「うん、いてあげるよ」
私は彼女を慰める。
怜子に厳しい言葉はダメだ。さっきも言ったように彼女は繊細だから、優しく包み込んであげないと。
「絶対わたしの側から離れないでね? ずっとわたしと一緒にいてね?」
だから、私は答えてあげる。
「うん、いいよ」
「愛依ちゃん……!」
怜子は再び涙を流しながら、私の体に手を回した。
私も彼女の体を抱いて答えてあげる。
そうして、その日私達は一緒に眠りについた。
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