7 士崎怜子は依存する
翌日。
私達は茉莉達に簡単にだが事情を伝え、今日も同じ組み合わせで同じクエストに挑むことにした。
昨日の今日で怜子を一人にできないと思ったからだ。
そのことを伝えたら、茉莉は「ま、いーんじゃねーの。でも気をつけろよ?」といつものような口調で答えてくれ、ユミナは「まあしょうがないよねー、頑張ってねー」と彼女もまた軽く言ってくれた。
こういうときもいつもの調子を崩さないのが彼女らの良さだと思う。
そうして私達は再び墓地にいった。
墓地には相変わらず悪霊の姿が見えないため、探索を始める。
始めたのだが……。
「…………」
その間、怜子はずっと私の服の袖を掴んでくっついてきているのだ。
確かにずっと一緒にいると言った。答えた。
でも、さすがにこんな物理的距離でまで密着して一緒にいるとは思ってもいなかった。
「れ、怜子……?」
「何……?」
「もうちょっと離れてもいいと思うんだけど……さすがに動きづらくて……」
この状態でギルド前からずっとなのである。
さすがにそろそろ離れてもいいと思ったのだ。
「愛依ちゃん!? ずっと一緒にいてくれるって言ったのは、嘘、だったの……!?」
だが、怜子の反応はこちらの予想外のものだった。
彼女は顔面を蒼白とさせ、体をガクガクと震わせながら信じられないようなものを見る目で私を見たのだ。
「れ、怜子……?」
え、ちょ、どしたの……?
「愛依ちゃんだけは、愛依ちゃんだけは味方だと思ってたのに……!」
「いや、私は味方だよ怜子!?」
「でも、わたしと離れたいって!」
「いやほら、それは物理的な距離の意味で、心理的な意味ではちゃんと一緒にいるというか……」
「嘘だ嘘だ! 愛依ちゃんはわたしが面倒になったんだ!」
な、なんだか見たことのない反応をしているぞ。
どうしちゃったの怜子……。
と、そんなときだった。
「ゴオオオオオオオオ……」
おぞましい声と共に、なんと噂の悪霊が現れたのだ。
やせ細り骸骨に皮膚がくっついた状態のような顔で、叫ぶ姿はとてもおぞましい。
戦わないと!
でも、怜子は離れてくれない。
「怜子、さすがに離れて! このままじゃ私達大変なことになるっ!」
「で、でもっ!」
「大丈夫だから! 怜子を一人にしないからっ!」
「わ、わかった……」
さすがに緊急事態だからか、一応怜子は話を聞いてくれて、私の袖から手を放してくれる。
「ゴオオオオオオオッ……!」
そうしている私達を伺うこともなく、その次の瞬間悪霊は半透明の体をスッとすばやく移動させ襲いかかってきた。
「わひゃあっ!?」
私はそれを間一髪で避ける。
その勢いで、私は墓地の地面を転がる。
「め、愛依ちゃんっ……!」
怜子が心配したような声を出す。
「大丈夫! それよりも怜子! 拘束魔法っ!」
「うっ、うんっ! バインドっ!」
怜子が悪霊の足元で魔法の蔦を出す。その蔦は、本来ならば通り抜けるはずの悪霊の体を縛り付け、動きを止める。
これが魔法の力である。
「よし! さすが怜子! 一気に叩くよっ!」
「っ!」
私の言葉にブンブンと首を振る怜子。
そして、私と怜子は悪霊に向かって魔法攻撃を浴びせかける。
「シャイン!」
「フレイム!」
私の光属性魔法と、怜子の火属性魔法が悪霊へと襲いかかる。
幽霊系のモンスターには特に効果的な魔法だ。
「ゴオオオオオオっ!?」
その攻撃に悪霊は悲鳴を上げる。
どうやら着実に効いているようだった。
私達はさらに次々と魔法を浴びせかける。
何発も、何発も撃ち込む。
すると、悪霊は「ゴオオオオ……」という断末魔を上げ、消えていった。
その下に、おそらく生前の遺品を落として。
「なるほど、これをギルドに持っていけば倒した証明になりそうだね」
「…………!」
遺品を拾い上げる私に、再び袖を掴んで怜子が密着してくる。
「れ、怜子……?」
「もう戦闘は終わったよね。なら、いいよね。一緒にいて」
「う、うーん……」
私は苦笑いする。
やっぱり今の彼女は何かまた別の方向でおかしくなっているように思える。
なんというか、過度に私に依存してしまっているというか……。
「怜子、大丈夫……? また、何か抱え込んでるんじゃ……」
だから、私はそれとなく聞いてみる。
また、何か心で辛く思っているのではないかと。
すると――
「大丈夫だから! わたし、大丈夫だから! だから捨てないで……!」
とすがるように言ってきたのだ。
「捨てる? 私が? 怜子を?」
言っている意味が分からない。
そんなことするはずないのに。
「そんなことしないよ……だから落ち着いて……」
「本当に? 本当にしない……? わたし、捨てられない……?」
「うんうん、捨てないって。大丈夫だって」
私は中腰になっている彼女の頭を撫でながら言う。
「ありがとう、愛依ちゃん……わたしね、昨日も言ったようにすっごく不安だったんだ。すっごく怖かったんだ。でも、わたしには愛依ちゃんがいてくれる。愛依ちゃんがいれば、もう何も怖いものなんてない。愛依ちゃんだけでいい。愛依ちゃんだけが、側にいてくれればいい。そうすればもう何もいらないの。どこだって大丈夫なの。だから愛依ちゃん、ずっと側にいて……わたしから離れないで……わたし、頑張るから……愛依ちゃんが隣にいてくれれば、どれだけでも頑張れるから……だから愛依ちゃん、ずっと一緒にいようね……?」
「…………」
……あー、なんというか、やばい。
やばいことになっている気がする。
頭を撫でている間、彼女は落ち着いているが、やはり手は震えている。
いや気がするってレベルじゃないわ。
絶対やばいってこれ。
私は確信した。
怜子は、あまりの不安と寂しさから私に過度に依存するようになってしまったのだ……!
「……どうしてこうなった」
私は猫のように丸まる怜子の頭を撫でながら、ポツリと呟くのだった。
◇◆◇◆◇
怜子の依存は、もちろん冒険中のことだけではなかった。
日常生活でも、彼女は私への依存を隠そうともしなかった。
どれほどかというと、
「愛依ちゃん……! 愛依ちゃんどこなの……!?」
「ここだよ! ちょっとトイレに行っただけだから!」
これである。
私が少しでも視界から消えると、すぐにパニックに陥りそうになってしまうのだ。
なので、私は彼女の視界から出られなくなってしまった。
さすがに寝るときは別々の部屋で寝るということで妥協させたが。
この説得がまた大変だった。
どんな風に大変だったかというと、こんな風にである。
「いい怜子?」
「……うん」
「もうこれ言うの十回目ぐらいだけどね。さすがにね、夜は別々のほうがいいと思うの」
「でっ、でも……愛依ちゃん、わたしを捨てないって……!」
「うん捨てないよ? 捨てないからね? というか、視界からいなくなったら捨てられたって発想をまず止めようね?」
「うう……でもぉ……」
「でもじゃないです。いい怜子? 私達は四人分の部屋代を払ってこの宿屋にいるんだよ? それなのに、一緒の部屋で生活するのはおかしいよね」
「なら三部屋分にすればいいんだよ……そうすれば経済的だし……」
「うんごめん私の切り出し方が悪かったね。うーんそうだなぁ……ほら、ずっと一緒にいると、他の二人に悪いでしょ?」
「……茉莉ちゃんと、ユミナちゃんに?」
「うんそう。彼女らだって私の、そして怜子の友達でしょ? なのに、私だけ怜子を特別扱いするなんて、友達らしくないでしょ?」
「……そ、それは……でも……朝一人で起きると怖くて……」
「分かる。その気持ちは分かるよ怜子。でもほら、そこは頑張ろう? ほら、会えない時間が愛を育むって言うじゃない?」
「っ! ……確かに……愛依ちゃん、私を愛してくれてるんだね……!」
「うん友達としてね。友達として。いい、友達としてね? 凄く大事なことだから三回も言ったからね? 理解してね?」
「…………」
「なんでそこで無言になるかなー? とにかく、夜は別々で寝るからね、私。いいよね?」
「……はい」
と、最後の結論部分だけ抜き出してもこれである。
本当はこの結論に至るまで一時間半ほどかかってしまった。
まあ別に一緒に寝てもよかったといえばよかったのだが。
でも、もしそうしたら怜子が完全にダメになってしまいそうだと思ったのだ。
怜子にはちゃんと自立してもらいたい。
私に依存するのは、あまりよくないと思うのだ。
とは言え、日中、怜子は私にベッタリなわけで。
それを見て当然茉莉とユミナは訝しむわけで。
なので、二人にも事情を説明したわけで。
するとこんな返答が帰ってきたわけで。
「ふぅーん……怜子がねぇ。ったく甘いなぁ愛依は。そこはガツンと迷惑っつって言って突き放すべきだと思うぞ? それがアイツのためになるんだよ。何ならアタシが言ってやろうか?」
さすが茉莉。
はっきり言う子である。
こういうはっきりとした物言いが私にも必要なのかもしれないとちょっと考えさせられる。
「あららー、怜子っちも大変なことになっちゃったねぇ。でもまあ、ちょっと気持ちは分かるかなぁ。ま、うちならやり方はもうちょっと考えるけどねー」
ユミナはとても優しい子なので、怜子の気持ちを理解してあげている。
いい子だ。
でもさすがに解決策は出てこなかった。当然である。
とまあ、友人二人はこのような反応を示しており、一応現状の怜子の状況は理解してくれた。
とは言え、このままはやはりまずいと私は思う。
せめて冒険は別々で出られるようにしないといけない。
なので、私は再び彼女を説得することにした。
「怜子。ちょっとここに座って」
「……う、うん」
その日もほぼ強制で怜子とタッグを組んでの冒険を終えての夜。
私は怜子の部屋で彼女を椅子に座らせた。私はベッドに座っている。
なお、この構図は前回と同じである。
「ねぇ怜子。私、さすがにクエストは以前のようなローテにするべきだと思うの」
「なっ、なんでっ!? 愛依ちゃん、あたしの事嫌いになっちゃったの!?」
「いやなってないから。このやり取り何回目だろう……」
私は軽く頭を抱える。
でも、そんな素振りをしていると怜子がどんどん不安になってパニックになってしまうので、すぐさま姿勢を戻す。
「そのね、この前寝る場所を決めるときも言ったけど、私達は四人だよね?」
「……そ、そうだけど」
「だからね、一人だけ特別扱いってやっぱりよくないと思うんだよ。みんながみんな大切な友達なのに、二人だけの世界に籠もっちゃったらそれはもう友達グループじゃなくなっちゃうよね。それは頭のいい怜子なら分かるよね?」
「……うう……でもぉ……愛依ちゃんがいないときに愛依ちゃんがあたしの前から消えちゃうって考えると、どうしても……」
「大丈夫だよ、消えないよ。私忍者じゃないからね。ドロンってしないよ」
「ドロン……?」
「ごめん最後のは忘れて」
ちょっとおっさん臭いことを言ってしまった。反省。心の中で壁に手を当てて反省。
「とにかく私は消えないからね。それに、怜子だけ特別扱いして他の二人をハブにするなんて、まるでいじめみたいだと思わない?」
「っ……! そ、それは……!」
我ながら卑怯な手を使うなと思う。
でも、こうやって怜子のトラウマに触れるぐらいのことを言わないと、多分今の彼女は分かってくれないと思う。
心はさすがに痛むけど。
「そういうのはよくないって、怜子が一番分かってると思うんだ。だから、冒険は前みたいに戻そう? 大丈夫、その他の時間ならできるだけ一緒にいる時間を作るから、ね?」
「……うう」
怜子は泣きそうになるのをなんとか我慢しているようだった。
多分、ここで泣いたら捨てられると思っているんだろう。
そんなことしないのに。
私、信用ないなぁ……。
ちょっと傷つく私がいた。
「大丈夫だよ。絶対、私は怜子を捨てない。なんなら誓約書でもなんでも書いてあげていい。望むなら血印だって押してあげるよ」
「そ、そこまでしなくていい! 愛依ちゃんが傷つくところなんて、見たくない……」
「ありがと。やっぱり優しいね、怜子は」
そう言って私は彼女に笑いかける。
根っこはいつもの優しい怜子なのだ。それが不安でちょっと大変なことになってるだけ。
そう、それだけなんだ。だからきっと、分かってくれる。
「だから、さ。その優しさを、他の二人にも分けてあげて欲しいんだ。……いいかな」
「……うん、愛依ちゃんの頼みなら、わたし、頑張る……」
「ありがとう」
私はそう言うと、怜子に近寄り、彼女を抱擁した。
「っ!? め、愛依ちゃん……!」
「ご褒美、って言い方はなんかおかしいけど、今日は一緒に寝てあげる。でも、今日だけだよ? 明日からはまた別々だから、ね」
「……ありがとう」
私は抱いている怜子の頭を優しく撫でる。
我ながら甘いなぁと思うが、でも、大切な友達なんだ。これぐらい、いいよね。
そうして、私はその日怜子と一緒に寝た。そして翌日から、怜子はいいつけ通り別々の冒険を許してくれた。
よかった……これから、徐々にだけど一緒に頑張らないと。
私はそう思った。
でも、さらなる苦難が別に存在していたことを、私はすぐさま直面することによって知ることになる。
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