第61話 常闇の魔女を救いたい―白銀の騎士―


「バロッソ伯爵どういう事ですか?」

「何の事ですかなカルマン殿」



 突然の国家騎士の訪問を不愉快に感じたのか、バロッソ伯爵は剣呑な態度を隠しきれず眉を顰めて俺を出迎えた。


 メリル殿からトーナさんの危機を告げられ、俺は団長の制止を振り切って取る物もとりあえず伯爵も屋敷へと馬を走らせ、先触れもなく無理矢理この場に押し入ってきたのだから仕方ないか。



「トーナ殿の事です……彼女を勾留したと聞きましたが?」

「あの魔女をどうしようと貴殿には関係あるまい?」



 伯爵の指摘通り領民の生殺与奪は領主に権限があり、本来なら国が介入するところではない。だがしかし、トーナさんの立場はとても繊細な問題をはらんでいる。


 トーナさんの街での行き過ぎた迫害とラシアの花が魔獣の森からファマスを守っている可能性は、この国としても軽んじてよいものではない。


 団長もトーナさんの件でのバロッソ伯爵の暴走は、魔女の忌避感を勘定に入れても非常に不味いと感じていたようだ。


 だから、この問題を上申して法的手段を取れと助言してきたのだ。

 だが、そんな悠長な手段を取っていては手遅れになるやもしれん。


 俺にとってはバロッソ伯爵の面子や立場、ここファマスもこの国も、全てがトーナさんの前では塵芥ちりあくたに等しいのだ。



「彼女は魔女ではありません」

「あいつは魔女だ!」



 だが、伯爵にとっての彼女は違うようだ。

 だんっと机を激しく叩き立ち上がると、狂ったように唾をまき散らしながら叫んだ。



「あの者は街を騒がせる魔女なのだ。早晩、処刑するのは決定事項だ」

「伯爵はご自分の私怨で咎の無い娘を処刑するおつもりか!」



 このファマスは彼女とその一族によって繁栄したと言っても過言ではなく、その恩恵を享受していた者が、迫害するに止まらず処刑などとんでもない暴君め。



「あの女は私の娘を殺した!」

「彼女は関係ないでしょう!」



 こいつは何をほざいているんだ?

 娘が死んだせいでとち狂ったか?



「エリーナ様はヴェロムの毒で亡くなったのですから」

「違う!」



 俺の指摘にこの数日でやつれ、少し窪んだ目でぎょろりと睨みつけてきた伯爵の様相は、常人の者なら悲鳴を上げていたかもしれない。



「エリーナは解毒薬を服用したのだ……死ぬはずはなかったのだ……」

「それに関してトーナ殿がきちんと説明をしたではないですか」



 その現場には俺もいたのだから間違いない。



「だったら、あの魔女ならエリーナを助けられたと言うのか?」

「それは俺では判断できませんが、少なくともトーナ殿か医師に頼めば助けられた可能性はあったでしょう」



 トーナさんの治療を間近で見た俺には、ガラック達よりも彼女の方が正しかったのだと断言できる。



「だったら、あの魔女はメリルを助けておいて、何故エリーナを見捨てたのか?」

「治療法について説明した彼女を退けたのは他でもない伯爵自身ではないですか」



 おかしい……

 どうにも記憶に齟齬が生じている。



「私が悪いのか……私が悪いのか……いや……あの娘だ……魔女のせいに決まっている……」



 それからは、何度も魔女が、魔女がと同じ事ばかりを繰り返すばかりで、とてもまともに話しが出来るじょうたいではない。


 そのぶつぶつと呟く伯爵の姿はかなり異様であった。


 もしかしたら、自分の判断の間違いで娘を死に追いやってしまった事実に耐え切れず、伯爵はもはや正気を失くしているのかもしれない。


 加えてメリル殿から聞いた話では、生臭坊主のオーロソと治療を失敗したガラックが自分たち可愛さにトーナさんを貶め、伯爵にとって都合のいい話で誘導したらしい。



「エリーナがヴェロムに襲われたのも、魔狗毒に侵され苦しんだのも、そして治療むなしく儚くなったのも……あの魔女が全ての元凶なのだ!」



 もう伯爵にとっては理屈云々の問題ではないのだろう。

 伯爵はどうしても自分が選択した者達の非を認められないのだ。



「あの魔女は殺さねばならん!」



 血走った目で呪詛を吐く伯爵にもはや理屈は通じない。



 仕方がない……



「トーナ殿は入市税を払っています」

「それがどうした」



 もう彼女を救うにはこれしかない。



「であれば彼女はファマスの領民ではない」

「それは!」

「領民ならば裁量権は領主にあるが、そうでない以上は国法に基づき彼女の身柄を渡してもらいます」

「くっ!」



 伯爵は憎々しげに俺を睨むが、俺は涼しい顔でそれを流した。



「だが……ならばあの女は市民権を持たぬ流浪の民。このファマスの領地には住まわせぬ!」



 やはりそう出たか……



「この国で魔女に安息地などないものと思え!」

「実質の国外追放ですか」



 これを聞いて彼女は悲しむだろうか?

 だが、他に取れる手段がなかったのだ。



「勝手に連れて行け……あんな魔女など野垂れ死ねばいいっ!」



 部屋を出ていこうとする俺の背に伯爵が吐き捨てるように呪詛を投げつけてきた。



「死なせませんよ」



 俺は肩越しに言い返すと、トーナさんが助けを待って牢獄へと向かった。




 俺が絶対に彼女を死なせはしないさ……

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