第17話 白銀の灯す光―常闇の魔女―
「何だあの門番の対応は!」
私に代わり憤慨してくれるハル様のお陰で私の気持ちは救われました。
街での扱いに表面上では何ともないと取り繕ってはいましたが、やはり全く堪えないわけではありません。
ハル様の怒りは私を慮ってくださっての事。
そう思えば少し荒んだ心にハル様のお気持ちが暖かい春風を吹き込んでくれたように感じられました。
自分で思っていた以上に人々の心ない言動に、私の
「トーナ殿はいつもあの様な扱いを受けているのですか?」
「街へはたまにしか来ませんが……そうですね、概ねあんな感じでしょうか」
意外と必要があって街へとやって来ることはあるのです。
「街へはどの様な理由で?」
「森の薬方店に患者は滅多に来ませんので、街へは薬を卸しに……」
――瑠璃の軟膏
私が定期的に街へ卸している瑠璃の如き青い塗り薬は、もともとお祖母様が開発したものでした。
ラシアの抽出液で青く染まったこの外用剤は、手荒れ、あかぎれ、切り傷に効能があり、保湿効果もあって街では女性達に重宝されていると聞いています。
ラシアは私にしか栽培できませので、瑠璃の軟膏は私にしか調合できません。
閑古鳥の鳴く我が薬方店の大事な収入源です。
「あの青い軟膏はトーナ殿が作られたものなのですか」
「ハル様も瑠璃の軟膏をご存知なのですね」
「ええ、切り傷にも良く効くと評判ですので」
騎士様は生傷が絶えませものね。
「ですが、あれほど売れている薬の収入源があるにしては、トーナ殿の暮らしぶりは……」
「貧し過ぎますか?」
私の家はだいぶん質素ですから、それを思い出してハル様は疑問を感じたのでしょう。
「まさか……中抜きが酷いのですか?」
「私には街で売る手段がありませんので」
魔女の謗りを受ける私では薬を売り歩けません。
ですので、仲介に街の薬方店に卸しているのですが……かなり安く買い叩かれているのが実情です。
「人の足元を見るとは見下げ果てた者達だな」
「かなり売れているそうで、儲かっているだろうと税もそれなりに徴収されるのです……そんなに収入はないと申し上げているのですが」
「なんと言う非道……言葉もありません」
ハル様は深くため息をついて落胆されました。
「医師の方々が適正に購入してくださっているのが救いです」
「医師ですか?」
私はファマスの医師に薬を卸しています。
自ら薬を調合される医師は少なく、彼らは薬方店で原薬を購入されております。ですが、症状は患者ごとで違いますし、年齢、体重などによっても薬の用量は異なります。
いわゆる匙加減と言うやつです。
ですから、それら原薬を使用するには調剤技術が必要になります。
しかし、ファマスでは医師と薬師が反目しあっている節があり、薬師の方々があまり協力的ではありません。
また、ファマスで主流の均一薬では患者に合わせた投薬が難しく、多数の医師が難儀していました。
そこで私はあまり調剤技術を必要としない倍散を作製しているのです。
「原薬を希釈した倍散なら計量誤差が小さくすみますので、だいぶん重宝されております」
「なるほど……原薬では十の誤差が十ですが、十倍に薄めればその誤差は十分の一になりますね」
その代わり嵩が増しますので、一回量が増えてしまいます。
そこで私は抽出する原薬の濃度をなるべく高くしています。
「医師にとってトーナ殿が助けとなっているのですね。だから他の者達と異なり友好的なのですか」
得心がいったと頷かれましたが、実際にはちょっと事情が違います。
「医師の中には外国から移住された方も少なくないのです。だから、あまり黒髪赤目に偏見もないのでしょう」
「けっきょくトーナ殿と普通に接するのはこの街の者以外だけですか」
ハル様の声は大きいものではありませんでしたが、苛立ちと怒りを僅かに孕んでいる様に感じられましたました。
先程の門衛とのやり取りを思い出されたのかもしれません。
「どうやら俺はトーナ殿が受けている差別を甘く見ていたようです」
行き交う人々は私の姿が視界に入ると視線を逸らし、顔を顰め、あからさまな嫌悪の態度を示すので、それを見咎めたハル様はいちいち睨みをきかせました。
「切りがありませんよ」
「しかし……」
「人々の意識が変わらない限り、何を言っても無駄なのです」
もう全てを諦めました。
望みは無意味だと……街へ来る度に諦めの気持ちと共に私の内にある怒りも、悲しみも、絶望も、憎しみも、深いため息と一緒に掃き出してきました。
そして、掃き出されたそれらは、きっと希望や期待と同義なのでしょう。
でも……
「ありがとうございます」
「は?」
にこりと笑い掛ける私の意図をハル様は測りかねたみたいです。
「私の為に怒っていただいて……」
その気持ちがとても嬉しくて、捨て去ったと思った心の中にある光が再び灯ったみたいでした……
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