第18話 領主バロッソ伯爵―常闇の魔女―

 

「貴様が巷で有名な魔女か」



 ここファマスを治める領主ロバート・バロッソ伯爵が私と対面した時の第一声がそれでした。



「噂通りの黒い髪と赤い目だな」



 彼の口から出た台詞セリフは出会った時に発したハル様のそれと大差がありません。


 ですが、その口調に侮蔑と嫌悪の感情が含まれるかどうかで、どうしてこうも心に突き刺さる痛みが違うものなのでしょうか。



「お初にお目にかかります。ファルマの森に居を構えております薬師くすしのトーナと申します。お召しにより参りました」

「ふん」



 腰を折る私に対して伯爵は鼻を鳴らし小娘風情がと言いたそうな表情をされました。


 とても剣呑な雰囲気でかなり苛立っておいでです。


 まあ、ご自身の愛娘が危篤なのですから無理からぬ事ではありますが。


 だからといって、私が一方的に全てを許容するかは別問題です。


 税を徴収されながらも、私は領主の庇護を受けてはいないのです。

 それでも、この方に敬意を払わねばならないものなのでしょうか?



「本当に不吉でおぞましい色彩いろだ」



 なんだかもう帰りたくなってきました。



「私は魔狗まく毒の解毒薬を買い求めるように頼んだ筈なんだがな」



 ハル様へ向けられた口調にも伯爵様は不満を隠そうともしていません。



「その件でトーナ殿のお宅を訪ねたのですが、どうにも話に齟齬そごがあったようです。それで、その説明にとトーナ殿にご同道をお願い致しました」



 伯爵の不興にも全く動じず、一礼して淡々と報告するハル様の心胆は大したものです。



「まあよい」



 尊大な態度の伯爵は、次に私へと視線を戻しました。



「娘のエリーナが魔狗毒に侵されている。貴様の持つ解毒剤……それを買おう」



 娘の命がかかっているのに、何故こうも好戦的なのでしょう。

 いえ、だからこそ余裕が無くなっているのでしょうか?



「伯爵様が私についてどのようなお話を耳にしているかは存じ上げませんが、私はヴェロムの毒に対する解毒薬は持っておりません」

「なんだと!」



 伯爵の目に私を射殺さんばかりの殺気がはらんでいましたが、私はそれを黙して静かに流しました。



「そんなはずはない。以前ヴェロムの毒に侵された者が、お前に助けられたと吹聴しているそうではないか!」

「確かに以前に魔狗毒に侵された者を治療しましたが、それは……」

「そうか分かったぞ!」



 伯爵の声が説明をしようとする私の声を遮りました。




「そうやって薬の値段を吊り上げる腹積りだな。噂通りなんと浅ましい女だ!」



 勝手に決めつけ怒鳴り声を上げる伯爵は、既に理性を失いかけている様に見えました。



「幾らだ、幾ら出せば薬を売る!」



 娘の命が危ういのですから焦るのは分かりますが、他人の話を聞かない状態では却って娘を危機に晒す様なものでしょうに。



「落ち着いてください。お金の問題ではございません」

「なんだと!?」

「魔狗毒に解毒薬はもともと存在しないのです」

「馬鹿な!」



 伯爵はかなり興奮しています。


 再三に渡って私の言葉を遮る伯爵の様子に、この調子で果たして私の治療に関する説明をきちんと聞いてくれるかどうか不安になってきました。



「それではどうやって治療するのだ!」

「そもそも中毒の治療に解毒薬を使う事は殆どございません」

「どう言う事だ?」



 私はハル様にお話しした中毒治療の概要を説明しました。


 伯爵は私の話を聞いてはくれているようですが、どうにも落ち着きがなく果たして理解されているかどうか……



「……だから私は治療を行いましたが、解毒薬を使用したのではありません」

「とにかく治療は可能なのだな!」

「それはエリーナ様の御容態を確認させて頂かないと何とも……」



 伯爵の悪意ある態度と常軌を逸した剣幕に気圧されてしまい、本来ならすべきではない言い訳染みた返答が思わず口を衝いて出てしまいました。



 と、その時――



「ハッハッハッ!」



 突然の哄笑が私と伯爵の会話に割って入ってきました。



 その声に驚き振り向けば、60前後くらいの恰幅の良い男が部屋の入り口を塞ぐ形で立っていたのでした……

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