第14話 可愛い魔女―白銀の騎士―


「ハル様はどうして私に優しくしてくださるのですか?」



 トーナ殿が不思議そうに尋ねてきた。

 そんなにおかしな事だろうか?



「街での私の噂は聞かれているのでしょう?」



 ああ、そんなことか……



「他人の足元を見て病人に薬を暴利な価格で売る……とかですか?」



 噂なら俺も聞いている。


 だが、彼女の暮らしていた粗末な薬方やくほう店を見れば、それは根も葉もない虚言と分かるというもの。



「評判どおり私の作る薬は確かに高いのです」



 ところが、意外にも彼女はその噂を認める話を始めた。



「それは患者個別に薬を調合する為なのです――」



 彼女の説明では、薬の原料である生薬はそのままでは使用できないのだそうだ。


 そのままでは毒性が強かったり、思った程の効果を発揮しなかったりするので加工を必要とするらしい。



「天日干し、湯通し、煮出し、蒸し、炙りなど生薬ごとに必要な処理を行い毒性を下げ薬効を上げる。この作業を修治しゅうじと言います」



 まあ、草のままでは口にできないのは当たり前だったな。

 だが、その加工は想像していた以上に意味があるようだ。



「ところが問題は他にもあります。生薬は土地や収穫の時期など条件によって成分量が変化するのです」



 作物に出来不出来があるように生薬も一定の品質になるわけではない。当然の事のようで聞くまで考えもしなかった。


 彼女の説明は成る程と納得させる説得力がある。



「そこで、街の薬師くすしは規格を一定化させる為に大量の生薬をいっぺんに修治しているのです」



 味の濃い葡萄と味の薄い葡萄など全てを混ぜてワインを作れば、毎回おおよそ一定の味になる。


 それと同じで生薬を大量に混ぜ合わせれば成分量に大きなずれはなくなる。



「そのおかげで一定の品質の薬剤を安定供給できるようになり、大多数の人が安価で安全な医療を受けられるようになりました」



 もともとファマスは医術と薬の街として有名であったが、この調合法の普及により高品質の薬を卸す地として名を馳せるようになったのだそうだ。



「ですが、一方でそれらの薬では効果が不十分な患者もいるのです」



 均一化した薬は大多数の患者に一定以上の効果を発揮できる。だが、統一規格の薬剤では必ず効果の薄い患者が現れるのだそうだ。



「一定の品質は逆に言えばそれ以上でもそれ以下でもありません。時により強く、時により弱く、また他に必要な生薬を混ぜるなどのきめ細かな調合が出来ないのです」

「なるほど、量販と受注生産カスタムメイドの違いと同じなのですね。ならば、トーナ殿の薬が高価であるのも頷ける」



 魔狗毒の治療の解説にも思ったが、トーナ殿の説明は理路整然としている。

 街での彼女の陰口と彼女の言葉のどちらを信じるかなど考えるまでもない。



「それにしてもトーナ殿はとても理知的な女性ひとだ」

「そ、そうでしょうか?」



 どうも褒め言葉に慣れていないらしい。

 俺が称賛する度にトーナ殿は顔を赤らめおたおたとする。


 一見するとトーナ殿はその美貌から冷徹な印象を受ける。それは、彼女の怜悧で物静かな態度がそれに拍車をかけている様に思える。


 だが、話してみて分かったが、彼女は決して感情の乏しい女性ではなく、今の様に褒められて狼狽える姿はとても可愛らしい。



「ええ、それに白い肌も相俟あいまって、まるで胡蝶蘭の如く凛として美しい」

「――っ!?」



 落ち着いた雰囲気のトーナ殿が俺の賛辞に動揺を隠せない様子は本当に可愛い。

 美しかった彼女が急に愛らしく変貌する様は俺の心をぎゅっと掴んで離さない。


 称賛され慣れていないところを見るに、きっと彼女のこんな一面を知っているのは俺だけに違いない。



「美しいだけではなく、何もかも呑み込みそうな漆黒の髪と全てを見透かしそうな赤い瞳は神秘的で俺が今まで出会ったどの女性よりも魅力的です」

「ハ、ハル様、も、もうそれくらいで……」



 消え入りそうな声のトーナ殿ははにかんでうつむいたが、その仕草と羞恥に上気した顔は美しいだけではなく、そこはかとなく愛らしい。


 ああ、俺だけが本当の彼女を知っている。

 その事実が俺をいっそう舞い上がらせる。



 俺の言葉でもっと恥じらって欲しい。

 俺に隠れた部分を曝け出して欲しい。



 俺だけに……俺だけに……もっとあなたを教えてくれ。



「そうやって恥じらう姿は可愛くて思わず愛でたくなりますが……」

「か、揶揄からかわないでください!!」



 恥ずかしさに赤面しながらむっと怒った表情も可愛いらしい。


 ああ、そんな可愛い顔は俺にだけ見せて欲しい。


 俺はどうしようもない程にトーナ殿への独占欲に塗れてしまっていた。



「俺は女性を褒める様な真似はした事がありませんよ」



 これに偽りはない。



「本当ですか?」



 トーナ殿は疑いの目を向けるが、これだけ口説く様な真似をしているのだから無理もないか。


 清廉そうなトーナ殿は俺を軽薄な男と思っているかもしれない。



 だが、それでも俺は彼女を褒めちぎろうとする自分の気持ちを止められなかった。


 この彼女への溢れ出す想いに蓋はできない。

 いや、しようとも思わなかったのだ。




 それ程に……どんなに分かっていても抑えきれない程に……

 俺はトーナ殿への恋に狂ってしまっていたのだった……





――《用語解説》――

【修治(しゅうじ・しゅうち)】

 漢方などではお馴染みの生薬の調整全般を指した言葉です。

 生薬を乾燥させたり、蒸したり、煎じたりと色々な方法で毒性を軽減させたり、薬効を上げたりしています。

 この修治により安全に生薬を薬剤として利用できるようにしています。しかし、トーナが語っているように、生薬の成分にはムラがありますので、漢方薬に含まれる成分量は必ずしも一定ではないという弱点があります。

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