第37話
連休の
コンビニの前に集まる不良学生たちも、そこにカテゴライズされる。
「なんかおもしれ―ことねーかなー」
毎日口にしていることを、夜のコンビニ前に集まっても変わらずに言っているのは、孝明館高校の特進コースに通っている三年生だ。
五人で固まって、炭酸飲料のペットボトルを傾け、カップ麺を回し食いし、ただぼうっと星空を見上げている。コンビニや周囲に
「なぁ、ケイちゃん最近どうよ?」
「どうってなんだよ」
「いや、なんかこう、あるじゃん?」
「ん~……親がクソ。そんでなんもやる気起きねー。ユッキーは?」
「あー……親父とケンカになった」
「なになに、なんかあった?」
「もっとまじめにやれとか、なんでそんなこともできねぇのかって言われてよ、『そんな風に産んだのはテメェじゃねえか』って言ったら、お袋泣き出しちまった。んで親父マジギレ」
「ユッキー、お袋さんは大事にしろよ。親父はどうでもいいけど」
「いや、お父さんも大事にしなよ」
「それな」
「おい、あれ」
笑いにならない話題で微妙な盛り上がりを見せる五人だったが、一人がコンビニの敷地の向こうを顎で示した。
三〇代の、皮のジャケットを着た男が歩いてくる。生活指導を担う筋肉質な教師はまっすぐにコンビニに向かっている。いや、正確には、たむろしている五人に向かってだ。
「うちの生徒だな。こんな時間に何してるんだ」
「は?知らねーし」
「おっさん誰だよ」
五人のうち二人が警戒しながら威嚇を口にする。生活指導の教師が夜の見回りにやってきていると理解したが、制服さえ着ていなければそんなもの関係ない。相手は警察ではなく、あくまで学校教師だ。自分の学校以外の生徒に対してどうこう言う資格などない。
もっとも、彼らは補導対象が一八歳未満で、深夜徘徊の深夜とは二三時から翌日四時までであることすら知らず、彼らの中の常識で考えているに過ぎないのだが。
自分たちは孝明館高校の学生ではないと言い張れば問題ない。
そう思っていたのだが、
「特進コース三年三組の
五人は生活指導教師である
「もうすぐ一一時になる。こんなところにいないで家に帰れ」
五人の特進生徒の困惑など知らないとばかりに、小鹿野は帰宅を促す。
「なんであんた…」
「なんだ?」
ケイちゃんこと高宮圭一は、信じられないものを見るような目で、関係の薄い教師に懐疑的な目を向ける。
どうせ注意者リストでも持っていて、遠くから顔写真と照らし合わせて確認していたのだろう。そう疑ったのだが、
「自分のトコの生徒の名前を呼ぶのがそんなにおかしなことか?」
どうも、この教師はそのような空気を出してはいない。まるで、全校生徒の顔と名前を全て把握しているような、そんな空気を醸し出している。
五人全員が、固まっていた。
自分たちは家庭でも、学校でも、大人たちからよく思われていない。そう思ってこれまで過ごしてきて、
誰かが、何かしら、自分を気にかけているということに、言葉にしづらい感情が心の奥底で燻り始めていた。
「あの、」
「なぁ、」
誰かが何かを言おうとして、別の誰かが指を差す。
小鹿野は不良と呼ばれる生徒を何度も見てきている。教師をバカにする者や、飲酒に煙草に手を出す者、悪い人間と付き合う者や、暴力沙汰に発展させる者。
態度が悪いだけの者から、いわゆる『手が付けられない』者まで様々だが、彼らのメジャーはあくまで前者だ。そして、ほんの少しのきっかけで立ち直れることも知っている。
彼ら特進コースの生徒たちは、自分たちが掃き溜めにいると思っている。それは事実だが、如何に私立といえど、この枠組み自体、小鹿野は嫌っていた。特進にいることがすでに駄目なことなのだと、所属が諦観を生むような仕組み自体、唾棄すべきものだと、何度も訴えてきた。
目の前の五人は、まだまだ引き返せる位置にいる。
その確信が、小鹿野にはあった。
だから、
「ごあっ――」
背中に衝撃と共に焼けるような痛みが走ったとき、小鹿野は受け身も取れずに前のめりに倒れた。
時間が止まった気がした。
五人の生徒たちも、予想外の事態に呆然としていた。
厳密には、一人だけ兆候に気づいてはいた。小鹿野の後方から駆けてくる黒いモノ――犬の存在に。
だから、本当に驚いたのは小鹿野が倒れたことではない。
その背中、革製のジャケットが裂け、そこから滲む液体がアスファルトに広がっていく。失禁ではない。それが血液だと、背後のコンビニの光に照らされた赤色で気づく。その背中に前足を載せたまま、ナイフのような爪を立てている、首にも口を有する異形の黒い犬。
それら全てが、非現実的過ぎて、現実に起きていることだと認識できない。
「グルル――」
異形の犬の唸り声と、獲物を見る捕食者の目に睨まれて、急速に現実を認識させられた。
「センセ――」「おいなんだよこれ⁉」
「に、にげ――」「え?は?」「犬っ⁉狼っ⁉は…?」
各々、危険を認識する者や、まだまだ認識が追い付いていない者まで、行動は様々だ。背を向けて自宅方向へ駆け出す者。コンビニの中に駆け込もうとする者。怖気づいて動けなくなる者。
それでも共通しているのは、このままここで何もしないことは自身に『死』を招くと直感しているということだ。
と、ここでまた、状況が動く。
ブォォォォォォ――――――――――
エンジン音が近づく。
同時に迫るまばゆい光――ヘッドライトの白い光が正面から近づくことで、それが自動車だと、更に近づくことで二輪車であると気づく。
だが、おかしい。
かなりの高速で近づいているのだが、減速する兆しがない。
このままでは、時速何十キロもの速度で突っ込んでくる。
「に、にげ――」
居眠りなのか飲酒運転なのかはわからないが、新たな脅威に高校生たちの混乱が最高潮に達する。
キュルルル――――、ドガッ――‼
交通事故で聞くような、骨肉を砕くような鈍い音が耳朶を叩き、思わず身震いする。咄嗟に目を閉じてしまう。
誰かが轢かれたのだろうか。倒れている小鹿野が巻き込まれた?
そんな疑問も束の間、ガシャン‼とガラスの割れる音が遅れてやってきた。
恐る恐る目を開ける。
小鹿野の上に乗っていた凶悪な相貌の黒い犬が、いつの間にか消えていた。
倒れる小鹿野の隣には、バイクに跨ったフルフェイスヘルメットを被った人物が、犬と入れ替わるように佇んでいた。
先ほどまでの脅威となっていた犬はというと、コンビニの端に設置されている公衆電話の
コンビニの店内から入口を映す監視カメラ越しに、
変異体の場所を刀弥に伝えた数分後、奇しくもその場に居合わせていたのは自分たちの担任教師である小鹿野であった。小鹿野は変異体に後ろから襲われ倒れ伏し、生死もわからない状態で、周囲にまだ人がいる。新たな死傷者が出てもおかしくない状態だ。
『一二時方向、距離九〇メートル、数一』
「了解」
交差点右折直後に届いたナビゲーションに応じ、
都会というには及ばない、地方と呼ぶには栄えている立地であるが、連休の最中は極端に地元民が少ない。そんな場所が、非現実的な危険を孕む異空間と化している。
目標までの距離は残り五〇メートル。
刀弥は懐の拳銃に手をかけるが、周囲にはまだ人がいる。その後ろはコンビニだ。バイクの振動で照準がブレやすい環境では、誤射の可能性がある。
だから、拳銃での無力化を諦め、別の手段に切り替える。
限界までバイクを加速させる。
距離三〇メートル。
前輪ブレーキに手をかける。
距離一〇メートル。
進路は定まった。倒れる担任教師の真横、たった五〇センチの位置。
『あ、朝桐君⁉』
刀弥の意図が読めず、天音が困惑の声を上げる。
急ブレーキによる甲高い擦過音。
高速走行からの前輪ブレーキ――教習所では危険行為として指導される事項であり、その理由を刀弥が体現する。
車体がバランスを崩し、後輪が浮いた。
通常であればライダーが投げ出され、バイクが横転して慣性のままに滑っていくはずだが、刀弥は器用に横運動を加えていた。
結果、後輪が大きく浮き上がっている状態で、前輪が地面を滑りながらも回転運動の中心となる。
地上七〇センチの位置を薙ぐバイクの後輪が、小鹿野の上に位置取る変異体を薙ぎ払った。弾き飛ばされた変異体が、コンビニ端にある公衆電話の
バイクは一八〇度反転して、後輪が小鹿野の鼻先一〇センチに着地。刀弥は追い打ちに、拳銃を素早く構えて五メートル先に伏している変異体の頭部を撃ち抜いた。突然の銃声に悲鳴が上がるが、刀弥は一切気にしない。
「次は?」
『左折して一〇〇メートル直進。スーパーオーライの角から出てくるよ』
「了解。ここに処理班を手配しろ。要検査も一人……いや最低六人だ」
『うは~、人足りるかな~』
「必要だからこそなんとかしろ。これで二体目。次の一体で終わりだ」
『はいはい、なんとかしますよー』
タイヤがキュルキュルと唸り、バイクが発進する。
呆然とする同級生(と、刀弥は認識していないが)を無視して、最後の変異体の無力化に向かう。
その場には、呆然とする五人の高校生が残された。
コンビニの店員が慌てて警察と救急に電話をかけ、特進コースの五人は傷を負った小鹿野に駆け寄る。
まだ変異体が残っている以上、ここに刀弥が残るわけにはいかない。
第三者の感染リスクと変異体の直接的脅威を天秤にかけ、後者の対処を優先した結果、刀弥は夜の街を疾走する。
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