第24話
――「わたしや、あーちゃんみたいにね」
観生のこのセリフの意味は何だ?
いや、それだけか?
「ねぇ、それって――」
「わたしとあーちゃんは、二人とも親に存在を否定されて、施設にいたところをMMMC――
ニコニコと、問いかけた天音の言葉を、オブラートに包もうとした言葉を遮って、壮絶な事実を口にした。
ひとつだけでもつらい境遇が、重なり合っているという観生と刀弥。それを、なぜこんな笑顔を浮かべながら話すことができるのか、天音には理解できない。
「本当、なの?」
「嘘は
「悲しく、ないの?」
「別にだねー」
「辛く、ないの?」
「……どっかに忘れてきちゃったのかもね」
どの問い対しても、平然と、あっけらかんとした答えだ。最後の問いだけは、少し躊躇いがあったようにも聞こえたが、それでもあまりに返事が軽すぎた。
「それなのに、わたしは……」
――「五時間目の授業サボって、どこに行っていたのっ!?」
――「……家庭の事情だ」
嘗て、天音が二人を問い詰めようとした記憶が蘇る。
――「あなたたち二人とも、去年も一昨年も、何十回も、同時に、家庭の事情ができてしまうほど複雑な家庭事情を抱えているわけ?」
――「ああ、複雑だ」
――「複雑だぁねー」
自分は、あの時何を口にしただろうか。
――「いい加減にしなさい!!」
そうだ、二人の話を与太話だと、ふざけていると一蹴したのだ。
知らなかったのだからしょうがないといえばそこまでだが、事情を知った今ではなんてことを口にしたのかと後悔する。
「その実験で、わたしたちは『ジョーカー』を投与されて、実験データを取られて、同じ境遇の人たちがどんどん死んでいくのを見てきたよ」
観生の凄惨な説明が続く。自分の過去のはずなのに、変わらず笑顔で語るのが気味悪いと思えた。
「感染率は数パーセントだけど、それを連日繰り返せば感染はするし、結果として何かしら体に異常が出てくるからね。特にひどかったのは大人の被験者かな。体が膨れ上がって達磨みたいになって死んだ人、発狂して頭を床に打ちつけて死んだ人、理性を失って他の人の喉を噛み切った人もいたよ。いや~、人間って怖いね」
どんな内容だろうと、観生の表情と声音は変わらない。まるで、笑顔しか出せないような、そんな不自然さを感じた。
「わたしたちは、投与時期や、RNA変異パターン毎にアルファベットと数字でナンバリングされて、経過を観察されたよ。その中で、身体能力が向上したり、計算処理能力が高くなったりっていう人が出て来てね。ちょうど変異体の感染能力と凶暴性が危険視っていうか、許容できないくらい上がっちゃって、じゃあコイツらに駆除させればいいじゃんってことで、『
昭和から続くMMMCは、今でこそ医療機器が主要分野であるが、当時は製薬にこそ力を入れていた。その結果生まれたのが『ジョーカー』であり、それこそが製薬部門の相対的縮小理由だった。
これは一大スキャンダルだ。如何に大企業といえど、警察や政治家を全員丸め込めるほどの力はなく、何より初期投資に莫大な金をかけ、人道から外れた研究を繰り返してきた事実を表に出すわけにいかず、自分たちの力で事態を収拾するしかない。
警察も自衛隊も頼れない。私兵を使うにしても、金で雇った人間は信用ならない。
だから、折角使えそうな子供がいるのだから、それを使えばいいと。
繰り返しの実験の結果、『ジョーカー』感染リスクが常人よりも低いと判明し、常人を超える能力を得た、世間から消えても誰も何も言わない、実験されることでしか存在意義を見出せない子供たち。そこに新たな役割が、生きる意味が与えられた。
『
唯一の懸念は、そのほとんどが実験過程で死亡したため、人数が極端に少ないことくらいだ。
だからといって、彼らの扱いは変わらない。
変わったことと言えば、実験だけでなく、戦闘をはじめとした専門技術習得のカリキュラムが追加されたことだけだった。
これら事実を、観生はすらすらと朗読するように、時に冗談のように、天音に語り聞かせた。まるで教壇に立つ国語教師のように、朗々と、人が人として扱われずに物として扱われているという、耳を塞ぎたくなる物語を奏でる。
「ねぇ、
「
「え…?」
何か話さないと、と呼びかけた天音に、観生は声を被せた。
「相城観生は、便宜上の名前。真昼間から十代の子供がその辺歩いているのもおかしいからしょうがなく学校に通わせてて、それっぽい名前がないとおかしいから適当につけた、わたしの記号」
――「アルファベットと数字でナンバリングされて――」
先の説明を思い出す。
「S三五だから、語呂っぽい感じで適当につけられたのが『
天音には何と返せば、どんなことを言えばいいのかわからない。
「あんまり気にしなくていいよ。同情とかほしいわけじゃなくて、ただ事実を教えてあげただけだから。天音ちんには協力してもらってるし、何も知らないのって、フェアじゃないじゃん?」
そんな気持ちなど知らないとばかりに、観生はソプラノボイスで笑う。
「じゃあ、朝桐君は…?」
なんとか絞り出した声に、
「ああ、あーちゃん?」
観生は変わらぬ調子で答える。
「
機械的に、聞かれたから答えた。ただ事実を伝えただけだというように、観生は刀弥の
『
「
的外れな観生のフォローに、今度こそ何も言うことができなかった。
そして、天音は運悪く思い至ってしまった。
観生は刀弥のことを『朝桐』だから『あーちゃん』と呼んでいるわけではなく、管理番号で呼んでいたことに。
そして、刀弥も観生のことを『相城』とも『観生』とも呼んでいないことに。
天音のことは『蓮山』と呼ぶのに、観生にその名を呼びかけることはないことに。
仲のいい凸凹コンビくらいに思っていた同級生二人は、互いを『朝桐刀弥』と『相城観生』とすら、認識していなかった。
本当に自分は何も知らないのだと、天音は笑顔を向けている同級生を直視することができずにいた。
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