第4話
午後二時を回った頃、刀弥と観生は高校へと戻っていた。ちょうど五時間目の授業が終わり、休み時間に入ったところだ。
刀弥は腕に傷を負ったものの、すぐに処置が施され、新調した制服の中の腕には包帯が巻かれている。今日は体育の授業はない。なので、誰もその負傷に気づく者などいないはずだ。
「ちょっと朝桐君!」
教室に入り、席に着こうと椅子を引いたところで、気の強そうな女生徒の声に呼び止められた。
振り返ると、そこにはクラス委員長の
赤いネクタイはきっちりと締められ、ブレザーのボタンもしっかりと留められており、スカートの丈は膝が隠れるくらい。それに加えて黒いフレームの眼鏡と三つ編にされた黒髪から、自ずと『委員長』という役職が滲み出ている、安直な委員長の権化とも呼べる見た目だ。
「五時間目の授業サボって、どこに行っていたのっ!?」
「……家庭の事情だ」
「相城さんと一緒に、ですか?」
「うん、いつもながらそだよー」
刀弥と観生、それぞれ答えるが、委員長の天音は表情を変えず、代わりに額の血管を浮き立たせた。
「あなたたち二人とも、去年も一昨年も、何十回も、同時に、家庭の事情ができてしまうほど複雑な家庭事情を抱えているわけ?」
「ああ、複雑だ」
「複雑だぁねー」
無表情と無邪気な笑顔の返答に、委員長たる少女の拳が握られ、震え出す。
「いい加減にしなさい!!」
休み時間の喧騒の中、天音の叫びと呼ぶべき声が張り上げられ、教室内で談笑中の生徒たちが一瞬にして静まり返った。言うまでもなく、視線が刀弥たち三人に集中する。
「不真面目すぎるのよ!わかる?出席日数や成績は問題ないみたいだけど、それさえどうにかなればいいとか、そういう問題じゃないでしょう!?」
彼女の言うとおり、刀弥と観生の成績は悪くない。テストの順位など、上から数えた方が早い。出席日数も、充分余裕がある。
だからといって、『ルールさえ守っていればそれでいい』だとか『体裁さえ整っていれば問題ない』などという考えを、蓮山天音という少女は持っていない。『調和』や『融和』といった、有機的な人間関係の構築を求めているのである。
だから、無機的な冷たい反応を返す刀弥や、常におちゃらけた掴み所のない観生が気にかかってしょうがないのだった。
「蓮山が気にすることじゃない」
そんな思いなど知らず、刀弥は素っ気無く返す。
「―――――っ!」
無表情の返答に、天音は激昂し、言葉を継ごうと、その予備動作として息を吸い込む。
キーンコーン―――「時間だな」
が、六時間目の開始を告げるチャイムと、それに重ねた刀弥の無機的な声により、何かを言おうとしていた口は、ただ呼気を漏らすのみに終わった。
友好な人間関係を謳いつつも、規律を守った上での行動が前提の天音は、納得いかない顔をしながらも、二人を一瞥した後、自分の席へと戻っていった
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