第48話 冒険者サイド 死の接吻
「アイリ……生きていたんだね……」
神官戦士アーウィンは目の前に現れたアイリを見て、感動で立ちすくんだ。目の前には赤いウィザードローヴを着たアイリが空中に浮かんだ箒に横座りしている。明らかに人間の所業ではない。
しかしアーウィンは彼女がダンジョンに囚われている魂の化身だと思っているようだった。
アイリが無残にも遺体となって帰って来たのは一昨日の事であった。
72時間以内であれば神殿において復活の儀式を受ければ蘇生の可能性がある。傷を完全に治し、そこへ離れた魂を呼び戻すのだ。
神官戦士アーウィンはアイリの訃報を聞いてすぐに駆け付けた。そして蘇生のためにかかる費用の一切を引き受けると申し出た。
アイリはすぐに神殿で復活の儀式にかけられた。復活のための莫大な費用はアーウィンが支払った。大好きなアイリが生き返るためには全財産を失ってもよかった。
しかし、復活の儀式は結果的にはうまくいかなかった。魂の降臨には成功したのだが、アイリの意識は失われたまま、目を覚まさなかったのだ。
「このまま意識を取り戻す可能性もあるが、ずっとこのまま意識を取り戻さないこともある。確率は50%だ」
そう高位の神官に告げられた。アーウィンは眠っているアイリの手を握り祈った。
(温かい……)
アーウィンはアイリが確実に生きていることを感じた。メイリンたちによって助け出された時には冷たい手であった。アーウィンはその手を自分の頬にあてる。
(そうか……)アーウィンの心が鳴った。
「神の教えでは人間の魂は死ぬと天に上るとある。しかし、この世に何か未練がある時はこの世をさまようと。復活の儀式も同じだ。アイリの魂はダンジョンのどこかで迷っているのだ」
アーウィンと一緒にいたドルイドのメイリンは、アーウィンの言葉に狂ったのではないかと思った。
「アーウィン様、確かにそういう教えは聞いたことがあります。ですがあの悪魔のダンジョンでアイリさんの魂が迷っているというのは考え過ぎです」
「いや。アイリの魂はあのダンジョンにあるのだ。それを解放せねば……」
メイリンはアーウィンの気が触れたのではないかと思った。いつもの冷静な神官戦士ではない。
「あのダンジョンはいずれ攻略されます。凄腕の冒険者が攻略に名乗りを上げていると聞きますし、私たちも再度挑戦する予定です。攻略はあと一息なのです。そうすればアイリさんも目を覚ますのではないでしょうか?」
そう優しくメイリンは諭した。再度、ダンジョンに臨む計画は事実進んでいる。かなり危険なダンジョンであるが、攻略に向けての準備は進んでいる。
恐らく、次回が最後の挑戦になろう。冒険者による攻略が難しいとなると、国は最強の切り札である聖騎士団を派遣することになる。そうなればどんなダンジョンも攻略されてしまうだろう。
「その計画に僕も連れて行ってくれ!」
アーウィンはそう願い出た。メイリンは嫌な予感がした。アーウィンのアイリに向ける想いは純粋であるが、その死を受けて狂気に変わりつつあるように思えたのだ。
「アーウィンさんはアイリさんの側についていた方がよいと思います。ほら、もしアイリさんが目を覚ました時に誰もいなかったら心細いでしょう」
「いや。アイリの魂の欠片がまだあのダンジョンにあるのだ。それを見付けないとアイリは目覚めない」
アーウィンは胸のアミュレットを握りしめる。
「頼む。僕も連れて行ってくれ。戦力にはなるはずだ」
「いや、ちょっと……」
メイリンは断ったがアーウィンの意思は固かった。彼はパーティリーダーであるエルトレッドに直談判したのだ。
「うむ。参加を認めよう」
そうエルドレッドは判断した。アーウィンは神官戦士として有能であり、その戦闘力は計り知れない。それにアイリの魂を解放するという強い信念がある。ダンジョン内でどんな罠やガーディアンがあってもそれを恐れないだろう。
「エルドレッドさん。私は反対です。何か嫌な感じがするのです。精霊たちも何か怯えているようなのです」
そうメイリンは言った。ドルイドであるメイリンは精霊が呼び出せる。今も周りを風の精霊シルフィが不安をメイリンに伝えている。
「それはあのダンジョンがかなりやばいからだろう。アーウィン殿は神官戦士。その戦力は相当なものだ。彼が参加することで我々の生還率も高まるはずだ」
そうエルドレッドはメイリンの反対を押し切った。そこまで言われれば、メイリンも反対できない。それにアイリが目を覚めないのもあのダンジョンに原因があるかもしれないというのは否定できない。
アーウィンを仲間に加えたパーティは、ダンジョンへ侵入した。そしてアーウィンは期待以上の働きでガーディアンを次々と排除していった。
「ア……アイリ……やはりアイリの魂がここに取り残されていた」
目の前に現れた少女の姿を見たアーウィンは、恍惚とした表情を浮かべた。目の前の生物はアイリの姿をしたガーディアンである可能性すら考えていない。無防備な体勢で突っ立っている。
アーウィンが初めてアイリを見たのは、冒険者酒場。他の隊員と町をパトロールしていたアーウィンは、酒場で暴れる冒険者に勇敢に立ち向かう赤毛の少女に出会った。
酔っぱらった冒険者がアイリの知り合いの女の子にちょっかいを出したのだ。それを咎めたアイリは小さな体にも関わらず、勇敢に立ち向かっていた。
アーウィンは3人の男を次々と床へ転がしたアイリの投げ技に驚いた。手を軽くいなしたかと思うと男たちが面白いように転がって行く。
駆けつけたアーウィンまでもが巻き込まれて投げ飛ばされた。間に入った時に酔っぱらいの仲間だと勘違いされたらしい。
警備隊の神官戦士で隊長のアーウィンを投げ飛ばしたアイリは、酔っぱらった男たちと一緒に警備隊の詰め所へ連行された。
そこで取り調べをしたアーウィンはアイリに恋をしてしまったのだ。貴族階級出身のアーウィンが知っている女性はドレスを着た上品な存在。
もしくは酒場で派手な格好で男たちの関心を買う商売女である。冒険者に女性がいることも知っているが、あまり関心がなかった。
取り調べをしたアーウィンは、自分が知っている女とは全然違う、その可憐な姿とちょっと強気のツンデレに心を奪われてしまった。
それ以来、酒場や冒険者ギルドに顔を出しては、アイリを口説いた。自分の嫁は彼女しかいないとまで思っていた。
アイリにとってははなはだ迷惑な話であったが。
そんな過去を思い出すアーウィンには、目の前のアイリが赤いローヴに包まれても、それがガーディアンであると思えなかった。
「アーウィン卿、そいつは敵です。離れてください……」
ドルイドのメイリンはそう警告する。しかし、アーウィンは心ここにあらずといった状態である。その魂は神にではなく、目の前の悪魔に差し出していた。
「アーウィン卿、神への信仰心を……」
メイリンは叫んだが、もう手遅れであった。アーウィンは赤い魔女を抱きしめてしまった。
「メイリン、まずいぞ!」
パーティリーダーのエルドレッドは、異変に気が付いた。すぐさま、仲間に警告する。魔力の瞬間的な膨張を感じ取ったのだ。それはドルイドのメイリンも同様であった。
「光の聖霊よ……その御簾にて我らを守り給え……」
メイリンが杖を掲げた時、大爆発に晒された。メイリンのそばにいたエルドレッドだけが、その魔法の盾の加護に預かった。
あとはまともに爆発に巻き込まれた。アーウィンは瀕死の状態。リーダーのエルドレッドは軽傷。戦士と魔法使いは爆発に巻き込まれて動けない状態である。
「……このままでは……ぜ、全滅……悪魔だわ……」
メイリンは惨状を目にしたが、ここで悲しむ暇はなかった。ガーディアンが迫ってくる。ケガをした仲間では戦って勝つことはできないと判断した。
戦えば全滅は必死だ。何としてでも逃れて、この情報を持ち帰らねばならない。
(それがこの悪魔のダンジョンを滅ぼすための選択……)
「メイリン……これでは無理だ。脱出する」
そうエルドレッドはそう命令した。メイリンは静かに頷いた。無償の自分が戦っても大した戦力にはならない。
メイリンは首にかけていたペンダントの石に願いをかけた。緊急脱出用のアイテムである。石に封じられた魔法は開放された。
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