第47話 ジル・ドレ死す
「ば、ばかな!」
「な、なんてことをしてくれたのよ!」
先ほどまで勝ち誇っていたジル・ドレとジャンヌ・ダルクは驚いた。特にジル・ドレは声が上ずっている。
彼のダンジョンは経験者らしく、複雑で強力なトラップと高レベルのガーディアンがひしめく。しかし、それらをすっ飛ばして冒険者が水によって運ばれたのだ。
「くぞ、スケルトンメイジ移動せよ。ジャンヌ、援軍をすぐよこせ」
冒険者はジル・ドレのROOMがあるエリアへ到達している。今は混乱しているが、やがて状況を把握しROOMへと侵入するだろう。
ジルは慌てて近くのエリアにいるガーディアンを移動させようとするが、多くは俺が放った洪水で四散している。
「冒険者をそっちへ進呈したぜ。ジル・ドレさん、お手並み拝見させてもらおうか!」
俺は反撃の狼煙を上げたことを宣言した。ジル・ドレとジャンヌ・ダルクは悔しさに言葉を失うが、それでも経験者である。いざという時のために策が用意してあった。
「くっ、やむを得ない。明日に使うはずだった切り札を使うしかない。トラップ起動。オーク砦!」
ジル・ドレがそう叫ぶ。ダンジョンの地面が揺れる。冒険者たちは倒れ込む。地面から丸太で作られた屈強な砦が現れた。
「はははっ。50体のオーク兵が守るこのオーク砦を攻め落とすことはこの冒険者では不可能だ」
ジル・ドレはそういって高らかに笑った。確かにたった8人の冒険者でこの砦を落とすことは難しいだろう。
自分のROOMの安全を確保したジル・ドレは俺に向かって怒鳴る。
「六三四、てめえ、許さねえ。今日生き残れば、明日はお前をぶっ殺してやるからな」
「そうよ。あんたは絶対殺してやる!」
ジャンヌも怒っている。このままジル・ドレが冒険者の攻撃を凌げば、明日は俺の番だ。俺にはもう冒険者から身を守るトラップもガーディアンもない。
「あんたたちに怒られる筋合いはない。元々、あんたらが俺たち初心者を捨て駒にしたからだろう!」
俺にも言い分はある。元々、ジル・ドレとジャンヌ・ダルクが俺とダービーをだまし、犠牲にしようとしたからだ。俺は同じことをジル・ドレにしたの過ぎない。
「六三四くん、君には驚いた。勤勉ビーバーと穴掘りモグラといった使えないガーディンをこういう風に使うなんてね。君なら生き残れそうだね」
そう話しかけてきたのは今日から加わった五郎丸。どうやら五郎丸は俺の味方になってくれるようだ。
「五郎丸さん……助けてくれるのですか?」
五郎丸は俺の問いに答えず、こんなこと聞いてきた。
「君、増殖ネズミ買っているだろう?」
普通、他のダンジョンマスターの装備は分からない。なぜ、五郎丸が俺のガーディアンを知っているのかは、この時には気が付かなかった。
「そのネズミを僕のエリアにあるこの部屋に派遣したまえ」
そう言って五郎丸は画面に映し出された地図に赤い点を点滅させた。
「どういうことです?」
「君の切り札を早めに育てるためさ」
五郎丸はそう言った。そう、俺にはまだ切り札がある。
『増殖ネズミ』
これはゲーム開始後、10分ごとに2倍に増えるガーディアンだ。最初は1匹。
10分で2匹。20分で4匹……。
今は30分経っている。16匹が俺の手元にある。
なるべく時間を稼ぎ、このネズミを大量発生させる。それでも1時間で128匹だ。冒険者に脅威になるには数千匹単位まで増やさないとダメだろう。
切り札と言ってもかなり難しい切り札である。
だが、五郎丸の指示した部屋は特別なトラップがあった。
『時間浪費』トラップ。
ここへ入った者は1分が1日となる。時間経過が高速で進むのだ。
(ということは……)
「そのネズミは冒険者に使うのではなく、奴の砦の破壊に使うんだ」
五郎丸はそう冷静に俺に助言した。俺もそうするべきだと考えた。最初は大量にネズミで冒険者を足止めするために使おうと思っていた。
しかし、冒険者の中には魔法使いもいる。炎系の全体攻撃魔法を使われれば、時間は稼げるがいつかは四散する。
今日1日の時間稼ぎになっても、明日生き残る切り札にはならない。
無論、このネズミの大軍をジル・ドレのダンジョンへ送り込めば、俺のダンジョンを守るガーディアンは手薄になる。
それでもジル・ドレを倒さないと生きる道はほぼない。冒険者の攻撃とジル・ドレ、ジャンヌの妨害を一身に受けることになるからだ。
「分かりました……行け、ネズミども」
俺が突入させた増殖ネズミ128匹は1分でとんでもない数に増殖した。増殖ネズミの最大増数10万匹になった。五郎丸のトラップ部屋いっぱいに増えたネズミが、津波のように移動する。
「ジル・ドレのオーク砦を食い破れ!」
俺は増殖ネズミに命令した。この増殖ネズミは当初は対冒険者用と考えていたが、今は違う。この6日目でジル・ドレを倒さねば俺の命はない。
冒険者は無視。狙いはジル・ドレのトラップ『オーク砦』である。これは丸太で作られた要塞。これをネズミに食い破らせるのだ。
10万匹のネズミはあっという間に丸太でできた砦の正門に穴を空けた。中のオークにも襲い掛かる。
砦を攻めあぐねていた冒険者たちはこのチャンスを逃さない。穴の開いた扉から砦の中へ侵入する。
「こ、この野郎……なんてことしやがる!」
ジル・ドレは唸った。そしてそれはもう彼に対抗手段がないことを物語っていた。
冒険者たちは、ジル・ドレの部屋へと突入していく。
「わあああああああ~っ!」
ジル・ドレの断末魔が響いた。
「ざまあみろ。昨日のダービーの仇だ!」
俺は叫んだ。勝ち誇った。
(気持ちいい~っ)
悪人とはいえ、一人の人間を死に追いやったにも関わらず、俺の心に爽快感が沸き起こる。
「な、なんてことを!」
ジャンヌが半狂乱になっている。
「よくも、よくも、わたしのアツシさんを!」
ジル・ドレの本名はアツシと言うのだろう。慌てたジャンヌが本名を呼んだ。
「お前たちはこれまで初心者をだまして犠牲にしてきたのだろう。その報いを受けただけだろう!」
「うるさい、うるさい、うるさい……あんたは絶対許さない」
ジャンヌ・ダルクはそう俺に悪態をつく。だが、この女には同情できない。こいつらは、きっと今まで何人もの初心者をだまし、その犠牲の下に何不自由なく生きてきたのだ。当然の報いというべきだ。
「あんたも許さない。五郎丸、後悔させてやるわ!」
「そりゃどうも……」
五郎丸はジャンヌの言葉を軽く受け流す。ジル・ドレを殺した冒険者は帰って行った。ダンジョンマスターを1人倒したので最低限の成果は上げた。
大水で流され、激しい戦闘を強いられたので、これ以上、ダンジョン攻略をすることができなかった。
これで6日目は終了した。ラスト1日である。
「五郎丸さん……ありがとうございました。おかげで助かりました」
俺はそう五郎丸にお礼を言った。増殖ネズミが短時間で増やすことができたのは、五郎丸の部屋にあるトラップのおかげである。
「礼はいいよ。だが、明日は最終日だ。冒険者たちは、明日君のダンジョンへ殺到するぞ」
「はい……分かっています」
ジル・ドレは倒したとはいえ、俺の危機的状況は変わらない。五郎丸が指摘するように、冒険者たちは情報が少ないジャンヌのエリアよりも、ほぼ分かっている俺のエリアへと進むだろう。
五郎丸のダンジョンは俺のエリアを通過しないといけないから、彼のダンジョンも明日はかなり楽ができるだろう。
(となると……五郎丸が俺を援護してくれる可能性は高い)
今日、俺を助けてくれたのも自分が生き残る戦略のためだろう。俺もこのゲームの本質を理解している。憐れみや同情で助けるほど甘くはない。
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