第46話 濁流
「ぱずず、風を起こすようなトラップはあるか?」
「あるでアリマス。タイフーンウォールやトルネードフロア、突風の像なんかはダンジョン内に風を起こせますでアリマス」
「突風の像?」
「買うでアリマスか?」
「いくらだ?」
「120KPでアリマス」
突風の風。俺の買えるリストには出てこないトラップであるが、存在を知れば買うこともできる。
それは2対のガーゴイルをかたどった石像。大きく開けた口から突風を送り出す。
効果は強い風である。これで冒険者の侵入を止めることはできない。
例えば弓矢が飛び出るトラップと組み合わせれば、風に乗った矢の威力を高めるといった効果くらいであろう。
(だが、魅惑の香水を使えば……匂いを俺たちのエリアへ運ぶことができる)
ようやくジルとジャンヌの罠が分かった。彼らは自分のエリアと俺のエリアの分岐点近くにこのトラップを設置しているのだ。
そして魅惑の香水を塗布。揮発した匂いは強い風に乗って俺やダービーのエリアへ漂うことになる。
しかし、分かったところで俺には対抗手段がない。今まで稼いだKPは200ほどである。せいぜい低レベルのトラップかガーディアンを追加購入するしか手が残っていない。
(どうする……このままでは……)
俺は自分のエリアの地形を眺める。4つのエリアに分かれたダンジョンは、平坦ではない。
俺のエリアには小さな泉がある場所があり、それは地下水がちょろちょろと集まってできている。そこから小さな小川となって流れている。
ダービーの支配していたエリアを通り、ジル・ドレのエリア、ジャンヌのエリアへと流れている。
(ガーディアンのリスト……)
俺はガーディアンのリストを見る。今の俺が買えるものが並んでいる。
(獣族?)
リストの下の方に新しい種類が出ている。これまで戦闘をする亜人やモンスターばかりに注目していたのでつい忘れていた。しかし、そこにあるのは大したものはない。
眠り猫 レベル1 2P
群れる野犬 レベル2 3P(5頭セットで購入)
穴掘りモグラ レベル1 3P
キラーベア レベル4 50P
人食いライオン レベル4 80P
勤勉ビーバー レベル1 2P
クーガー レベル3 50P
人食いトラ レベル4 80P
鉄壁ハリネズミ レベル1 2P
増殖ネズミ レベル1 1P
奇跡のウサギ レベル2 3P
熊やライオンの戦闘力は期待できるが、所詮は獣である。武器を持った冒険者に脅威となるとは思えない。
これなら武器を装備したゴブリン戦士やオーク兵を購入した方がよいだろう。
「眠り猫ってなんだ?」
「眠っている猫でアリマス」
「そんなのガーディアンになるのか?」
「眠っている猫を見ているとなんだか眠くなる効果があるでアリマス」
(そんなもん、役立つかよ!)
俺はぱずずに毒づいた。このままでは明日、俺は確実に冒険者たちに殺されるであろう。
(穴掘りモグラって……うん?)
俺はぱずずに穴掘りモグラについて尋ねた。ただ穴を掘るだけのモグラにしては、KPが3と野犬並みの値段が気になったのだ。
ぱずずによると戦闘力はほぼ皆無。冒険者の前に出れば、子供でも瞬殺できるレベルである。だが、その特殊能力を聞いて閃くものがあった。
俺は一縷の望みを託して、いくつかのトラップと獣ガーディアンを購入した。
*
「はい、始まりましたよ」
「六三四くん、身辺整理は済ませたかい?」
ジャンヌとジルの声は明るい。彼らの作戦は分かっている。今日の6日目に冒険者を俺に押し付ける。
俺も簡単にはやられない。死に物狂いで抵抗する。冒険者も苦戦する。それでも今日の戦闘で俺のエリアは陥落することはほぼ間違いがないだろう。
ならばいっそのこと、抵抗しないで冒険者に殺された方がよいのかもしれない。そうすれば余力を残した冒険者たちは、ジルとジャンヌのエリアへと進むはずだ。
「おや、六三四くん。抵抗しないんだ?」
「浅はか~っ。まさか冒険者に余力を残して自分が死んだ後に私たちの相手をさせるつもりなのかな~?」
「なるほど。そう来たか。だけどね、六三四くん。それは我々の想定内だよ」
ジャンヌとジルは勝手にしゃべっている。俺は沈黙する。
もちろん、俺だって黙って殺されるのを待ちたくない。それに自分を犠牲にして、ジル・ドレとジャンヌ・ダルクに嫌がらせをするのもむなしいだけだ。
昨日、ダービーが死んだので新しくダンジョンマスターとして、『五郎丸』というハンドルネームのプレーヤーが加わっている。
俺は五郎丸に話しかけた。
「五郎丸さん、あなたは初心者ですか、それとも経験者ですか?」
「……経験者です」
折り目正しい答えが返って来た。声の印象ではあまり変な人ではないと俺は直感で思った。
しかし、経験者とはいえその能力は分からない。ましてや、途中で参加した五郎丸が助けてくれるなんて都合のよいことは考えない。
五郎丸が初心者ならば、俺を助ける余裕はないし、経験者なら状況も分からないままに助けることはしないだろう。
自分が不利になることもあるし、ダンジョンマスター同士は協力者でもあり、ライバルでもあるのだ。
ただ俺のわずかな期待としては、五郎丸が加勢してくれることである。なぜなら、今日から参加した五郎丸の支配するエリアは、俺のダンジョンの後に広がっているからだ。
俺が今日殺されれば、明日以降、五郎丸が侵攻を受ける可能性があった。
「なるほどね。冒険者たちは、今日決めにかかっているね」
そう五郎丸は感想をもらした。こちらに向かってくる一団は装備も充実しており、そしてまっすぐに俺のROOM4へ向かってきている。
これはジル・ドレたちが仕掛けた『誘惑の香水』の効果である。
「俺は今日が生きるか死ぬかの瀬戸際です。どうですか、五郎丸さん。俺と組みませんか?」
俺はダメ元でそう誘ってみた。ジル・ドレとジャンヌ・ダルクは知り合い同士。ここまでの仲の良い言動から推察すれば、どうやら恋人同士のようだ。
そうなれば五郎丸はこの2人とも敵対する可能性が高い。恋人の2人は、明日の7日目に五郎丸のところに冒険者を誘い込むに違いない。
「さあ、どうしようか。どちらにしても六三四くん。君の力を見て見ないと判断できないよ」
「ですよね」
少し話しただけだが、五郎丸という人物は理知的な人物のような気がした。経験者だけあって状況判断もできる。彼の実力は分からないが、経験者なら強力なガーディアンやトラップをもっている可能性が高い。
「あら六三四くん、余裕ですね」
「もうすぐ、死ぬのに力なんか見せられるのかな?」
「あと今日から加わった五郎丸さん、あなたは大人しくして置いた方がいいんじゃない」
「そうだ。そうしろ。こんな初心者のガキに構う余裕がないくらい、経験者なら分かるだろう。俺たちは明日で7日目クリア。あんたは今日から1日目だ。我々と対立して消耗したくはないだろう」
「そうよ。傍観していれば私たちはあなたに何もしない」
ジル・ドレとジャンヌはそう五郎丸をけん制した。彼らの言うとおり、五郎丸にはそれがベストの選択であろう。
俺を犠牲にすることで、少なくとも今日1日は無事に過ごせる。
五郎丸は沈黙している。当然だろう。これが過酷なデスゲームだ。1日、手の内を晒さずに過ごすことは生き残るためには大きなアドバンテージだ。
冒険者の一団は俺のROOM4のすぐ近くまでやって来た。ここまでなんのトラップ発動もしていない。ガーディアンすらぶつけていない。
ジル・ドレやジャンヌ・ダルクが最初に言ったように、あえて無抵抗で冒険者に余裕をもたせ、2人に復讐をするような形になっている。
「そんなはずねえ!」
俺のROOM4があるエリアは。ダンジョン内で高い位置にある。その標高差は10mほど。
なだらかな上り坂で徐々に上がるからあまり気にならないが、一番低い位置にあるジル・ドレのエリアとは高低差があるのだ。
俺はそれを利用したトラップを発動した。
それはダム。昨日購入した勤勉ビーバーに作らせたダムである。泉から流れ出す水路をダムで塞いだ。それが莫大な水量を蓄えて俺のエリアにあるのだ。
まず穴掘りモグラと勤勉ビーバーを購入。こいつらに昨日から泉を中心とした小規模なダムを作らせたのだ。
穴掘りモグラは地下水水脈から井戸を掘りぬき、泉へ大量の水を供給。それを勤勉ビーバーがダムでせき止める。
大量の水がダムにたまっている。それを壊せば……。
大量の水が一挙にダンジョンの通路に流れ出す。その勢いはとんでもない。人間ならあっと言う間に飲み込み、下流へと運び去る。
「行け!」
決壊したダムからものすごい水流が噴き出す。冒険者の太ももまで達する水量。それが勢いよく流れれば立ってはいられない。それは俺を仕留めようと準備万端でやってきた冒険者8人を下流へと押し流した。
水により多少のダメージを冒険者に与えられたが、俺のねらいはそれではない。
下流にはジル・ドレの支配するエリアがあるのだ。しかも大量の濁流によって一気に運ばれたから、ジル・ドレの配置していたトラップもガーディアンも意味がなくなった。
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