第42話 死の接吻

 オーガヘッドのエリアへ進ませた冒険者は、思いがけずダンジョンマスターを討伐するという幸運に恵まれた。

 それは俺とオーガヘッドの壮絶な騙し合いに便乗した形であったが、オーガヘッドというチートなダンジョンマスターを葬ることができたのは、異世界側としては大きな成果であった。

 そして俺のエリアに侵入した冒険者は、俺のダンジョンの調査を進めている。90%以上のエリアが捜索されてしまい、俺のいるROOM9のすぐそばまで進んできている。

 だが、俺の心には動揺がない。記憶を取り戻した俺は、モニター画面にあったフォルダのパスワードを解き、元から持っていたトラップやガーディアンを開放していたからだ。使おうと思えば、目の前の冒険者を数度も殺せる能力が俺にはあった。


(この冒険者、昨夜のメンバーと同じ奴がいるな)


 昨日、大活躍したドルイドの女を始め、屈強な戦士から魔法使いまで同じである。神官戦士とレンジャーが新たに加わったようだ。


(冒険者レベルは高いが……こちらにはこれがある)


 俺はフォルダに収納されていた切り札の一つ、ガーディアン『紅の魔女』を配置していた。これは「骸の魔女」を材料にして作ったガーディアンだ。

 このガーディアンの見た目は骸の魔女と変わらないが、血のように赤いローヴを着用し、空中を浮いている箒に腰かけている。

 攻撃力は大したことはない。火力系の魔法が少し使えるだけ。冒険者と相対するには弱いようだが、こいつには必殺技があった。

 それは『誘惑』。この魔女は自分を見ている冒険者の最も愛しい人間に姿を変える能力がある。

 そしてふらふらと寄って来た冒険者を抱きしめた相手ごと吹き飛ぶ『自爆』という荒業ができるのだ。人間の心理に付け込んだ卑怯な技である。


 今、俺のダンジョンに侵入しているのは、かなり手練れのパーティである。リーダー格の神官戦士は、かなりのレベルの要注意敵キャラである。そいつは先日死んだスカウトの女の子に対して並々ならぬ思いを持っているようだ。

 スパイこうもりは、この神官戦士の言葉を拾って俺に教えてくれる。それには、『アイリ、お前の無念は俺が取る』とか、「アイリの想いをつなげる」と語っていた。

 アイリというスカウトは死んだが、その遺体はドルイドの女の手によって地上へ運ばれた。その後、蘇生に成功したかどうかは分からない。

 しかし、神官戦士の言葉から類推するとどうやら蘇生には失敗したようだ。あのスカウトの遺体はオーガヘッドが俺を陥れるために使っていた。恐らく、用意周到な奴の事だ。蘇生できないような細工をしたに違いない。


(もし、蘇生が失敗したのなら……) 


 俺は容赦なく、その思いを利用させてもらう。


「お主、悪魔のわちきも驚く、鬼畜な奴じゃ」


 ばあるの奴、モニター画面を嬉しそうに見ている。喜々として黒い翼を動かすこの幼女悪魔を見ても嫌悪感も何もない。

 そう俺自身が嫌悪対象なのだから。俺は強い意志で自分自身を奮い立たせている。俺を止めるものは全てぶち殺す。どんな手を使ってでもだ。


「紅の魔女を前進。神官戦士に接近させる」


 地面から青白い輪が現れ、そこから紅の魔女が現れる。攻撃態勢は取らない。

 紅の魔女は格好こそ、赤いローブを着た女魔導士である。

 顔には白い仮面をつけており、まったく表情が分からない。

 しかし、見る者によってそのものが最も好きな人物の顔に見える。神官戦士には、昨日、このダンジョンに侵入したスカウトの女の子に見えている。

 神官戦士はまるでキツネでも化かされたように放心状態で立ち止まったまま動かない。そして紅の魔女の手招きにふらりと足を前進させた。

 ドルイドの女が止めるのを振り切り、紅の魔女に近づき、両手を広げて迎え入れた。

 俺は恋人同士の熱い抱擁を許可する。神官戦士の男は涙を流し、そして抱きしめる。華奢な紅の魔女も力いっぱいそれに応える。


「恋焦がれた相手が思いもよらず蘇る。こういう時に男は視野が狭くなる」

「お主、前から思っていたが記憶が戻ったら、とことんゲスぞよ」


 悪魔のばあるにそう言われると人間としてどうかと思うが、俺はそれすら問題視しない。紅の魔女は自爆能力がある。それを起動させる方法として、ある行為を指定していた。


それは……。


『キスをすること』


 紅の魔女が目を閉じた。


「はい、終わり。これぞ、死の接吻」

「ゲスじゃ」


 大爆発が俺のダンジョンを震わせる。神官戦士だけではない。パーティの戦士やレンジャーも魔法使いも巻き込まれて重傷。

 かろうじてドルイドの女は精霊魔法の防御障壁が間に合い、死にはしなかったが神官戦士はボロ雑巾のように転がっている。パーティーは壊滅状態になった。

 俺はガーディアンに命じて、息の根を止めに行く。オーク兵とゴーレムの部隊。

 大けがをした戦士を無慈悲に斧で切り刻み、魔法使いをゴーレムのパンチで粉々にするために向かわせた。

 だが、ドルイドの女には切り札があった。彼女はダンジョンから脱出するレスキューの魔法が封印された石を所持していたのだ。

 これによって瀕死の状態の神官戦士も重傷を受けた戦士や魔法使いも脱出した。

 レスキューの魔法は、パーティー全体をダンジョンの外に運ぶ上級魔法なのだ。

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