第41話 オーガヘッドの最後

「はい、TRくん。死刑の階段を1歩1歩登る時間がやってきたよ~ん。今日の冒険者は2組。1組はボクの方。1組は君の方へ。ボクの方に来る奴らは、全く問題ないけれど、君の方は問題ありだね。何しろ、お前のトラップやガーディアンは全て冒険者に筒抜けだからね」


 オーガヘッドの奴は口が実に滑らかだ。そして、余裕がある。自分のエリアに見るからに強そうな冒険者が侵入しているのにだ。


 オーガヘッドは自分の母親を生贄にして大量のKPをゲット。それを使って強力なガーディアンやトラップを装備している。

 それがあれば生き抜くことは簡単だと思っている節がある。無論、彼には戦略や悪知恵、そして、えげつないゲスな心がある。


(だが、それだけじゃ、生き残れないんだよ……)


 オーガヘッドに上から目線で言われても、俺はひどく冷静だった。なぜなら、俺の記憶はかなり戻り、今晩何をすればよいか分かっていたからだ。


「オーガヘッド。お前のその不快な言葉を聞くのも最後だな……」


 正確に言うならオーガヘッドこと鬼頭康治の姿見るのが最後だということだ。今日、この卑劣で残忍。自己中心的な思考の持ち主に引導を渡す。


「はあ?」


 オーガヘッドの馬鹿にしたような口調の問い返しが返ってきた。


「何言ってるの君。ああ、そういうことか。確かに君は死ぬからボクの言葉は金輪際聞くことはないからな」


「……そういうことじゃないよ」


 俺はモニター画面を注視する。今晩、侵入してきた冒険者はかなりの熟練者と思われた。そして、その熟練冒険者は慎重に行動している。今晩はダンジョンマスターを討伐するというよりも、ダンジョンの情報を細かく収集しているという感じがする。


(そうだろうな……きっと奴らが来る。今日はそのための準備というところだろうなあ)


 記憶が戻った俺にはダンジョンに挑む冒険者たちの行動が理解できた。このゲームを初めて行うオーガヘッドには分からないだろう。


 ちなみに堕天使が殺されたので、本日から新しい仲間が加わっているが、ゲームの進行に戸惑っているのか、最初から一言もしゃべっていない。


 新しく加わったのは、『迷える子羊』というハンドルネーム。男なのか女なのかも分からない。旧炭酸のエリアの奥に新しく広がったエリアを支配している。

 全くの初心者だから、もし、今晩、侵入してきた冒険者たちがこのエリアの存在を知って侵入してきたら、間違いなく瞬殺だろう。

 そういった意味では『迷える子羊』はラッキーともいえるが、きっと今晩だけだろう。今晩、誰かが死ねば冒険者の捜索範囲が広がり、見つかってしまうだろう。


(寡黙な新しいメンバーはどうでもいい。問題は今晩をどう生き抜くか……。そして、SATOさんをどう守るか……)


 侵入してきた冒険者は昨晩、俺のエリアへやってきた連中だ。厄介なドルイドに加えて、かなり腕の立つレンジャーまでが加わっている。

 神官戦士の男を中心とした前衛は強靭で、俺が配置したジャイアントやオーク戦士は、あっという間に排除された。

 オーガヘッドの方は凶悪な罠と強力なガーディアンを前面に押し立て、冒険者の侵入を食い止めている。

 『立ち上がる壁』の罠を設置し、その壁の後ろにゴブリンスナイパーやオークメイジなどの遠距離攻撃部隊を分厚く設置し、まるで砦のように防御を固めている。

 戦士3名とマッパー、ウィザードと神官という組み合わせの冒険者たちはごり押しをせず、じっくりと1つ1つの陣地を落として進んでいる。


(十字路まで来たか……)


 俺のエリアに侵入してきた冒険者は、昨日、進まなかったSATOさんのエリアへの通路を迷わず進んできた。これだけでも、彼らが来る討伐部隊のための調査をしていることがわかる。

 俺のROOM9までの通路は昨日、この冒険者たちの侵入を受けている。まだ解明されていないのはSATOさんのエリアだけなのだ。


グガアアアアアッツ。


 SATOさんのエリアへ侵入する経路には、俺がもっている最強のガーディアンが配備されている。それはアースドラゴン。そしてそれだけではない。アースドラゴンと格闘中に部屋全体の武装を解除する『ネイキッド』の罠まで設置している。

 昨日までの俺が持っていた最強の布陣である。だが、敵のドルイドに『ネイキッド』は看破され、レンジャーによって罠は解除されてしまった。

 アースドラゴンは侵入してきた敵に対して、すさまじい咆哮をあげて威嚇する。その威嚇は恐怖心を与え、防御力を20%下げる効果がある。

 しかし、すぐに神官が勇気を奮い立たせる神聖魔法『ウォークライ』を唱え、効果をチャラにすると、神官戦士を先頭にアースドラゴンに挑んでくる。

 激しい戦闘であった。中級クラス最強クラスのガーディアンであるアースドラゴンは、コストパフォーマンスのよい怪物だ。力押しなら中級戦士10人に匹敵する力をもつ。

 しかし、攻撃魔法や様々な支援魔法の援護を受けた上級パーティには、単独ではさすがに歯が立たなかった。


(負けたな……)


 アースドラゴンが地面に横たわると俺は実に冷静に、次の展開を思い描いていた。普通なら、俺の設置したガーディアンが敗れれば、SATOさんのエリアへ冒険者が簡単に侵入することができる。

 なんの準備もしていないSATOさんは、あっという間に殺されてしまうだろう。だが、そんな心配は俺にはなかった。

 なぜなら、確信をもって展開が予想できたからだ。そして、その予想は大量のオークとオーガの部隊が現れて、現実のものとなった。


「オーガヘッド、そんなにガーディアンを派遣して大丈夫なのかよ?」


 俺はそうオーガヘッドに言ってみた。これはオーガヘッドには挑発に感じるだろう。案の定、オーガヘッドは高笑いをして俺のことを馬鹿にする。


「おやおや……ボクのことよりもお前の方が危ないんじゃないのかよ。その冒険者たち、ボクが派遣したガーディアン軍団との対決は避けるみたいだぜ。そうなると、次はお前の部屋へと行くだろうね」


 オーガヘッドに言われなくてもそれは理解している。それよりも、オーガヘッドがSATOさんを守ったことで、俺にはすべての事情が理解できた。


(あとは……本日加わった迷える子羊ちゃんの正体だけど……まあ、明日には分かるかな)


 引き返す冒険者が俺の部屋までやってくるのに1時間はかかるだろう。それまでに迎撃の準備だ。そう思っていたら、オーガヘッドの奴がさらに手を打ってきた。

 自分のところにやってきた冒険者たちが砦エリアを突破したところで、奴はゲスな罠を発動させたのだ。


「ククク……メイズを発動する。つなげるのはもちろん……」


『メイズ』……かなり高価なトラップで空間を一時的に捻じ曲げ、任意の位置に冒険者を運ぶ。冒険者を即死させるような凶悪な罠ではないが、これを使えばあることが容易にできる。


 そう……。


 ダンジョンマスター殺しである。


 仲間のダンジョンマスターのエリアへつなげば、冒険者はそこへ移動することになる。そして、オーガヘッドは確実に俺を葬るよう俺がいるROOM9のすぐそばに冒険者を誘導したのだ。


「ハーハハハッ……。はい、終わり~っ。ジ・エンドで~す」


 オーガヘッドの不愉快な笑いがこだまするが、俺には想定内であった。奴が俺を殺すと宣言したことで、こういうせこい技を駆使することは予想できた。


「相変わらず、ゲスだなお前」


「君が言うなよ。天才オーガヘッド様と言え。まあ、言ったところで、君は冒険者に首を切り落とされるだけだけど」


 オーガヘッドの勝利に満ちた言葉。しかし、俺には奥の手があった。


「ナビゲーションワープ発動!」


 俺は自分がもっているレアな罠を発動させる。『ナビゲーションワープ』は、任意の場所に冒険者を運ぶ極悪な罠だ。

 もちろん、移動先は決まっている。


「オーガヘッドのいるROOM10を指定する!」


 冒険者を石の中へ誘導すれば全滅である。だが、俺はそんなことをしない。オーガヘッドに天罰を加える。記憶が戻った俺には躊躇する理由がない。


「クククク……ははは…」


 オーガヘッドの笑い声がモニターに打たれる。


「そういう手できましたか、TRくん。うん、君は賢いねえ……そしてしたたかでゲス。ボクに冒険者を押し付けて来るなんて、ゲスだねえ……」


「ゲスなお前に言われたくはない。それにその冒険者は元々、お前のところの奴らだろう。のしを付けないけど返すよ」


「いらんわ、ボケ!」


 そうオーガヘッドは叫び、そしてゲスらしく悪あがきをする。


「ぎゃああっ……死ぬ、死んじゃうよ。助けてくれ、TR様、なんでもしますから……」


 わざとらしい心にもない声を出す。もちろん下手な芝居である。


「なんちゃって!」


 同時に舌を出した姿が想像できるくらい、憎たらしい声である。やはり、この男。これくらいでは絶望しない。


「トラップ、ワープ発動!」


『ワープ』とは冒険者を30分前の位置へ移動させる罠だ。比較的初期に手に入る初級の罠であるが、使いどころを間違えなければ、起死回生の罠になる。


「くくく……残念だったね、TRくん。奥の手は最後まで取っておくものだよ。そもそも、君がナビゲーションワープを持っていることは知っているからね。そういう手で来ることは分かっていたさ」


 勝ち誇ったようにそう叫ぶオーガヘッド。俺の起死回生の一撃を簡単にひっくり返し、得意満面になっているに違いない。


 俺はさぞかし悔しがる……はずがなかった。

 これも「想定内」であったからだ。


「あれ?」


 オーガヘッドが素っ頓狂な声を上げた。


「ど、どうして、ボクの部屋のドアノブが動くんだ!」

「さあね……」

「お、お前~何をしたんだよ!」

「……簡単さ。パズルのトラップを発動させていたのさ」

「パ……パズルだと~」


『パズル』。ダンジョンの空間を一時的に切り取って、自分のダンジョンの一部と交換するトラップ。

 ダンジョンに一時的に変化を付けたいときや、冒険者を混乱させる意図で使うトラップだが、大がかりなものだから結構なレアなものだ。

 但し、地味で使い勝手は悪い。頭を使わないと有効に生かせる罠ではない。今回の場合は、用意周到に組まれた俺の戦略の最後の締めの要となった。

 つまり、俺があらかじめ『パズル』で交換したのは30分前に冒険者たちが移動していたエリア。それはオーガヘッドのエリアだ。

 よく似た岩壁だから、冒険者もダンジョンマスターたるオーガヘッドも気が付かない。今は罠の効果が切れて戻っている。

 ということは、ワープで30分前にいた場所はオーガヘッドのダンジョン。位置はオーガヘッドの部屋の前。


「オーガヘッド……終わりだ」

「嘘だ、こんなことは嘘だ。ボクが負けるわけない。お前のような低能な奴に舞えるはずがないんだ~」


 オーガヘッドの部屋に冒険者が突入してくるのが画面越しに見えた。


「ワーギャークオッポウウウウ……」


 俺はオーガヘッドの断末魔の言葉を眺めながら、口を少しだけゆがめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る