第39話 Satoさん

 学校にいる間中、俺は頭痛に悩まされた。今日の学校は平穏であった。そりゃそうだ。超クレーマーの鬼頭の母親が来なかったからだ。そういった意味では、オーガヘッドはいい仕事をしたのかもしれない。


(だけど、あんな母親でも自分を生んでくれた母親の魂を悪魔に売り飛ばせるものなのか)


 あまりにも非情である。そんなことができる奴は相当なゲス野郎だ。そして、そのゲス野郎の鬼頭はあこがれの麻生さんの魂すら手中にして、もてあそぼうとしている。


 俺は堕天使にもてあそばれたカウンセラーのお姉さんを思い出した。魂が支配された彼女は自分の意志に関係なく、堕天使に体を提供した。だが、どこかで正気は残っていたのであろう。その正気をふりしぼって冒険者に殺してと懇願した。そうでないと自我が保てなかったのであろう。


 その姿を麻生さんと重ねる。(絶対に彼女をあんな風にしたくはない……)


 俺は心に誓った。鬼頭ことオーガヘッドを倒すしかない。だが、現在の状況はオーガヘッドを倒すどころではない。

 自分のダンジョンの構造はすべて見抜かれ、トラップもガーディアンもばれている。

 そして昨日は冒険者を一人も狩れなかったので、チームポイントの500KPのみである。それで新しいガーディアンや罠を買い、錬成窯でバージョンアップしても状況はあまりよいとは言えないだろう。


(自分の命も守り、SATOさんも守り、そしてオーガヘッドを倒す……)


 思いつめたように帰り道を急いでいる俺に見たことがある輸入車が近づいてきた。それは俺の横で止まるとすぐにドアガラスがスーっと下りていく。左ハンドルなのでドライバーがすぐ顔を出した。


「TRくん、ちょっと時間いい?」


 SATOさんこと西村亜弓である。



「ここは……」


「いいからついてきて」


 SATOさんが車を向かわせたところは、シティホテル。行きつけのホテルらしい。車を正面玄関につけるとベルボーイに鍵を慣れた様子で渡す。


 俺はSATOさんに言われたまま部屋まで行く。 


 部屋はエグゼクティブスイートと呼ばれる部屋でキングサイズの大きなベッドルームにソファが置かれている。簡単なドリンクが飲める小さなバーテーブルまで置かれている。ちょっとした1LDKといった感じだ。


「西村さん、ここで何をするの?」


「決まっているでしょ。決戦の前にお互いの友好を深めようと思うの」


 そうSATOさんこと西村亜弓は言った。今夜はオーガヘッドと命を賭けた決戦になる。もし俺が負ければ守りの弱い西村さんのダンジョンも冒険者に攻略されてしまうだろう。つまり西村さんと俺は一蓮托生なのだ。


「さあ渡辺君。服を脱いで一緒にシャワーを浴びましょう」


 そういうと西村さんは服を脱ぎ始めた。初めて見る女性の裸体の美しさに俺は目が釘付けになった。


(え?)


(すげえ……。俺は今からすごい体験をする……)


 ベッドで寝そべり、ぼーっと先ほど西村さんと一緒にシャワーを浴びたこと時のことを再生している。

 裸になった俺は同じく裸の西村さんとシャワーを浴びた。年上のお姉さんである西村さんは、緊張する俺の体をボディーソープで丹念に洗った。もう俺はされるままだ。


「これでいいわね。じゃあ、先に出て待っててね」


 そう言われて俺はバスルームを出た。今はベッドで寝そべって西村さんが来るのを待っている。


バスルームからシャワーから出る水の音がなまめかしく聞こえてくる。


(やべえ……どうしてこうなった……西村さん……SATOさんは何を考えて……)


 ズキッ……。強烈な頭痛が俺を襲う。


(まただ……何かを思い出す)


 先ほど西村さんと一緒にシャワーを浴びていた時のことを思い出す。手際よく俺の体を洗っていた西村さんは、俺の腰当たりに顔を近づけて一瞬だけ止まったようだった。


(何かを見ていた……俺の腰?)


 俺はタオルをめくって自分の腰のあたりを見る。何だか黒い染みがある。


(なんだ……こんなのはなかった)


 染みははっきりと数字を表していた。Ⅵの文字が3つ並んでいる。


「666……どういうことだ」


 俺は同じ染みを見た。西村さんの形の良い胸。右胸の片隅に小さな文字があった。それはタトゥーだと単純に思ったが今から考えればおかしなことだ。そこにタトゥーなど入れるだろうか。


 俺が胸を凝視しているのを見て西村さんは慌てて両手で隠した。


「あまり見ないで……恥ずかしいから。あとでゆっくりと見せてあげるから」


 そんなことを言って俺に優しくキスをした。だが、今思うと俺に見せたくないための行為だとしか思えない。


 やがて、シャワールームから出てきた西村さん。先ほど、俺の前に晒したゴージャスな肢体は白いタオルに覆われている。それでも、胸とお尻の曲線美は分厚いタオル越しにも分かる。胸の谷間も露わでエロいとしか言いようがない。


「TRくん……喉乾いたでしょ」


「あ、うん」


 西村さんは自分が飲んだと思われるミネラルウォーターのペットボトルを手渡してきた。俺は流れで受け取り、それを一口飲んだ。


(し、しまった……)


 意識が遠のく。俺の視界に入った西村さんの顔は殺意に満ちていた。俺を敵のように思っている目である。


「やはり、あなただったのね。その腰の刻印がその証拠……。黒衣のダンジョンマスター……あなたを絶対に許さない」


 俺は死んだと思った。このまま意識を失ったまま、殺されるに違いない。


 なぜ俺が西村さんに殺されなければならないのか。全く分からない。


(西村さんはSATOさん……。いや、違う。最初から感じていた違和感。西村さんはSATOさんじゃない。彼女は最初から偽って接触してきた)


 そう考えればゲームの中のSATOさんとの違いを説明できる。彼女はゲームとは関係ない人物。


(いや……彼女は俺の腰の刻印を確かめにこんなことをした。しかし、彼女にも同じ刻印があった……666ってなんの刻印だろうか?)


 死にゆく俺にはその疑問は永久に分からないだろうと思われた。

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