第38話 オーガヘッドの正体

 頭が痛い。

 昨日のゲームが終わってから、俺はズキズキと痛む頭を抱え、眠れなかった。かろうじて夜が白々と明ける頃、うとうととしたきりである。

 それでも7時に目覚ましが鳴ると俺はのそのそと起きだした。

 今晩のゲームの展開に命がかかっているのに、学校へ行くのは賢い選択とは言えないが、それでも行かなくてはとなぜだか思った。

 2階の部屋から降りる。いつもは朝ご飯を作っているはずの母がいない。

 出勤のために新聞を読みながら、母の作った朝食を食べている父の姿もない。


「あれ、母さん、父さん……いないのか……」


 俺は不思議に思った。いや、その見慣れた風景はずっと昔のことだったように思えたのだ。

 何も置かれていないテーブルは、ずいぶん前から主を失っていたようにそこに置いてある。


(母さんも、父さんもどうしたのだろう?)


 家にいる気配もない。部屋を見たが誰もいない。何だか、ずっといないような気配。


(そんなことはない……。2日前に母さんに炭酸のことを聞いた記憶がある。母さんは、そんな事件ないって笑っていた……あれ……記憶が思い出せない)


 ズキン……。頭痛がした。

 俺は冷蔵庫を開ける。野菜室にリンゴがあった。俺はそれを手に取ると一口かじった。果汁が口いっぱいに広がる。


(母さんたちがどこへ行ったか気になるけど、まずは学校へ……)


 俺は家を出た。

 学校へ着くと校門のところで嫌な奴が俺を待ち受けていた。鬼頭の奴である。

 鬼頭は朝からへらへらといらつく笑いを浮かべて、俺を校舎裏の人気のないところへ誘った。


「鬼頭、なんの用だ」


 俺は端的に聞いた。こんなところで鬼頭と2人で会っていたら、それこそ、鬼頭の母親にいじめをしたと決めつけられる。


「ククク……用はすぐに済むさ。そして、君の命もね。今は8時15分。あと12時間45分で君の命が終わることとなる」


「はあ、なに言っているんだ。お前、ゲームのやり過ぎでおかしくなったのか?」

「おかしいのはお前の方さ、なあ、TRくん」


 俺は固まった。鬼頭が俺のことをTRと呼んだ。その呼び名を知っている奴はあのダンジョンのゲームをしている仲間だけだ。

 そして俺がTRであることを知っている奴は、SATOさん以外、いないはずである。


「知っちゃたのさ、渡辺トオルでTRか……安直だったね。まあ、その点についてはボクも安直だがね。そして、君はオーガヘッドたるこのボクに殺される。いや、正確に言うと殺すのは冒険者だけどね」

「安直……鬼……頭……。オーガヘッド……鬼頭、お前がオーガヘッドだったのか!」


 俺は驚愕した。鬼頭がオーガヘッド。こんなに身近にネットのゲームで出会うものであろうか。

 だが、これまでのオーガヘッドの言動を考えれば、目の前の男と全く行動原理は似ている。というか、そのものである。


「ああ、ボクこと鬼頭廉治はゲームの天才オーガヘッドでした。そして、僕は気に食わない君を今日、公開処刑するんですう~」

「……」


 ズキンと俺の頭の血管が脈を打つ。痛い。痛みがどんどんと強まる。


「あれ~。ブルっちゃったの?」

「……」

「驚いて何も言えないのかな~。いいね、ある意味、その反応はいいよ。もし、今、君が僕に土下座して命乞いをしたら助けてやってもいいんだけどねえ」


 オーガヘッドはそう意地悪そうに俺を見る。だが、俺にはその目が全く信用ならないと思っている。

 下衆な鬼頭のことだ。土下座したところで平気で裏切る。


(だから、あのゲームじゃこの男は強いのだ。甘ちゃんの俺よりずっと強い……)

(甘ちゃん……俺は甘ちゃんなのか……?)


 頭の中で誰かが叫ぶ声。それはこう叫ぶ。


(思い出せ!)

(思い出せ!)

(思い出すんだ!)


 ズキン……。頭痛が収まらない。俺は右手を前頭部にあてた。

 この痛みは、何か新しいものが生まれるような、そんな感覚。生みの苦しみとはよく言ったものだ。


「ふん。土下座はしないようだな」


 俺が全く反応しないので、面白くないと思ったのであろう。鬼頭は不快なことをしゃべりだした。


「ボクの願い、実は昨日、ばあるに言っちゃんたんだよね。知りたい?」

(知りたくもない……)


 俺は目を背けた。それで鬼頭はますます気をよくした。にやけながら自慢げに告白する。


「麻生美月(あそうみつき)をボクの女にするって願いだよ。ばあるの奴、オッケーだって。但し、なぜだか願いの成就は3日後だって。3日って、お前が今のゲームが終わる日だよね。ボクは5日後だけど。しかし、なぜ、3日なのか理由はわからないんだよね。まあ、いいけど……」

(麻生さん……美月って名前だったのか……)


 俺は麻生さんの名前を初めて知った。クラス開きの自己紹介で聞いたはずだが、忘れてしまっていたのだ。

 ズキン……ズキン……。また俺の頭痛がひどくなる。


(美月……美しい月という名前……どこかで聞いたような……)


「お前、命をかけた願いが女かよ……」


 俺は冷静を装ってそう吐き捨てるように言った。本心は違う。心臓が鼓動を徐々に上げていく。心の奥底から怒りがふつふつと湧いてくる。


「なんとでも言えよ。あの真面目で性格も優しい麻生ちゃんが俺の彼女になるんだぜ。もう、ボクちゃんにメロメロ。なんでも言うことを聞いてくれる彼女さ。もうやることを決めてるんだけど。死んでいくTRくんには関係ないよね~」

「ゲスが……」


 俺はそう鬼頭に言うのが精いっぱいであった。鬼頭はゲス野郎だ。麻生さんを願いで思いう通りにするというのもゲス。

 そして奴は自分の母親を生贄にしてキルポイントを大量にゲットした。それで初期では手に入らない罠やガーディアンを手に入れて冒険者を殺しまくっているのもゲスな行為だ。


(ゲス……ゲス……)


 俺の頭が早鐘のように鳴る。思わず、頭を抱えて座り込んだ。高笑いしながら、去っていく鬼頭の足音をかすかに聞くのみである。

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