第37話 冒険者サイド:撤退

「ん……何か叫び声が聞こえたような」


 エルドレッドは立ち止まり、耳を澄ました。他のパーティのメンバーも同時に歩くのを止める。かすかに聞こえたのは女の声のような気がしたが、静寂に戻った。


「バルドさんたちのパーティでしょうか?」


 ドルイドのメイリンがそう心配そうに聞いてきた。エルドレッドは首を左右に振る。

 バルドのパーティは真珠等級の冒険者である。先日はしくじって戦士一人を失ったが、『鉄の熊』と揶揄される冒険者である。簡単にはやられないはずだ。

 エルドレッドたちはバルドに遅れてダンジョンへと侵入した。このダンジョンは発見して間もないながらも中級ダンジョンに指定され、複数の冒険者で探索することができるようになった。

 その場合、戦利品の分配で争いが起こらないよう探索エリアは、事前の届け出で別のエリアからすることになる。

 最終的には早い者勝ちとなるが、ダンジョンの北東部エリアへ向かったバルドたちとは反対方向の南東エリアへ向かった。こちらは以前に初級冒険者がほぼ全滅に陥ったエリアである。


「バルドたちなら大丈夫だ。ここはできて間もないダンジョンだ。普通、そういうところは初級冒険者で事足りるはずだ」

「そうでしょうか……」


 先ほど、メイリンは風の精霊の加護で、酸の沼のトラップを解除した。初級のダンジョンとは思えない巧妙な場所にそれは設置されていたのだ。

 それに今、侵入しているエリアには『ネイキッド』という武装解除する恐ろしい罠が設置されていたと報告を受けている。

 やがて十字路にたどりついた一行は、どちらに進むか考えるために立ち止まった。こういう場合は、なんの根拠もなく適当に進むのは素人パーティである。

 エルドレッドが率いる中級パーティはそんな馬鹿なことはしなかった。エルドレッドはドルイドのメイリンに目配せをする。静かにメイリンは頷いて目を閉じた。


「風の聖霊よ……先行して私に邪悪の存在を教えて……」


 ドルイドのメイリンがそう使役する精霊に命令をする。風の聖霊シルフィは空気の流れに身を任せて飛んでいく。

 その感じたものや見たものはダイレクトにメイリンに伝わるのだ。


「右と正面にはガーディアンの気配が。罠も複数。左は何も感じないわ」

「うむ……何もないというのは気になるが、精霊の感知は信頼できる。今日のところはお宝と情報集めだ。安全な方から行くか」


 エルドレッドはそう命じた。これは正しい判断であった。右は複雑に入り組んだ通路ではあったが、ガーディアンは1体もおらず、また罠も設置されていなかった。

 それでいて、金貨の入った箱や貴重な指輪、装飾品、武具が数点見つかったのだ。

 2時間ほどの探索で再び、エルドレッドたちは十字路へ戻ってきた。左へ行けば帰還。真っすぐと右は未知のエリアである。


「右にはガーディアンがいるわ……爬虫類臭いぬめっとした感覚が……」


 メイリンは風の精霊の報告をリーダーのエルドレッドに告げる。エルドレッドは思案する。正直、今回は戦闘らしい戦闘をしていない。

 だが、メイリンの報告からすると右にはドラゴン亜種のモンスターの存在が予想された。


(まさか、こんなダンジョンに上級種はいないだろうが、下級のアースドラゴンやファイアーリザードがいてもおかしくはない。となると、俺のパーティでは勝てても被害は大きいだろう)


 かといって、正面は何か嫌な気配がある。罠やもっと嫌らしいガーディアンの存在である。


「今日は帰ろう。戦利品は十分だし、何か嫌な感じがするのだ」


 そうエルドレッドが決断したとき、女の子の悲鳴が聞こえた。方向は正面である。 

 しかも、その声はよく聞いた声である。


「アイリか!」


 オークが3匹、アイリを抱きかかえて通路を走って逃げていくのが見えた。


「なぜ、アイリが?」

「リーダー、救出しないとあの子、悲惨な目にあいますぜ」


 戦士が剣を抜き、突撃する体制でエルドレッドの命令を待つ。エルドレッドはこれが罠の一環であることが頭に過った。


「メイリン、罠の存在を探ってくれ。戦士2人は追跡しろ。第2列は少し遅れて行く。一斉に行くと罠で全滅する可能性もある」


 そう命令した。だが、罠は存在しない。オークに追いついた戦士はこれを切り伏せ、アイリを救出したが、すでにアイリは心臓を刺されて死亡していた。

 確認したメイリンは思わず目を覆った。ほぼ裸体にされたアイリであったが、凌辱される前に殺されたのであろう。

 体には乱暴された後はなかったのが、せめてもの幸いであった。

 そしてここでアイリの遺体を確保したのは大きい。まだ死後硬直が始まっていない。死後、72時間以内で体が大きく欠損していない場合は、魔法による蘇生が可能だ。このまま、遺体を無事に持って帰ることができればであるが。

 エルドレッドは嫌な予感がしていた。そしてその予感は当たる。


「なんだ、あれは……」


 骸骨の姿のローブを着たガーディアンが現れた。それは通路にたたずんでいる。あまりの不気味さにオークを倒した戦士2人は硬直している。


「魔法を使うアンデットだ……」


 直感でエルドレッドはそう思った。そして、それは正解であった。大きな竜が通路いっぱいに現れたのだ。現れ方から、それが召喚されたものだと思われた。


「ドラゴンだと……上級種のグリーンドラゴンだ」

「マジかよ、勝てるはずがない……」


 戦士2人は腰を抜かし、思わず尻もちをついたが、慌てて後退する。メイリンは精霊魔法を唱える。魔法を感知するものだ。


「何か変です。前方のドラゴンから、強大な魔法力を感じます。しかし、生き物の気配を感じないと精霊は言っています」

「どういうことだ?」

「おそらく、あれは幻影……先ほどのアンデットが作り出したものかと」

「そうかもしれん……だが、そうでなかったら俺たちは全滅だ。そして幻影だとしても、次の罠の布石かもしれない」


 エルドレッドはあくまでも冷静だ。この状況はアイリの死体を使って自分たちをおびき出したものだと考えれば、幻影の後の方が本命だろう。


「アイリの遺体も回収できる。帰還すれば蘇生もできるかもしれない。すぐにここから逃れよう」

「そうね」


 メイリンは頷いた。それが賢い選択であろう。メイリンは後ろに背負ったカバンから、毛布を取り出した。それでアイリの死体を包む。


「必ず連れて帰ります」


 死体を抱えてダンジョンから脱出するのは簡単なことではない。

 しかし、72時間以内であれば、助けられる可能性があるのだ。それにアイリが生き返れば、このダンジョンの情報も手に入る。攻略への貴重な手がかりである。


 ダンジョンから辛うじて逃げ帰ったエルドレッドたちは、バルドのパーティが全滅したことを知った。

 そしてギルドはこのダンジョンを殲滅すべきダンジョン、異端のダンジョンと位置付けた。それは神聖騎士団への討伐を依頼することと同義であった。


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