第36話 冒険者サイド:全滅
「これはどういうことだ?」
バルドは通路を見回す。壁の色から最初に攻略に向かったエリアに酷似している。後ろのガーディアンも一歩も動こうとはしない。バルドはアイリとズーに斥候を命じる。優秀なスカウトと寡黙な戦士は15分後に戻ってきた。
「バルドさん、ここは最初に挑んだエリアですよ。右方向にあの落とし穴連続ポイントと広間があります」
アイリはそう答えた。それは進行方向の決定にもつながる事実であった。左方向は鉄の岩でふさがれているのだ。出てきた穴にはガーディアンの大群。
(となると、左へ進むしかない……そこにダンジョンマスターが誘っていることが分かっているのにだ……)
このダンジョンを支配するマスターは、本当にゲスな奴だとバルドは思った。巧妙な罠だと分かっていても、進まざるを得ない自分たち。魂はダンジョンマスターの手のひらで踊っている感覚にとらわれる。
「左に行くしかない。そこで考えよう……」
バルドは気を取り直してそうパーティのメンバーに告げた。みんな頷くしかない。そして、進んだ先に意外なものを目にすることになる。
「バルドさん、あれは……ROOMじゃないですか!」
先行するアイリは信じられないものを見て驚いた。ダンジョンマスターが住んでいるROOMは赤い扉と決まっている。気味の悪い悪魔のお面が付けられた呪われた扉。今まで、アイリたちが何度も開けた扉である。
「どういうことだ……これは罠か?」
バルドは疑問に思ったが、パーティのメンバーたちの思いは少し違った。全員が獲物を捕獲した高揚感に支配されている。
無理もない。ダンジョンに挑む冒険者は、命を差し出してダンジョンマスターの討伐をしているのだ。それが目の前にぶら下がっている。
先ほどの絶体絶命のピンチから救われたことも忘れ、この状況をダンジョンマスターが作り出したことであることも忘れてしまうほどの好機なのだ。
「罠でもなんでもいい。あそこにはダンジョンマスターがいる。扉を開けてぶっ殺せばいいだけだ。これは神の思し召しである」
先ほどまでブルっていた僧侶のビルはそう厳かに提案する。神に仕える僧侶にとって、ダンジョンマスターは滅ぼすべき対象なのだ。
「罠かもしれんが、ダンジョンマスターを倒す好機には違いない。それにあの追ってこなかったガーディアン軍団はダンジョンマスターの命令間違いなのかもしれないぞ」
魔法使いのナイトハルトがそんな持論を展開する。それは随分と都合に良い話であったが、状況には説明がつく。
「罠かもしれないが、我々は行くしかない」
「そうね。この部屋で行き止まり。帰り道はあのガーディアンの大群がいるエリアからしかできないわ。ここのダンジョンマスターを倒せば、行き止まりエリアは解除されるかもしれない。そうなればこのエリアから脱出できる」
アイリは冷静にそう答えた。若いながら、一番状況を分析しているアイリの言葉にバルドは頷いた。
「よし、行くぞ!」
扉を蹴破る。まず、バルドが突入。続いて戦士ズー、重戦士ロナルドが入る。アイリと魔法使いナイトハルトは周辺を見張っている。
「あれ、なんでお前らがここにいるんだ?」
中にいたダンジョンマスターは女と交わっている最中であった。犬のような体勢できょとんとバルドの方を見ている。
虚を突かれたがバルドはベテラン冒険者だ。手にした剣で急所を一閃した。ほとんどのダンジョンマスターは弱い。
ダンジョンのガーディアンや罠が凶悪に比べて、ほとんど戦闘技能はなく、ROOM と呼ばれるダンジョンマスターがいる部屋に侵入すれば、冒険者の勝利はほぼ確定と言っていい。
ただ、噂によれば魔剣を携えて戦いを挑んでくるダンジョンマスターもいるらしい。だから、弱いと決めつけると全滅してしまう。
(このダンジョンマスターは幸い、弱いやつだったようだ……)
部屋は散らかっている。ベッドのシーツは薄汚れ、シミだらけ。すさんだ部屋の状況はよくあるROOMの内部である。
「この女、壊れているぜ……かわいそうに」
重戦士ロナルドがダンジョンマスターと交わっていた女を剣の鞘で突っついた。目の焦点が合わず、よだれを垂らして細かく痙攣している。
「どこかの村からさらわれてきたのだろう。かわいそうだが連れてはいけん。ここから脱出する困難を考えれば、置いていくしかないだろう」
バルドはそう判断した。ダンジョンマスターを討ち取ったとはいえ、脱出経路はあのガーディアンの大群が控えるエリアしかない。ふさがったエリアがダンジョンマスター討伐によって解除される保証もない。
「殺して……おねがい……殺して……」
焦点を失った目でそう女はつぶやくような声で何度もそう言った。この部屋でダンジョンマスターに散々な恥辱を受けたのであろう。
バルドは目を閉じて剣を女の胸にぐっと突き刺した。
「あ……りが……とう……」
そう女は目を閉じた。涙がすっと一筋流れていく。
「なにも殺さなくてもよかったのではないか?」
そうフルフェイスの兜越しにくぐもった声でロナルドはバルドの行為をとがめたが、バルドはひどく冷静に答えた。
「この女は生きてはいるが、心は死んでいる。もはや手遅れだ。それに俺たちも生きて帰れる保証はない」
「バルド隊長、ガーディアンが!」
ROOMの外でアイリの叫びがした。慌てて飛び出すバルド。先ほどのガーディアンの大群が穴を出てこちらへやってくるのが見えた。
ROOMが行き止まりであるから、このガーディアンの大群を突破しなければ脱出はできない。
バルドたちは部屋を出て通路を見る。ゴブリンとオークの大群だ。数にして100はいる。
「くそ、ゴブリンやオークもこう数が多いと厄介だ」
重戦士ロナルドが先頭に立つ。寡黙な戦士ズーがその横に立って剣を水平に構える。
「幸い、通路が狭いのがよかった。広いところでは100%勝ち目がないからな」
バルドは戦略を練る。
大群と言ってもせいぜい4人が横に並べる幅の通路である。
そしてここは魔法無効化エリアでもない。ナイトハルトの魔法とビルの神の奇跡の力で圧倒し、突破すれば助かる道はあると考えた。
「アイアンゴーレムとバジリスクがいないのが気になるわ」
アイリはやって来るのがゴブリンとオークであることを疑問に思った。バルドもそれは思ったが、強力なガーディアンよりも都合がよいので考えることを放棄した。
もし、それらのガーディアンが混じっていたらここで死ぬことは確実である。
(何としてでも、脱出し、ギルドに報告しなければならない)
このダンジョンは現れて間もないにもかかわらず、上級ダンジョンに匹敵する罠やガーディアンの種類である。
これは真珠よりも上の階級レベルの冒険者か、神聖騎士団の特殊殲滅隊の範疇である。
それを伝えねば、また力のない冒険者パーティが生贄となってしまうだろう。
「ナイトハルト、ファイアボールを集団の中央に着弾させろ。ビルはプロテクションをロナルドとズーの左右に展開。この壁に沿って脱出するぞ」
そうバルドは命じた。大人二人分の幅に10mの長さの聖壁(プロテクション)を展開する。
これは移動する壁となり、この壁の間に入ってくる敵は切り伏せ、壁の外側の敵からは防御する。時間にして3分ほどであるが、その間、大群を突破して進むことができる。
「おお、炎の聖霊よ、われらにその力を貸し与え賜え……」
ナイトハルトの作り出した火球が集団の中央に着弾。10体ほどを焼き尽くす。そしてバルドたちは駆け抜ける。
ロナルド、ズーを先頭にバルド、アイリ、3列にナイトハルト、ビルが続く。プロテクションのおかげで2体とだけ戦えばよい。100もの数で通路を覆いつくしたガーディアンの海を一直線に駆け抜けて行った。
そして広間に出た。あの落とし穴の連続する通路につながる広場だ。落とし穴は解除されていないが、こちら側からならアイリの力で解除できる。入り口をふさいである鉄球は転がせば動かせる。
(助かった……)
一瞬だけ、そう思ったバルドであったが、3体の巨大な影を見て絶望に襲われた。
「ば、馬鹿な……こっちに配置されていたのか!」
アイアンゴーレム2体とバジリスクがそこにいたのだ。そしてバジリスクの目が光った。その視線は最初に飛び込んだ重戦士ロナルドと戦士ズーを石に変えた。
石化からの回復は上級の神官が使える石化解除(キャンセラー)か、完全回復(リフレッシュ)しかない。
そしてそれはパーティの僧侶ビルは使えなかった。それらを発揮するマジックポーションも持参していない。それは相当に高価なため、バルドたちのレベルでは用意ができない代物だ。
さらに後方からは生き残ったオークやゴブリンが殺到してくる。絶体絶命である。バルドは覚悟を決めた。
「アイリ、ここは俺たちが食い止める。お前は落とし穴を解除して先へ進め」
「隊長、でも……」
「オークやゴブリンにつかまった女は悲惨だ。君がそんな目に合うのは見たくない」
「隊長……」
「行け、逃げてギルドに伝えるんだ。このダンジョンのことを!」
アイリは罠を解除し、落とし穴をふさぐ。その間、バルドたちは戦って時間稼ぎをするが、多勢に無勢。ビル、ナイトハルト、バルドは次々と倒れていく。オークやゴブリンに切り刻まれ、アイアンゴーレムに潰される。
その断末魔の声に耳を塞ぎ、アイリは走った落とし穴エリアを抜ければ、T字通路である。そこを左に曲がれば帰還できる。
だが、その行く手に鉄球が通路をふさいでいた。落とし穴をふさいだので、平らな床に乗っているだけだから、大人が3人いればこれを転がすことはできたであろう。
だが、今はアイリ一人だけ。か弱い女の子の力では、この鉄球を動かすことはできなかった。
「そ、そんな……いや……死にたくない……」
アイリは泣き叫んだ。後ろからオークやゴブリンがひたひたと近づいてくる。人間の女に対して、これらの亜人間は容赦なく犯す。
彼らにはメスがおらず、種族を増やすには他種族の女に自分の種を植え付ける習性があるのだ。
「いや、あいつらに辱められたくない……」
アイリは短剣を自分の喉にあてた。ここで自決する……だが、怖くてできない。
「誰か、殺して……私を殺して……お願い……」
グフグフといやらしいうなり声を上げながら、一斉に襲い掛かってくるオーク。アイリの着ている鎧や服は次々とはがされていく。両手足を押さえつけられ、抵抗ができない。ひときわ大きなオークがのしかかろうとしてきた。
「いや~っ」
アイリは目を閉じた。目から涙があふれてくる。
その時だ。一匹のオークが剣をアイリの心臓に突き立てたのだ。
「あ、ありがと……」
涙が2筋流れた。
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