第35話 冒険者サイド:導かれた脱出路
バルドが率いる冒険者パーティは、黒のダンジョンと名付けられた場所へ来た。
彼らは1度挑戦し、序盤で脱出した。今回は2回目の挑戦である。
「進むのは前回向かった西エリアだ」
バルドは昨日、仲間と相談して決めたことを確認する。そのための準備も十分整えてきた。
今日は少なくともダンジョンマスターを1人は討伐することを目標としている。
既に道はおおよそ分かっている。問題は罠であるが、これについては潜るたびに配置や種類が変わることが多いので、アイリを先頭に慎重に進む。
「あまり変わっていないようね……でも、針の山と鉄球のトラップはないようだわ」
前回はここで針の山へ鉄球で追い立てるコンボトラップがあった。ちゃちなトラップで壁を壊して鉄球をやり過ごして助かったのだが、今回は罠が仕掛けられていなかった。代わりにあの25mは続く落とし穴の通路が続く。
「ここを突破しないとダンジョンマスターには会えないな」
バルドは落とし穴の先を見るが暗くて視認ができない。それでも経験豊かな彼は通路の先に何が待ち受けているか、予想していた。
「バルド隊長、落とし穴の先にガーディアンがいるよ」
アイリは腰に付けたポシェットから、小さな望遠鏡を取り出す。
それはわずかな光でもよく見えるよう魔法で強化されたマジックアイテムであった。赤外線スコープと同じ効果がある。
「コボルトとオーガがうごめいている。コボルトは30匹くらい。オーガは5体ってところね」
「それは相当な数だな。だが、敵は油断している。まず、この落とし穴を突破できると思っていないだろう」
バルドは目配せをする。うなずいたアイリが壁にくさびを打ち込む。そこに乗ってさらに打ち込む。くさびを足場にして突破しようというのだ。
「アイリと俺、ズーが突入する。同時にナイトハルト、派手な魔法を対岸にぶちかましてやれ」
「了解。ファイアボールを数発ぶち込んでやるよ」
「アイリが対岸に渡り、落とし穴を解除したら、ビルとロナルドは走って加勢してくれ。残党狩りになるかもしれんが、数が多いと逆襲されるかもしれないからな」
バルドはそう僧侶のビルと前回死んでしまったオールの代わりに加入させた重戦士のロナルドにそう指示する。
ロナルドは全身をプレートアーマーで覆った重戦士でカイトシールドを左手に、右手にはダンジョン用に柄の短いバトルアックスを装備している。
「よし、いくぞ」
バルドの命令で先行する3人。アイリが壁に作るくさびの道を伝って、じりじりと対岸へと近づく。
ガーディアンたちは完全に油断していた。もし、壁を伝って来るのを知ったとしたら、矢を撃ちかけて邪魔をすることも可能であったが、それをしなかったのだ。
アイリが最後のくさびから足を離し、対岸へとジャンプした。そしてバルドとズーが続く。その着地と一緒にファイアボールが炸裂する。
「ぐがああああっ……」
「ぎゃあああっ……」
対岸にはコボルトとオーガが集結していたから、この攻撃をまともに受ける。火炎の球をまともに受けて、火だるまとかしたモンスターが転げまわる。大混乱である。そこへバルドとズーが剣で切りつける。
「えっと、解除レバーは……」
スカウトのアイリは落とし穴の解除レバーを探す。落とし穴のトラップは、原始的なものは上に乗ったものの重さで床が崩れて落ちるというものだが、ダンジョンマスターが支配するダンジョンでは、任意のタイミングで床が抜けるような仕掛けになっている。
それはダンジョンマスターの部屋で操作されるのであるが、設置したトラップの近くに発動と解除を行うレバーなどの装置が設置してあることがほとんどだ。
それは熟練のスカウトなら、おおよそ見つけることができる。アイリは若いがよく学習していた。
色が微妙に違う壁の一角にレバーが収納されていることを発見した。それを動かすと25mの落とし穴が解除された。
「うおおおおおっ!」
解除と共に重戦士と僧侶が駆けつけてくる。さらに魔法使いの攻撃魔法。中級冒険者の手堅い戦いにやがてコボルトもオーガも制圧されてしまった。
「ふうふう……」
「激戦だったな」
「敵は混乱していたから、反撃も少なかった」
この勝利に笑みがこぼれる。だが、少し休み先に進むとその笑みは失望に変わった。パーティ全体が30分前の地点に飛ばされてしまったのだ。
「アイリ、これはどういうことだ?」
「隊長、すみません。気づきませんでした。これはワープの罠です。30分前の地点に戻す比較的初級の罠です」
「……初級なだけに察知が遅れたか」
「はい。大がかりじゃないだけ、目立たたないのです。ただ、罠自体は被害を与えるものじゃないので、効果という点ではあまり意味のないトラップですが」
アイリがそういいかけた時、アイリが解除したはずの落とし穴が再び発動した。25m続く穴が通路の床を覆う。
そしてご丁寧なことに大きな鉄玉が落ちてきて、落とし穴に3分の1ほど埋まった。
「ちっ……」
バルドは舌打ちをした。これでこっち方面のエリアへの侵入ができなくなった。ダンジョンマスターの部屋が近い気がしたので、バルドは少し嫌な気持ちになった。
(こんな単純なトラップで行先を変更とはな……)
それは何か不潔なこととの予兆であるかのようにバルドには思えた。
「この鉄玉は排除できん。やむを得ない。前回、トラップでオールが死んだエリアへ行こう。オールの仇を取るのも目標の一つだ」
仲間も頷いた。そのエリアは何か不気味な気配を漂わせている。正直、冒険者たちは背筋が縮こまり、心臓がきゅっと締め付けられるような感覚にとらわれる。
(何か、巨大な手で心臓をつかまれているような気分だ)
そして、その予感は不幸にも当たってしまった。ぐねぐねと曲がり、単純な一本道のダンジョン。
もちろん、ベテラン冒険者のバルドたちは通路の抜け道がないか慎重に進んできた。前回あった油床のトラップも落とし穴も設置されていなかったが、それはもっと恐ろしい罠への布石であった。
「うっ……」
パーティはこれまでとは違った広い場所に出た。全員が足を踏み込んだ瞬間、明かりが消えた。真っ暗になる。そして魔物の息遣いが聞こえてくる。
「全員、集まれ、円陣を組むんだ」
バルドはそう命令した。メンバーは手探りで固まり、円陣を組む。
「ビル、光の加護を唱えろ」
「わかっている……先ほどからやろうとしているが、どういうわけか神に声が届かぬ」
「こっちもだ。ライトの魔法が使えぬ」
魔法使いのナイトハルトがそう小声でリーダーのバルドに告げる。その言葉は恐ろしいことを示していた。
(このエリアでは魔法が無効化される?)
聞いたことがある。上級ダンジョンには魔法無効化エリアがあることを。それは永久にそうなのか、一時的な効果でそうなのかはわからないが、今の状況では同じであった。
(全滅の危機……)
バルドはそう思った。冷たい汗が額から流れ落ちる。ダンジョンは気温が低いはずだが、暑い。異様なほど暑い。
そして不意に明かりがついた。そしてバルドの予想は不幸にも当たってしまった。円陣を組む自分たちの周りをガーディアンが取り囲んでいた。
「オーク兵およそ30……そしてゴブリン多数……それだけじゃない!」
魔法使いのナイトハルトが狂ったようにそう叫んだ。アイリにもそのモンスターが何か理解できた。
実際に見たことはなかったが、噂で聞いたことがある。上級ダンジョンでも限られたところにしかいないとされるモンスター。
「バジリスク……じゃない?」
バルドも目を凝らし、オークやゴブリンの背後に控える巨大なトカゲモンスターを観察する。
バルドも見たことはない。しかし、それは当然なのだ。もし、経験があるのならこの場所にはいない。
この視線で人間を石にすることができるモンスターは、上級レベル冒険者でも苦戦する凶悪な奴だ。出会えば、間違いなく殺されている。
「……ご丁寧にも、アイアンゴーレムまでいるじゃないか……」
今まで一言もしゃべらなかった重戦士が口を開いたので、バルドは思わず振り返った。寡黙な仲間の戦士ズーは沈黙を守っている。
「ロナルドさんよ……すまんな。このパーティに加わったばかりなのに貧乏くじを引かせてしまったようだ」
「なに、構わぬさ。ダンジョンに潜る冒険者にとっては避けて通れぬ道だ。この状況からどう逃げ出すかだな」
「む、無理だ……これだけのガーディアンからどう脱出できるというのだ」
僧侶のビルはもうパニックに陥る寸前である。バルドはじりじりと包囲の輪を縮めるガーディアンの集団を見つめる。
(どこかに突破口があるはずだ……そこをついて逃げ出す。全員が無理でも……)
バルドは短剣を握りしめ、健気にも戦闘する構えをとっているスカウトのアイリの姿を目にとめる。
腰が抜けそうなビルやナイトハルトに比べれば、この若いスカウトはしっかりしている。
(この子だけでも脱出させねば……)
冒険者がダンジョンで全滅することなど、よくある話だ。だが、どんなダンジョンもいつかは攻略される。
それは冒険者たちの犠牲の元に生まれる勝機。何人かの生還した冒険者の情報でダンジョンは攻略される。
(アイリを逃がせば、それが攻略につながるはず)
年若いスカウトを逃すことは、最終勝利につながる小さなピースとなるのだ。バルドは手にした剣をギュッと握りしめた。
「来るぞ!」
冒険者たちは覚悟を決めた。ところが、ガーディアンは意外な動きをする。
まずは後方に控えたアイアンゴーレムが壁に向かって強烈な一撃をかましたのである。
深くえぐれる壁。さらに一発、もう一発とパンチをぶつけていく。
そして自分たちを囲んでいたオークやゴブリンの群れが道を開けたのだ。それはゴーレムがやろうとしているところへの花道。
(どういうことだ?)
バルドだけではない。誰もがそう思った。アイアンゴーレムが壁に穴を開け、そこへ向かってのガーディアンの花道。
その先がハッピーエンドにつながることはありえない。
だが、選択の余地はなかった。留まったところで、このガーディアンの大群に勝てるはずがなく、全滅はほぼ決定。
ならば、あえて死中に飛び込むことで望みがつながるかもしれない。
「行くぞ!」
みんな駆けた。そして壁の穴へと飛び込んだ。
後ろのガーディアンはなぜか追ってこない。そして飛び込んだエリアにもガーディアンも罠もなかった。
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