第34話 冒険者サイド:鉄の熊と白騎士

 冒険者ギルドは賑わっていた。久しぶりに手強いダンジョンが現れたという情報が出たのだ。

 中級の証である小さな真珠のプレートをペンダントのように首にかけた冒険者たちは、先のダンジョン探索の失敗を深く反省していた。

 冒険者はその経験と実績から8階級に分かれている。下から石(ストーン)、貝(シェル)、水晶(クリスタル)、真珠(パール)、青宝石(サファイア)、緑宝石(エメラルド)、赤宝石(ルビー)、金剛石(ダイヤモンド)である。

 経験を積めば、水晶までは上がれるが、それ以上は才能と運がなければなれないと言われていた。

 そんなエリート冒険者である真珠の位にあるこのパーティは『鉄の熊』と呼ばれて、冒険者からは一目を置かれていた。

 『鉄の熊』というあだ名は、いかにも強そうだがそれはこのパーティの攻撃力を指してではない。

 そもそもクマという生き物は元来、臆病な生き物である。小さな鈴の音で危険を察知し、自ら身を隠す動物である。

 このパーティも行動は慎重であった。そうであったからこそ、ダンジョン探索という危険極まりない任務でしぶとく生き残れてきたのだ。

 パーティの要はスカウトの少女アイリ。まだ若干、15歳の少女だがその腕はベテラン冒険者も一目置く存在である。

 スカウトであった父母にわずか5歳の頃から教育を受けてきたとはいえ、彼女の才能は他のスカウトの比ではなかった。

 罠に対する知識の習得やその解除方法の技術習得は、ギルドの養成機関でたっぷり4年はかかると言われているが、彼女はその習得を10歳には達成していた。

 さらに、これは持って生まれた才能の部類に入るが、罠の感知能力は野生の動物のごとく、敏感に感じ取ることができた。

 これまでにベテランスカウトですら、罠を見破れず全滅してきたダンジョンでも彼女の察知能力の前には降参するしかなかった。

 初陣は12歳の時。そこから3年間、経験をみっちりと積み、今は15歳の若さで真珠階級の冒険者となっている。

 そんな天才と呼ばれた赤い髪の少女は、革製の胸当てと麻製の服に底に厚い皮で覆ったブーツを着用。

 小柄な体形は少年のようなしなやかな筋肉にほどほどに覆われ、春先にぐいぐい伸びる若竹のようであった。それでもお年頃であるので、胸は少し膨らみ、それは女性用の胸当てにすっぽりと収まっていた。

「オールの奴は残念だった……」

 そうこのパーティのリーダーであるバルドは、エールの入ったジョッキを持ち上げて飲み干した。そして傍を通りかかたウェイトレスにお代わりを注文する。

「わたしが落とし穴に落ちていなければ……」

 パーティの紅一点であるアイリがうなだれて、座卓の上に置かれた果実ジュースの入ったカップを見つめる。

「仕方がない。あの状況でアイリが助かっただけでも運がよかったのさ」

 そう僧侶のビルが慰める。アイリは落とし穴に落ちて、普通なら串刺しになって死ぬ運命であったが、すんでのところで鉤綱を投げて助かった。彼女が凄腕のスカウトでなければ確実に死んでいただろう。

 コボルトの集団自殺という予想外の出来事に動揺したパーティは、油床に足を取られた。

 先頭を歩いていたアイリが先に落とし穴へ落ちたので、後に続くメンバーは体をコントロールして滑り、落とし穴に落ちるのを免れた。

 しかし、その後の壁から発射される弓矢の攻撃で僧侶のビル、魔法使いのナイトハルトが負傷した。

 戦士3人はこの矢の攻撃を盾や鎧で防ぐことができたが、興奮した戦士オールはバルドの忠告に従わず、前進してギロチンの餌食となってしまった。

 オールはこの冒険から加わった男で、階級は貝(シェル)であった。慎重を第1とする『鉄の熊』のメンバーとしては、まだ日が浅かったのが災いであった。

「いずれにしても、あのダンジョンは侮れない。初級クラスのダンジョンではない」

 パーティリーダーのバルドはそう言い、顔を曇らせた。このダンジョンの案件から逃げるという判断が頭に過ったようだ。

 だが、真珠(パール)の位にいる冒険者にはそれなりの責任がある。中堅くらいのレベルのダンジョンは真珠レベルで解決するべきなのだ。

「情報によれば、パーティ全体の武装解除の罠もあるという話だし……」

 少し弱気な発言をしたのはウィザードのナイトハルト。彼は不意に発射された矢に左腕を射られて負傷した。

 今は魔法の癒しで治癒しているが、痛い思いは基本したくないと思っている。

「とにかく、もう少し情報を集めよう。その上でこのダンジョンはもっと上のレベルに任せるかを判断する。それでいいか?」

 彼の言う上のレベルというのは、冒険者ではなくダンジョン攻略に特化した軍隊への出動要請である。冒険者ギルドから、国の神聖騎士団への討伐依頼をするということだ。これは冒険者としては屈辱であり、さらに利益が得られない。できれば避けたいが、野放しにすれば多くの冒険者が死ぬことになる。

「賛成」

「仕方がない」

「慎重に無理をしないでいこう」

「……」

 ずっと黙っていたのは戦士のズー。彼は蛮族出身のウォーリアで筋肉ムキムキの体に心臓の急所だけを守る胸当てをつけた軽戦士だ。

 しかし、攻撃重視の先頭スタイルは凄まじく、手にした手斧はダンジョンのような狭いところでは威力を発揮する。

「オールの代わりの戦士はギルドを通して手配してある。明日には合流できそうだ」

 そう言ってバルドは3杯目のエールを飲み干した。酔った目で辺りを見回すと、よく知った一団が店に入ってきたのが目に留まった。

「おう、エルドレッドじゃないか!」

 バルドが手を上げるとエルドレッドと呼ばれた男は手を上げて応えた。彼の後ろには緑色に染め上げられたローブを着た女性が控えている。

「珍しいじゃないか。お前がこの町のギルドに顔を出すなんて」

「いや、ちょっと小耳にはさんだものでな。ネイキッドが発動したダンジョンがあるらしいとな」

 バルドとエルドレッドは、王国の重歩兵連隊にいた時の戦友である。ともに軍は退役して冒険者となったが、お互いに切磋琢磨しあい、今は真珠(パール)クラスの冒険者に上り詰めたのだ。そして互いにパーティを率い、冒険者を続けている。

 エルドレッドはここのギルドとは違う場所をベースに活動しており、ここへやってくるのは久しぶりであったのだ。

「そちらの方は?」

 バルドはエルドレッドの後ろにいる控えめな女性に目をやった。20代前半くらいの落ちついた雰囲気の女性である。

 質素なローブに長い髪を縛り、頭には緑色のターバンを巻いている。

(ウィザードには見えないし、神官でもなさそうだが……)

 冒険者稼業が長いバルドでも、彼女の職業は看破できない。

「メイリンといいます……お初にお目にかかります」

 そう女性は自己紹介して少し腰をかがめた。これは北方の民族の習慣であるとバルドは思い出した。バルドも自己紹介する。テーブルにいた仲間も同じく自己紹介する。

「彼女はドルイドなんだ」

「おお……聞いたことがある。自然の理に精通し、自然と対話する召喚士と聞いている」

 バルドの言葉に補足してエルドレッドはこう続けた。

「彼女は自然界の精霊を呼び出し使役できる。彼女が呼び出す精霊は優秀でな。罠なぞ、すぐに発見する。こっちにはアイリちゃんみたいな優秀なスカウトはいないからな。メイリンさんに入ってもらって大助かりさ」

 メイリンは青宝石(サファイア)レベルの冒険者ということだ。そして、エルドレッドはギルドからダンジョンの捜索依頼を受けたと告げた。

 普通、出現したばかりのダンジョンは1パーティが仕事を引き受けると他のパーティは受けられない。

 しかし、中堅以上の危険が伴うとギルドが判断した場合は、複数のパーティに依頼されることがあるのだ。今回はそのケースになったということだ。

(なるほど、それくらいギルドはこのダンジョンを警戒しているということなのだ)

 食事のために空いたテーブルへと移るエルドレッドとメイリンを見送りながら、バルドは明後日の冒険は気が抜けないと改めて思ったのであった。

 そうこうすると、もう一人、よく知った人物が入ってきた。その人物はかなりの有名人であった。

 白騎士アーウェル。神官戦士でありながら、冒険者ギルドにも所属。二足の草鞋を履く青年だ。レベルは緑宝石(エメラルド)。首からかけた認識票には緑に輝く宝石が輝いている。

 アーウェルは27歳ながらも、武芸に才能を発揮し、わずか23歳で神殿を守る神衛隊の副隊長を拝命し、現在に至っている。神から与えられた神聖魔法は強力で、さらに主に使用するスピアの達人である。

 そんな男がなぜ、このギルドの酒場にいるかというと、アイリ目当てなのである。アイリに一目ぼれした彼はアイリに求婚しているのだ。

 まだ15歳のアイリにとっては迷惑な話で、一応、18歳まで待ってくれと返事を保留にして体よく振ったのであるが、アーウェルは婚約者気分で暇を見つけては会いに来るのだ。

 暇と言っても都の職務に忙しい彼のこと、月に1回、休暇を取ってこの町にやってくるのだ。全くもってマメな男である。

「アイリちゃん、1か月ぶりだね~」

 そうアーウェルはアイリの手を取ろうとしたが、アイリはさり気なく手を引っ込める。少しがっかりした表情をしたアーウェルだが、ここは神衛隊の副隊長。すぐに笑顔を浮かべる。

「アーウェルさんもお元気そうで。お仕事忙しいのに、わざわざこんなところまで来なくていいですよ」

「そんなことは心配しなくていいよ。私は君の顔を見るだけで幸せな気持ちになるのです」

「はあ……」

 アイリは死んだ目になる。実のところ、3年後に彼と結婚すれば白騎士の夫人である。貴族の妻としていろいろと面倒なことをしなくてはいけない。ダンジョンで斥候を務めて、罠を探し出したり、宝箱の罠を解除したりというスリルは味わえないのだ。

(それは嫌だな……)

 アイリはまだ15歳なのだ。将来、楽な道を選ぶにはまだ若すぎる。

「ところでバルド殿。危険なダンジョンが出現したと聞いたが」

 急に真顔でバルドに質問するアーウェル。白騎士だけあって、情報は神殿経由で得られるらしい。

 バルドは簡単に説明し、明後日、準備を整えて再度突入することを伝えた。アーウェルは心配そうにアイリに視線を送った。

 アイリは目をそらす。縁起でもないと思ったのだろう。それでもアーウェルはめげない。

「とにかく、無理はしないように。バルド殿、私の未来の妻をお願いします」

 アーウェルはそういうと、アイリに明日の予定をしつこく聞く。明日は一緒に行動してデートしようと画策していたのだ。

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