第33話 生贄=5万KP

 冒険者たちが歩みを止めた。そして十字路の北方向を見る。

 この通路の奥は俺のいるROOM9がある。あろうことか、俺の部屋へ通じる通路での女性の悲鳴だ。

「ど、どういうことだ!?」

 俺は自分の通路に先ほどオーガヘッドのダンジョンで死んだスカウトの女の子がいるのを見た。

「馬鹿な……彼女は死んでいるんじゃ……」

「くくく……ははは……」

 くぐもった笑い声がモニター画面に打ち出される。オーガヘッドのしゃべっている言葉が打ち出されたのだ。

「死体だけど、十分役立ったな」

 女の子の遺体はオーク兵が抱き抱えている。その後ろに2体のオーク兵。こいつらは、オーガヘッドのガーディアンだ。殺した女の子の遺体を抱えて、俺のダンジョンに侵入したのだ。

「しかもレコードの魔法付きだ」

「レコードだと……ばある、どういうことだよ?」

「あのオーク兵が持っている石があるだろう。あれにレコードのトラップが宿っているのだ。あのトラップは音を録音して任意の時に流すことができる」

「……つまり、スカウトの女の子が襲われるときの音を録音して、それを流したというわけか……」

「そういうことじゃ。ケケッ……。狙いはただ一つじゃの」

 オーガヘッドは俺のいるROOM9へ冒険者を誘導するために、女の子の死体を運び、いかにも人質になっているかのようにオーク兵が抱き抱えた姿を見せつけたのだ。

そして、レコードこの魔法を作動させる。帰ろうとした冒険者が女の子を助けようと向かってくることを計算したのだ。

「オーガヘッド、お前は何をしているかわかっているのか!」

「わかっているさ。ムカつく奴を排除するそれだけさ」

「それは人殺しと同じことだぞ」

「はあ?」

 オーガヘッドのつぶやく言葉は、ゆっくりとモニターへ打ち出される。それはひどく人を苛立たせるタイミングであった。

「殺すのは冒険者。ボクは関係ないよ~だ。死ねよ!」

 冒険者たちは戦闘態勢に入る。オーク兵3体が冒険者の一人を人質に取っていると判断したのだ。当然、仲間を救いに行動する。

 戦士2人が前進し、その二人に対して支援魔法が幾重にもかけられる。そして、ファイアーアローの魔法が唱えられ、オーク兵が1体倒れた。死体を抱えたオーク兵はそのまま逃げる。俺の部屋の前まで誘導する気だ。

 倒れたファイアーアローで倒れたオーク兵は、戦士に息の目を止められた。逃げたオークを追って冒険者は進んでくる。

(クソ、このままでは俺の部屋まで冒険者が来てしまう……)

 俺はこのピンチに最後の切り札を投入することを決断した。

「骸の魔女を投入する!」

 逃げるオーク兵の前に骸骨の女が出現した。骸骨なのに女とわかるのは、白い頭蓋骨から長い髪が垂らされているのと、服装が女性神官の服を着用しているからだ。

 『骸の魔女』は元女神官のアンデット。ダンジョンで死んだ無数の女神官の魂が集合し、一つの遺体を動かす邪念の集合体なのである。

(だが、この骸の魔女はそれほど強くない……)

 使える魔法は補助系魔法のみである。高位の聖職者であったのならば強力な魔法が使えようが、この骸の魔女はそれほどの力はない。

(それでもこのピンチにかけるしかない)

「骸の魔女に命令……。コントロールの魔法を発動!」

 まずは2体のオークの支配権をオーガヘッドから奪う。コントロールは発動先のガーディアンや冒険者の行動を自由に操れる魔法だ。

 魔法耐性のあるものには効果がない場合もあるが、オークごとき下等生物には十分に効いた。

「うぼおおおおっ~」

 俺はROOM9に向かって逃げてくるオークの支配権を奪い、この2体を再び冒険者の方へと向かわせる。

 スカウトの死体は投げ捨てさせる。そして戦士二人と戦わせるのだ。ドルイドの神官は女の子に駆け寄るが、すでに死んでいるのを確認する。

(よし、これでダンジョンの奥に進む理由がなくなった。当初の方針通り、今日は帰るだろう……)

 オーク兵2体が戦士と魔法使いのコンビネーションによって血祭りになる。俺に残ったのは骸の魔女だけ。

「いいだろう……お前ら、これで撤退しろ……」

 しかし、興奮した戦士はオークに止めをさした血なまぐさい剣で俺の最後の砦。骸の魔女に向かって走り出した。

(ちくしょう、こいつら冷静な判断を失いやがった!)

 経験不足はついつい、勇み足になってしまう。慎重なベテラン冒険者なら、ここは得体のしれないガーディアンとの戦闘を避け、撤退するはずだ。

 助けようとしたスカウトの女の子は既に死んでいることを確認した。さらに俺のダンジョンの大半の構造の情報を知り、設置した宝のほとんどを手に入れたのだ。ここは逃げるが正しい判断だ。

 だが、経験の浅さは判断を誤らせる。この無茶な行動は誰もが無謀と思えるものだが、当人たちは本能のまま行動している。

(だが、想定内だ……)

「骸の魔女、魔法発動せよ、イリュージョン!」

 俺は骸の魔女に魔法を発動させる。それは自分を巨大なドラゴンの姿に見せる魔法。視覚を操る幻影の魔法だ。

「なかなか、面白い作戦じゃが、冒険者にばれたら終わりぞよ」

 ばあるがニヤリと笑った。俺の意図が分かっているようだ。

「……ばれはしないさ」

 骸の魔女が作り出した幻影は、冒険者の狂気に冷や水を浴びせかけるのに充分であった。

 この幻影を直接攻撃はできないまでも、洞窟中に響き渡る咆哮を上げて威嚇することができた。それだけで中級レベルの冒険者は腰を抜かす。

 突撃しようとした2人の戦士は硬直し、ドルイドの女に促されて一目散に逃げだした。途中で殺されたスカウトの女の子の遺体を抱えての逃走だ。ドラゴンと戦って勝てるとは思っていないから、この判断は正しい。

「ふふふ……TRくん、命拾いしたじゃないか」

 オーガヘッドの奴がそう白々しくしゃべりかけてきた。こいつがスカウトの女の子の死体を使って俺の部屋まで冒険者を誘導したことは間違いない事実だ。オーガヘッドは俺を殺そうとしたのだ。

「てめえ……許さないからな!」

「おや、許さないって大きく出たね。この僕に勝てるとでも思ったのか、この間抜けの大甘野郎め」

「なんだと!」

「お前は全く分かっちゃいないよ。このゲームで生き残るにはしたたかに、そして残酷に振舞わないと生き残れない。そして時にはゲスな行為も厭わないとね。くくく……」

 そう言ってオーガヘッドは最後に意味深に笑った。それは俺に対する侮蔑の笑いだった。

 2番手で侵入してきた冒険者は犠牲を払うことなく、ダンジョンから帰還した。後から思えば、オーガヘッドの戦力なら帰りに待ち伏せして全滅させることもできた。それをしなかった理由は決まっている。

 オーガヘッドは俺のダンジョンを生贄として差し出したということだ。今回の攻防で俺のダンジョンは構造と配置ガーディアン、トラップの種類がほぼ明らかにされてしまったのだ。

 今晩、改造するにもほとんど報酬がない俺にできることは限られていた。

「ああ、こりゃ、明日の晩、死んだね。ご愁傷様……。そして女も同様。困っちゃうなあ。今度はボクが初心者を指導しないとね。フフフ……楽しみ、楽しみ」

 ダンジョンマスターが倒されると4人が全滅しない限り、新しいマスターが誕生する。今日、堕天使が死んだから明日から、新しい犠牲者(ダンジョンマスター)が配置されるであろう。

(そして明後日には俺とSATOさんの代わりに……)

 オーガヘッドは新しいダンジョンマスターたちの上に立ち、気分良くゲームを進めるであろう。場合によっては自分が助かるために仲間を犠牲にして……。

 今晩のゲームが終わった。俺は収支を示す画面を見ながら、ため息をついたが嬉しそうに画面を見ているばあるに正すことを思い出した。

「おい、ばある」

「なんぞよ?」

「どうしてオーガヘッドは5万KPも手に入れたんだよ?」

「聞きたいか?」

「当たり前だろ」

「……聞いても無駄ぞよ。普通の人間には真似ができないぞよ。まあ、お前は……既に……おっと、これ以上は禁則事項ぞよ」

「ばある、どういうことだよ!」

「くくく……」

 ばあるの目は笑っていない。俺は正直、聞くのが恐ろしくなった。だが、それでも聞かないといけない。そうしないと俺は明日、生き残れない気がしたからだ。

「聞かせろ」

「方法は話せるぞよ。それはな……生贄じゃ。自分につながる者の命を捧げるのじゃ。それで5万KPが手に入るぞよ」

「つながる者?」

「オーガヘッドは自分の母親を生贄に捧げたのじゃ」

「は、母親をか!」

 俺の頭は真っ白になった。

「生贄になったものの魂は地獄に落ちるぞよ。そして生まれ変わることはない。未来永劫苦しむことになる。全く、オーガヘッドという奴は悪魔好みの人間ぞよ。おっと、しゃべりすぎたぞよ」

(バ……馬鹿な……そんな酷いことを……)

 オーガヘッドと母親の関係がどんななのかは知らない。それでも自分を生んでくれた存在をゲームのために簡単に差し出せるものなのか。

(人間とは、どれだけ残酷で卑劣になれるのだろうか……)

 俺はオーガヘッドに生贄にされた母親のことを考えると夜も眠れなかった。

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