第30話 堕天使の死

 オーガヘッドのダンジョンは基本一本道だ。それはぐねぐねと曲がりつつ、下り坂となっている。

 昨日はこの下り道を使って油で滑らせたが、コボルトによる集団自決という意表をついた作戦があってこそである。今はスカウトを先頭にして冒険者たちは慎重に歩を進めている。

 ダンジョンマスターが支配するダンジョンは、基本照明がところどころ付いて明るい。

 オーガヘッドのダンジョンも同じだが、昨日、落とし穴とギロチンで一人の冒険者を葬ったエリアからは、ゴツゴツとした岩肌に通路が変わる。

「くくく……今からボクの凄さをわからせてやるからな」

 オーガヘッドは冒険者をどんどんと奥へ誘い込む。そこは小さな体育館ほどの広さの場所。そこからオーガヘッドのROOM10までは100mもない。

 そのエリアに冒険者が入った途端にオーガヘッドは明かりを消した。真っ暗になり、冒険者たちが歩みを止める。

 すぐに僧侶がライトの呪文を唱える。ぼーっと明るくなると冒険者たちは立ちすくんだ。

 そこには巨大なアイアンゴーレム2体とバジリスクが配置されていたのだ。そして無数のゴブリンとオーク戦士が周りを取り囲んでいる。

「おい、ばある……なんでオーガヘッドがあんなガーディアンをもっているんだよ」

 アイアンゴーレムもバジリスクもガーディアンのメニュー表にはなかった。それに見るからに強そうである。

 中級になりかけたような冒険者が倒せるガーディアンではない。

「ああ、オーガヘッドはKPを大量に手に入れたからな。今日の仕入れで手に入れたのだ」

 ばあるの言葉に俺は耳を疑った。(どういうことだ?)

「仕入れって、オーガヘッドが昨日手に入れたのは600KPくらいだったと思うが?」

「ふふふ……あいつはあることをして大量にKPを稼いだのじゃ。アイアンゴーレムは1体2500KP。バジリスクは4600KPじゃ」

「な……桁違いじゃないか!」

「ある方法と言ったじゃろ。それを行って奴は5万KPほど手に入れたのじゃ」

(ある方法……なんでも叶える願いで大量のKPを手に入れたのだろうか)

 疑問に感じることも多かった。もっとばあるに迫って聞き出すこともできたが、オーガヘッドの行動に目が離せない。

「ここで全員殺してもいいけど、ボクには考えがあるんだよね」

 オーガヘッドはガーディアンへの攻撃を命じない。アイアンゴーレムやバジリスクを動かさなくても、ゴブリンやオークの大群を動かせば、冒険者は全滅する。何しろ、ゴブリンは50匹。オークは20匹もいるのだ。

 アイアンゴーレムが動き出した。冒険者たちは為すべくなくその動きをただ呆然と見ていた。

 ガシン!

 とてつもなく鈍い音が響く。振動が伝わってくる。音は離れた俺のROOM9まで聞こえる。

「オーガヘッド、何をしている!」

 俺は思わず叫んでしまった。アイアンゴーレムは、壁を壊しているのだ。分厚い石造りの壁はどんどん崩れ、そしてぽっかりと穴が空いた。

「ふふふ……さあ、冒険者どもよ。逃げるがいい。女に夢中の馬鹿なおっさんを狩るがいい!」

 冒険者たちはその穴めがけて突進する。それしか生きる道はない。穴を出るとそこは堕天使のエリア。しかも堕天使がいるROOM7の目の前である。

「堕天使、冒険者が行ったぞ!」

 俺の叫びは文字に変換される。しかし、堕天使はモニターを見ていなかった。

 オーガヘッドに冒険者たちを押し付け、自分の安全は守れたと思ったこの男は、部屋に連れ込んだカウンセラーのお姉さんをベッドに引き込み、欲望をぶつけていた最中だったのだ。

 ドアノブが乱暴に動き、そしてドアが開いた時に犬のように体勢で果てた堕天使は、恍惚の表情で鎧をまとった戦士を見た。

「あれ、なんでお前らがここにいるんだ?」

 その瞬間、血に染まった。


「堕天使、死んだのか……嘘だろ……」

 俺はモニター画面を見る。ワイプになった小さな画面に堕天使が切り刻まれて殺さていく様子が映し出される。胃から内容物がこみ上げる。

「はははっ……。おっさん、死んだね」

 冷たい文字が打ち出される。

「オ、オーガヘッド~っ!」

 俺は怒りで怒鳴った。文字が変換される。文字になると俺のこみ上げる怒りが全く伝わらない。オーガヘッドの機械的な文字が打たれるのみ。

「戦いの最中に女とよろしくやっているから、死ぬんだよ。これぞ、本当の昇天。ワロス」

「お、お前、わざと冒険者を堕天使のところへ……」

「偶然だよ。アイアンゴーレムのパンチが壁を壊したのは偶然」

「う、嘘つけ……。お前のガーディアンなら冒険者を排除できたろ。なんで堕天使のところへ……」

「……TRとか言ったけ、お前」

「……」

「ボクはムカつく奴は許さない。そして欲しいものは手に入れる。あの堕天使とかいうおっさん、正直、足でまといだろう。お前も内心はそう思っているはずだろ?」

 オーガヘッドの言葉は俺の心に突き刺さる。

 確かに堕天使は下衆な男である。かなわないとわかるとすぐに保身を図る。

 今回も自分の作戦が失敗したと分かるとオーガヘッドのところへ冒険者を誘導した。自分は守りを固めて仲間を助けようとはしない。

 そしてなんでも叶うという願いで、性欲の刷毛口として手に入れたカウンセラーのお姉さんを道ずれにした。

 冒険者は堕天使と一緒にベッドにいたお姉さんも殺したのだ。その前にお姉さんは正気ではなく、心は壊れていたようであったが。

「それでも……それでもだ……。仲間を陥れるなんて最低だ」

「おや、そんなこと言ってもいいのかな……TRくん」

 オーガヘッドは俺を脅迫してきた。

「SATOとかいう役立ず女の運命もボクの心一つで決まるって、知ってるか~?」

「な、貴様、SATOさんのダンジョンも……」

「ボクがこの強力ガーディアン軍団を動かさず、自分の部屋の前だけ守るだけで女は死ぬ。冒険者はボクのダンジョン攻略を諦めて素通りして女のダンジョンへ向かうからな。そうなれば、TRくん。君はどうする?」

 卑怯な質問である。俺の回答を求めている。俺がそれに対してどうすることもできないことを知っていてだ。

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