第29話 堕天使の企み
「SATOさん、います?」
このゲームは、ばあるによれば強制参加である。SATOさんが参加しているのは確実だが、先程から反応がない。
先ほど会ったようなやり手のお姉さんという感じではない。あのお姉さんなら、すぐにこのゲームのコツをかぎ取り、自分の身を守ることはできそうな気はする。
SATOさんと会ったことは、俺の心に余裕をもたらせた。もし、俺のエリアで食い止められなくても、彼女なら自らの身を守る手立てはしているだろう。
「TRくん……わたし……今日もゲームをまともに見てられないの」
「SATOさん、何を言ってるんですか……。そんなことでは友人の敵は取れないですよ。堕天使とオーガヘッドの奴ら、喧嘩しちゃって協力するとかという雰囲気じゃないんですよ」
「……ごめんなさい……TR君が言っている意味が分からない。わたし……心が折れそう」
「SATOさん……」
あまりにも弱々しいSATOさんの言葉。文字だけだから、本当の気持ちは分からない。だが、昨日と同じく弱々しさを感じる。
(おかしい……今日会ったSATOさんと違いすぎるけど)
こんなデスゲームだ。現実世界ではまともでも、ゲームが始まればうつ状態になることはありえる。
堕天使がいい例だ。彼は現実世界では引きこもりのコミュ症だと思われるが、このゲームでは自信満々だ。オーガヘッドのことは知らないが、彼だって2面性があるに違いない。
(それに俺だって……)
現実の俺は空気だ。だが、ゲーム内では自信をもってSATOさんを守っている。不思議と冒険者を殺すことも平然とできる。このゲームは人を狂気で変えるのだ。
「こっちへ来ても無駄だぜ。この落とし穴の列を見ろよ。25mは続く落とし穴。俺様のダンジョンは攻略不可だぜ」
堕天使は昨日の針の床と岩の落下のトラップをやめて、ずっと続く落とし穴のトラップを構築していた。
彼のダンジョンコンセプトは『堅牢』。ハードの面で守りを固めて、冒険者を侵入させないという作戦だ。
「堕天使、その方法は昨日、冒険者たちにバレてるんじゃ?」
俺は心配でそう堕天使に忠告した。この落とし穴の連続は、昨日、堕天使が使った同じ罠。
これでこのトラップを攻略する手段をもたなかった冒険者たちは、オーガヘッドのエリアへと移動したのだ。
「心配は無用だ。昨日よりも穴は長く続いている。何か対策があってもこれは想定外だろう……」
冒険者たちが壁に楔を打ち出した。スカウトの女の子がそれを行い、後から軽戦士が続く。
楔を足場に25mをどんどんと進んでいく。どうやら、この状況に対する準備を万端にしてきたようだ。
「ははははっ……。あんた本当に馬鹿だね。同じ手が通じるわけがないよね」
馬鹿にするオーガヘッドに堕天使は怒り狂う。
「これだけのわけがないじゃないか。落とし穴の最後にはガーディアンの大群が配置してあるさ。コボルト戦士1個小隊にオーガ。壁を伝って来た冒険者なんか、たった3名。この大群の前には歯が立たないさ」
確かに落とし穴が25m先まで続く終わりには、堕天使の所有するガーディアンが総結集している。
楔を足場に壁を伝って行った冒険者はたった3名。渡った瞬間にひねり潰されるはずだ。
だが、火炎の弾がその上陸ポイントへ炸裂した。それは3発着弾し、対岸に集結したガーディアンの群れを混乱に陥れる。それを合図に軽戦士2名が飛び移り、剣を抜いて襲いかかる。
「落とし穴の設置が直線過ぎたね。おっさん、本当に馬鹿。魔法使いのファイアボールの射程距離内だってことに気がついてないようだね」
オーガヘッドの言うとおりである。もっと曲がりくねった通路に配置すれば、きっとこんな展開にはならなかったはずだ。
ガコン……。戦士に続いて上陸したスカウトが、罠を解除した。地面に空いた落とし穴が元に戻る。
ガシン、ガシンと重い鎧の音を立てて、後方にいた重戦士と僧侶、魔法使いが襲いかかってくる。
「ぎゃあああああっ……」
「ぐぎゃあああっ……」
コボルト小隊やオーガ戦士はこの圧倒的な攻撃の前に倒れる。
「畜生、畜生め……まだ、ガーディアンはいる。大丈夫だ、凌げるはずだ!」
「はう……くう……あああん」
堕天使の言葉にヘンな言葉が混じる。
「堕天使、だれか一緒にいるの?」
俺は堕天使のピンチな状況にも関わらず、その違和感に質問しないわけにはいかなかった。
ゲーム中は発した言葉が文字に置き換わる。それはダンジョンマスターには止められない仕組みだ。
「なに、おっさん、女とヤってるの?」
オーガヘッドの言葉には軽蔑が現れている。それは俺も同じだ。堕天使の奴、契約で落としたお姉さんを連れ込んで、またやりまくっていたらしい。それはゲームの最中もやめていない。
「うるせい……。こんな恐怖に打ち勝つには女とやるしかないだろ。死ぬかもしれないという時にこれは最高に気持ちええぜ」
パンパンパン……。
「あんあん……」
嫌な音や嬌声が文字としてモニターに映し出される。
(最低だ……もう狂気を超えて……いる)
この出来事でわかったことがある。夜の9時を超えた時に部屋にいる人間は、一緒に異世界に行くという事実だ。
あのカウンセラーのお姉さんは、堕天使と運命を共にするということになる。
「ううううっ……へへへ……出すもん、出したら冷静になるわ……」
全部のガーディアンが殺されて丸裸にされた堕天使のダンジョン。だが、堕天使は諦めていなかった。ガーディアンを殺して進む冒険者に最後のトラップを発動したのだ。
それは『ワープ』であった。冒険者の一団はそのまま30分前に空間へと移動する時間稼ぎのトラップだ。激しい戦いの後だったので、幸いにもスカウトの少女も気がつかなかった。
30分前は落とし穴のトラップの手前。左へ行けばオーガヘッドのエリア。まっすぐ進めば、堕天使のエリア。
「それ、これで完成だ!」
堕天使は大きな鉄球を1つ落とした。それは最初の落とし穴へ。これは通路を塞ぐ目的だ。
落とし穴へはまった鉄球はそこから動かすことはできず、壁と同じ効果となる。つまり、堕天使のエリアへはいけないということになるのだ。
「へへへ……中学生の坊ちゃんよ。こっちはこれで安全が確定。お前はその強い奴らを相手にしろよ。俺はもう一回、気持ちのいいことして見ていてやるからよ」
そうオーガヘッドに憎まれ口を叩く堕天使。起死回生のトラップでオーガヘッドに冒険者を押し付けたようだ。
オーガヘッドは昨日、容赦ないトラップコンボで1人の冒険者を葬った。それで600KPを手に入れたが、それだけではこの手馴れた冒険者たちは厳しいはずだ。
「そういうことかよ。それならボクの腹は固まったよ。お前は今日、殺すよ。いかがわしいことしやがって。神聖なゲームをなんだと思っているんだ」
オーガヘッドの悪意のある負け惜しみが虚しく響いたと俺はその時思った。
だが、それは信じられない光景を目にするファンファーレに過ぎなかった。
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