第28話 仲間割れ

 殺されたダンジョンマスターはその魂が破壊される。

 よって、こちらの世界では魂のない虚ろな存在になる。

 その存在はダンジョンのゲームが終わる7日間だけは保てるが、7日経てば自ら死んで現実世界の体も滅びるというのだ。

(いい、他のダンジョンマスターにも気をつけて。このゲームは7日間生き残れば、死ぬことはないわ。けれど、それはとても過酷なことよ。味方であるはずの仲間を犠牲にする場面もある。そうでないと生き残れない……)

 SATOさんに家まで送ってもらい、俺は自分の部屋で炭酸の虚ろな姿を思い出して、吐き気を催した。

 思わず、トイレに駆け込んで吐く。SATOさんの友達はこのゲームに参加して炭酸と同じような目にあったそうだ。

 それでSATOさんは独自に調べを進めた。炭酸の居場所を突き止め、そして俺に会いに来た。

「いい……他のダンジョンマスターは敵と思った方がいいわ」

「でも、みんなで力を合わせればそれだけ冒険者を撃退することができるのでは?」

「甘いわね……。たかがSNSで知り合っただけの関係。友達とも言えぬその関係で、死地を乗り越えられると思っているの?」

 俺は言葉が出なかった。例え、親友同士であっても、恋人同士や親子であっても自分が生き残るために強力な助け合い精神ができるであろうか。

 あのゲームは人間の本心を暴くところにあるように思える。

 そして今回のようにたかがSNSで知り合った関係など、薄氷の上に乗っている状態と同じだ。

 匿名の人間の生死など誰も気にしない。自分が生き残れるならボタン一つで実行する。

 SATOさんの友人という人も、他のダンジョンマスターに見捨てられたという。

 そしてSATOさんは真相を解明するために、このゲームに飛び込んだというのだ。

「ということは、俺とSATOさんは同盟と思っていいですか?」

 別れ際に俺はそうSATOさんに聞いた。SATOさんは静かに頷いた。

 4日目。今日を乗り切れば、あと3日である。そして現状は最悪であった。

 堕天使とオーガヘッドの仲は完全に決裂していた。ゲームする前から罵倒の応酬である。

「クソガキが、お前なんか助けを求めても絶対に助けてなんかやらないからな」

「おっさん、実力もないのに大口を叩くなよ。助けるどころか、てめえは僕が殺す」

「クソガキが、童貞のくせになめるなよ!」

「おっさんもこのゲームする前は童貞だったくせに。なんでも願いが叶うと聞いて、脱童貞なんて痛い、痛すぎてワロス」

「うっせい、やれればいいんだよ。大人の怖さを教えてやる」

 凄まじい口喧嘩、いや、チャットで喧嘩である。お互いに罵り、汚い言葉で侮辱する。そして最後は殺すの応酬である。

 オーガヘッドは自称中学生というが、30過ぎの引きこもりニートの堕天使と対等にやり合っている。第3者的に見ると似通った人間とも言える。


「ケケッ。ダンジョンマスター同士が喧嘩をする。いい傾向じゃのう」

 いつの間にか、悪魔ばあるが俺の背後に現れた。

 パタパタと黒い羽を動かし、目をキョロキョロさせて嬉しそうである。俺はこのゲームに引き込んだ張本人のこの幼女悪魔の狙いが分かってきた。

 SATOさんが話していた。この悪魔ばあるの狙いは人間の魂。異世界の人間をダンジョンマスターに仕立て上げ、冒険者を殺してその魂を奪うことが目的だという。

 そしてそれはダンジョンマスターであってもいい。悪魔ばあるにとっては、どっちが勝っても負けても利益になるのだ。

「イタタタっ……何をするのじゃ」

 俺は振り返ってばあるの頬をつねる。

「お前の魂胆は分かったさ。お前の狙いは人間の魂……」

「ククク……」

 ばあるは頬をつねられながらも、不敵に笑った。

「当たり前じゃ。あちきは悪魔じゃ。悪魔は人間の魂を集めるものじゃ」

「そしてその魂は冒険者であっても、ダンジョンマスターであっても関係ない」

「……それは否定しないのじゃが、あちきは基本的に7,3でダンジョンマスターの味方ぞよ。ダンジョンマスターの方が多くの魂をあちきにくれるからのう」

「それが本当であってほしいと俺は思うね」

 俺はダンジョンに侵入した冒険者を確認する。

 これまではモニターに示される基本データだけで対応してきたが、オーガヘッドを見習い、偵察コウモリを放って情報収集をしている。

 これは昨日、オーガヘッドから学んだ方法だ。

 チームが機能しているのなら、こんなことをせず、オーガヘッドから知らせてもらえば済む話であるが、彼も堕天使も信頼に値しない。

 下手すると偽情報を掴まされる可能性だってある。

「ケケッ……お前はSATOと称する女と会ったそうじゃのう」

「なぜ知っている?」

「わちきは悪魔じゃ。その悪魔の忠告じゃ。女は恐ろしいぞよ」

「ああ、わかっているよ」

 俺はばあるの頭をコツンと拳で叩いた。

 この幼女の姿をした悪魔を恐ろしくて油断がならないと思っている。

「ククク……分かっているのならよいのじゃ。ほれ、今宵の死刑執行人が来たぞよ……それとも死刑囚かのう……。立場を変えるのはお互いの力のみぞよ」

(わかっているさ……。そして、今日の冒険者が昨日よりも強いこともな)

俺はモニターに映し出される映像に集中する。

侵入してきたのは全身にフルプレートアーマーを着込んだ重戦士1名と革鎧を着た軽装の戦士2名。

 それにスカウトと魔法使い、僧侶の6名だ。昨日のメンバーに殺された戦士を補充した形だ。

(スカウトと魔法使い、僧侶は昨日、ダンジョンから脱出した奴らだな)

 昨日は負傷して命からがら逃げたはずなのに、もうピンピンしてダンジョンに臨んでいる。

 魔法で傷を治したのであろうが、昨日の今日では性急すぎる。

 こちらと異世界は時間の流れが違うのかもしれない。

(まあ、ゲームらしいといえばゲームらしいけど……)

 ゲームの中ならダンジョンから撤退しても、直ぐにHPを回復して再挑戦する。

 今やっているゲームは、あまりにリアル過ぎて違和感があるのだ。実際なら充分休んでから、再挑戦するはずだ。

 仲間の戦士3名が即死するという悲惨な光景を目にしたはずなのに、それすら感じさせないのだ。

「オラオラ、冒険者どもよ、来られるものなら来てみろよ!」

 オーガヘッドのとの口論で興奮状態の堕天使は、冒険者たちを挑発する。

 冒険者たちは、昨日諦めた堕天使のエリアを探索すると決めたようだ。よって、まずは俺の方には来ない。少しだけ安心するが、監視だけは怠っていない。


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