第27話 脱落者の運命

 その日の夕方。授業が終わり、俺は自宅へと急いでいた。今日も夜になるとデスゲームが始まる。

 昨日は堕天使とオーガヘッドが喧嘩別れをしている。あのままでは互いの足を引っ張り合いが始まる。そうなれば2人とも殺されてしまう。

 それに巻き込まれれば俺自身も不利になる。とにかく、ダンジョンマスターは協力し合わないと生き残れないのだ。

「TR君?」

 駅で俺はそう呼びかけられて、振り返った。

 駅前の交差点。高級な輸入車のドアがゆっくりと開く。タイトなスーツスカートから足を揃えて地面に降り立つ。

 こんな高いヒールでよく運転できたななどと思うまもなく、その女性は見事なプロポーションを俺の前に晒した。

「あ、あなたは?」

 20代後半かなとも思える落ち着いた雰囲気の知的な女性である。弁護士か公認会計士でもやっていそうな雰囲気がある。

「あなたに……話したいことがあるの……あのゲームのことで……」

 そう女性は俺に話しかけた。ブランド物のサングラスを取ると色っぽい目を俺に向ける。そして助手席に乗るように親指でクイクイと合図した。

 信号がまもなく青に変わりそうである。

 全く知らない人間に車に乗れと言われたら、普通は警戒して乗らないものだが、俺はこの女性が誰だかおおよそ分かったので、頷いて助手席のドアを開けた。

 車はスっと動き出し、駅から10分ほど離れた港の駐車場へと滑り込む。太陽が沈み、海がキラキラと輝いている。

「あ、あの……SATOさん……ですよね?」

 車が止まってから俺はそう思い切って聞いてみた。TRという俺のハンドルネーム。そしてゲームのことを知っていることから、この女性は一緒にゲームをしている『SATOさん』に違いないと思ったのだ。

 SATOさんは自称銀行員。年回りも俺が想像していたものと同じである。


「そ、そうよ……」

 SATOさんはそう答えたが、若干、俺の出方を伺っているようだ。そこで俺は自己紹介をする。

「TRこと渡辺徹です。この通り、高校生をやっています。初めまして、SATOさん……」

 俺の自己紹介にSATOさんは口元を緩めた。

「……SATOこと、西村亜弓(にしむらあゆみ)です……。外資系の株式ディーラーをしているわ」

 ディーラーとは、株式の売買をする仕事だ。一瞬の取引で数億円を動かすこともある。高級な外車を乗りまわしているのだから、この職業は納得がいった。だが、俺は少しだけ違和感を覚えた。

 SNSでやり取りをしていたSATOさん像とは微妙にずれている。それに株式ディーラーという仕事について詳しくはないが、目の前の西村を名乗る女性がそのような仕事をしているようには何となく思えなかったのだ。

「本名は西村さんでしたか……」

「ゲームじゃ普通、本名は名乗らないわ。SATOって名前なら、日本で2番目に多い名前でしょ?」

「ですよね~」

 西村さんは俺の反応に笑う。若干、その笑顔にさらに違和感を覚えたのだが、ゲームのSATOさんが俺を探し出して、会いに来たと俺は単純に思った。

 しかし、どうやって捜し出したのかは深く考えなかった。SNSで得た断片的に得た情報から割り出すことは簡単ではないはずだ。

「西村さん、よく俺のことが分かりましたね?」

「TRくん。リアルでも私たちの関係はSNSつながりの中だけ。私は渡辺くんのことをTRくんと呼ぶから、あなたもSATOさんと呼んで……」

「あ、はい……SATOさん」

「うふふ……。あなたのこれまでの会話を分析すれば、おおよそリアルは予想つくわ。それで禁じ手とは思ったけど、背に腹は変えられなくて今日、会いに来たの……」

「そういうことですか……」

 また違和感を覚える。会話から分析するだけで、自分を見つけ出すことができるのだろうか。

 もしかしたら、会話の中で不用意に高校の名前を口にしたのかもしれない。そこの2年生であることまで分かれば、特定することも可能だろう。

 しかしSATOさんはあのダンジョンのゲームが始まって以来、ふさぎ込んだ感じでゲームには参加していない。

 悪魔ばあるによって、無理やり参加させられているから、モニター画面は見なくてはいけないのだろうが。

 SATOさんのダンジョンに侵入するには、俺のダンジョンを突破するほかなく、幸いにも俺はこのお姉さんを守っている形になっている。

「ねえ、私はちょっとあのゲームのことを調べているの。あのゲームのログインアドレスって不思議じゃない?」

「そうなんですか……?」

 SATOさんがあのゲームについて調べているとは意外だった。ゲーム中では弱々しく守ってあげたくなるキャラである。

 目の前のSATOさんはしっかりしたお姉さんという感じなのだ。これが俺の感じる違和感の源泉である。これまでの会話とのギャップに俺は少し戸惑っていた。

(まあ、実際とゲームの中じゃ人格が変わるということもあるからな)

 そう考えて俺はこの違和感をスルーした。今はわざわざ俺に会いに来たという展開に向き合った方がよい。

「ねえ、TRくん。あのゲームのログインアドレス、今、分かる?」

 そうSATOさんは聞いてきた。長いアドレスなんて頭じゃ覚えられないが、スマホには記録してある。パソコンだけでなくSNSはスマホで確認できるからだ。

「分かりますけど、SATOさんのスマホからも分かるはずですけど」

「ええ。今は私用のじゃないの。会社から支給されたものだから……ちょっと、ここへ送って。この会社の携帯のアドレスよ」

 そう言ってSATOさんは自分の携帯のメールアドレスを俺に教える。俺は疑問にも思わず、ゲームのアドレスを送った。

 送ったアドレスをSATOさんは食い入るように見ている。そして、俺にある画面を見せた。そこにはアドレスの数字が微妙に違う文字列が並んでいる。

「これは私の知り合いが参加したゲームのアドレス。今はログインできないけど、かつてはここからゲームに参加できたらしいの……」

「……ということは、あのダンジョンのゲーム。他にも参加した人がいるというわけ?」

「そうよ。私の友人がそうだった……らしいの」

 SATOさんの顔が曇る。その友人というがどうなったか想像する。

「ふ~ん……で、SATOさんに聞きたいのだけど、その友人さんはどうなっちゃったの?」

「それは……口で説明するよりも実際に見た方がいいわね。ここへ来たのもあなたにあのダンジョンのゲームに参加した者の末路を見せるため」

 そう言うとSATOさんは車から降りた。俺も降りる。まもなく、日が完全に落ちて暗くなる。港の街灯がぼーっと淡い光を放っていた。

「あそこよ……」

 俺はSATOさんが指差す方向を見た。海に向かって木製ベンチがいくつか置いてある。そこに白地の薄汚れたTシャツとGパンという格好の男が座っているのが見えた。

 日が暮れると肌寒い季節だ。そんな格好で座っているのが異様に思えた。そして、近づいてその男の顔を見て俺は驚いた。

 いや、驚いたというより、危なくチビってしまいそうになった。あの衝撃的な光景で見た顔と同じである。

「た、炭酸……死んでいなかったのか!」

 ベンチに座っていたのは、一緒にゲームをしていたハンドルネーム『炭酸』。自称、ラノベ作家の中年男性だ。あのダンジョンのゲームで2日目に冒険者に首を打ち落とされて死んだ男だ。

「よ、よかった……やっぱり、あの光景はゲームの中だけってことだったんですね。炭酸、俺です、TRです」

 俺はたたずんでいる炭酸に駆け寄り、そう話しかけたが、炭酸は振り向きもしない。ただ1点。海をぼーっと見つめているだけである。

「炭酸、どうしたのですか、具合でも悪いのですか?」

「無駄よ……」

 SATOさんの言葉が人気のない港の公園に虚しく響いた。吐く息がわずかに白い。気温がぐんぐんと下がってきているのだ。

「無駄って……SATOさん、どういうことですか?」

「あのゲームで冒険者に殺されるとこうなるの。魂が殺されて本体はこのとおり、生ける屍になるの」

「生ける屍……」

「生きていて動けるけど、意識はない。ただ、フラフラと行動するだけ。生前、よく行っていた場所とかに行くみたいね。炭酸……本名は加地泰三(かちたいぞう)。この公園で作品の構想を練るのが日課だったみたい」

 俺は虚ろな目で海を見つめる炭酸を見る。その姿はあまりにも哀れである。時折、(ううう……)とうめき声を出すからまるでゾンビみたいである。

「あのゲームで殺されるとみんなこうなるの?」

 俺はSATOさんに聞いてみた。SATOさんは友だちの経験からあのゲームについて調べ、そして、炭酸の居場所まで突き止めたのだ。まだ、知っていることはありそうだ。

「ゲームが行われている7日間はこういう状態だわ。けど、7日間が終われば……」

「終われば?」

「100%死ぬ。自分から命を絶つの……それは絶対に止められない」

「……ほ、本当ですか……」

 俺は目の前が真っ黒になった。腰の力が抜けてその場に崩れ落ちた。

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