第26話 鬼頭母子の狂騒
3日目が終わった。オーガヘッドのおかげで中級の冒険者の侵入を防ぐことができた。俺のエリアには踏み込んでこなかったので、結果的には購入した罠やガーディアンは使用しなかった。このことは、俺に少しの安心感を生み出した。
(もしかしたら、このまま7日間を過ごすことができるんじゃないか?)
そんな甘い気持ちも芽生えてきたが、俺は慌てて否定してダンジョンの準備を進めた。明日はどうなるかの保障はないのだ。
それに逃げた冒険者は、その経験を活かしてより強い冒険者となって、このダンジョンへと挑んでくるに違いがない。
(それにしてもオーガヘッドの奴、初めてにしては凄いな。きっと、ゲームばかりしているゲーム中毒の中学生なんだろうが……)
アスモさんが来た初日の参加ということで、強力なトラップやガーディアンが買える環境にあったこと。
そして、これも後からばあるから聞いたことだが、ダンジョン3日目ということでオーガヘッドには、第1日目から150KPが与えられたらしい。
自分たちのように50KPだけなら確実に殺されていただろう。1日経過するとやってくる冒険者は強くなる。
初心者で放り込まれれば、非常に不利だから初期設定のKPが増えるということであろう。悪魔ばあるにしては、良心的である。
<現在の俺のトラップとガーディアン>
ジャイアント2 アースドラゴン1 オーク戦士1 ウィル・オー・ウィスプ2
スライム3
酸の沼1 岩石1 油床1 ネイキッド1 ナビゲーションワープ1
アンチダイエット1 動く壁1
これに本日、ゲットした100KPを使ってスケルトンメイジ1とリザードマン2体を購入した。
そして早速、錬成釜を使って改造する。俺は購入したメニュー画面から、スケルトンメイジとリザードマン1体を幸運の石と一緒に錬成釜アイコンにドラックして重ねる。
画面がしばらく光ってメッセージが出た。
『骸の魔女』ができました。
灰色のローヴを身に付けたやせ細った女の姿のガーディアンだ。顔は頭蓋骨だけ。ぽっかりと開いた眼孔が黒く不気味である。
(骸の魔女……なんだか強そうなガーディアンだな)
「おい、ばある。このガーディアンの能力はなんだ?」
「……補助系魔法のエキスパートじゃ。だが、詳しいことは経験から学ぶべきじゃぞ」
ばあるの奴、急に冷たいことを言い始めた。
「ちゃんと教えろよ」
「3日が経過するまでは、チュートリアルということで教えてきたが、今からは4日目。あまり教えてはスリルがないじゃろう」
「スリルなんていらないのですけど!」
「ケケッ……。これはわちきの意地悪ではないのじゃ。このゲームの決まりみたいなもの。概要は教えるがそれ以上はもう教えん。特にお前のチート能力は現在のダンジョンではオーバースキルじゃからな」
ばあるの奴、うまいことを言っているが、これは俺たちダンジョンマスターにとっては大きな痛手だ。トラップやガーディアンの基本情報だけで配置をしなくてはならないからだ。
(ゲームを始めるときは、親切設計だが始まったら不親切設計のクソゲーかよ!)
とにかく、俺は明日の攻防に備えてダンジョンに配置する罠とガーディアンについて、長い時間考えた。
*
翌日。鬼頭の件で学校へは行きたくなかったが、麻生さんのことが気になった俺は学校へ向かった。
学校には鬼頭の母親所有の輸入車が朝から止まっている。今日も朝も早くから、先生たちへの嫌がらせをするのであろう。
麻生さんも今日は元気に学校へ出てきていた。教室で俺を見ると一瞬だけニコッと微笑んだ。それを見ただけで、俺は昨日の出来事を思い出して心の中がウキウキした。
鬼頭についての悩みを聞いただけなのであるが、なんだか麻生さんと俺だけの秘密を共有したことがそうさせたと思う。
始業時間が始まるとともに、教室がざわついた。鬼頭の奴が教室に入ってきたのだ。昨日の出来事があったにも関わらず、鬼頭の奴は何事もなかったように目があったクラスメイトにどうでもいい話を一方的にしている。
話しかけられた男子は、まるで腫れものにでも触るかのように接している。無理もない下手するといじめをしたと名指しされかねないのだ。
その鬼頭が俺を見た。そして、つかつかと近づいてくる。俺は緊張した。なぜか知らないが、この男がいじめをしたと名指ししたリストに俺の名前を入れやがったのだ。
「ふん……お前、調子乗るのもあと数日だからな。ククク……」
俺と目を合わせることもなく、すれ違いざまにそんなことを喋った鬼頭。何のことだか、俺には分からない。
俺は振り返って、鬼頭の肩に手をかけた。鬼頭は俺を睨む。これ以上ないくらい、恨みを込めた目だ。俺は正直戸惑う。ここまで奴に恨まれるようなことはしていない。
「ど、どういうことだよ?」
「しらばくれるなよ。ボクの大好きな麻生ちゃんは渡さないからな!」
小声であるが異様な早口でそう鬼頭が話す。俺は何がなんだか分からない。確かに昨日は麻生さんと一緒に帰った。ミックバーガーでコーヒーを一緒に飲んだ。でも、それはあくまでも鬼頭に濡れ衣を着せられたという被害者同士の会話である。俺が麻生さんと付き合うわけでもないのに、そんな言い方は筋違いというものだ。
「お前、何言ってるんだよ。意味が分からない……」
「意味が分からないのはボクの方さ。でも、お前はあと数日で泣き叫ぶさ。悔しがらせてやるからな」
意味が分からないことを叫ぶ鬼頭。俺とのやりとりを伺っていたクラスメイトのうち、濡れ衣を着せられた3人の男子が鬼頭のところへ近づいてきた。かなり怒っている表情だ。
「おい、鬼頭」
「お前、言いがかりも程があるだろうが!」
「いつ俺たちがお前をいじめたんだよ?」
鬼頭を取り囲む男子。鬼頭はヘラヘラと笑っている。
「なに笑ってるんだよ!」
「お前、いじめが原因で不登校になったんじゃないのかよ?」
クスクスと笑い始めた鬼頭。口元が醜く歪む。
「不登校?」
3人の男子をチラチラと見ながら、鬼頭は平然と言ってのけた。
「ここのところ、ゲームに集中しすぎて眠かっただけだよ。それで学校休むと親が心配するだろう。だから、いじめられているので学校行きたくないって言っただけだよ」
「な、なんだって!」
教室がざわつく。そりゃそうだ。ある程度は予想していたけど、まさか本人の口から真相が語られるとは思わなかった。
「そうしたらママがいじめた奴は誰だって言うから、適当に名前を言っただけさ。ちょっと、最近、むかつく奴は意図的に入れたけど」
「てめえ!」
男子の一人、小林が鬼頭に殴りかかろうとした。だが、その拳は必死にしがみついた美少女によって阻まれた。麻生さんだ。
「やめて、小林君!」
「あああああっ!」
そこへ偶然にも現れたのは鬼頭の母親。朝から校長室へ押しかけ、散々に怒鳴り散らしていたのだが、息子のことが気になって教室へやって来たのだ。それを止めようと担任の中村先生と教頭先生が一緒にいる。
「いじめの現場だわ、現行犯よ!」
カン高い声が鳴り響く。鬼頭の母親はもはや、怒髪天をついた感じの鬼の形相。小林に体当りすると、今度は麻生さんの胸ぐらをつかんであろうことか平手打ちをしたのだ。
地面に倒れる麻生さん。クラスのみんなは凍りつく。中村先生が麻生さんに駆け寄り、教頭先生が鬼頭の母親の腕を抑える。
そうしないと、麻生さんがさらに暴行を受けかねない。だが、それで余計に母親は逆上する。
「それ見たことか、いじめなんかはないってあなたたちは言いましたよね。すべて嘘。やっぱり、隠蔽だった」
「お母さん、落ち着いてください」
教頭先生がそうなだめるが、怒りの温度はどんどんと沸騰する。見た絵面は、クラスみんなで鬼頭を吊るし上げしていたようにも取れる。実際は全く違うが、悪意があればそうとしか見えないだろう。
パーン!
この修羅場に甲高い破裂音が響いた。一瞬で時間が止まった。
鬼頭だ。鬼頭が母親の頬を叩いたのだ。
「な、なぜ……やっくん、これはどういうこと……」
ショックで呆然とする母親。鬼頭はそんな母親を見下したように冷たい視線を向ける。
「このクソばばあ……よくもボクの彼女を殴ったな、許さない……」
鬼頭の野郎、麻生さんを彼女なんて言いやがった。そのまま、教室の扉を乱暴に開けて飛び出して行った。3秒後、フリーズから体が解放された母親が、鬼頭の名前を叫んで後を追っていく。
(今日のところは一件落着だけど……こりゃ、この後の展開はとんでもないぞ)
解決の糸口は見てこない閉塞感が、誰もが感じていた。理不尽にも頬を叩かれた麻生さんの心のダメージは相当なものだろう。
その日は重苦しく授業を終えて、みんな黙って帰宅した。麻生さんは保健室へ行ってから、そのまま早退したらしい。あの後にまともに授業なんてできないだろう。
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