第25話 オーガヘッド
「オーガヘッド、君のところへ行ったぞ」
俺はそう本日から加わったニューメンバーに話しかける。先程から何も喋らず、黙っていたオーガヘッドは沈黙している。無数の落とし穴で堕天使のダンジョンを諦めた冒険者たちは、まっすぐに進むのをやめて右へと進路を取ったのだ。
そこはオーガヘッドの支配するエリアである。
「オーガヘッドくん、備えは大丈夫?」
今日から仲間に加わった初心者。この状況に戸惑っていると次々と冒険者に侵入される。
俺はそう聞いてみた。オーガヘッドは自称俺より1つ年下の中学校3年生だ。炭酸のように殺されて欲しくないと心底思う。
「ふふふん……そういうことね。このゲーム、仲間同士で助け合うと見せかけて、こうやって仲間に敵を押し付けるということもできるんだ」
オーガヘッドがそうつぶやいた。その言葉にはどこか余裕があるように俺には思えた。だが、オーガヘッドは今日から加わったダンジョンマスター。最初の資金は少ないから、罠もガーディアンも大したことはないはずだ。
冒険者たちはオーガヘッドのダンジョンを進む。オーガヘッドのダンジョンは単純である。一本道がぐねぐねと曲がっているだけだ。
「オーガヘッドくん、どんどん近づいてきているぞ。何か策は?」
先程からオーガヘッドは俺の問には答えていない。この中学生、人の言葉を聞こうとせず、自分のペースでしか思考できない奴みたいだ。
だが少し間を置いてからオーガヘッドが答えた。
「心配ないよ。こいつら、全部、ボクが殺すから。これまで様々なゲームをやりこんできたボクにとってはチョロイよ」
やがてオーガヘッドのダンジョンを進んでいた冒険者たちが立ち止まった。なぜなら、通路の先にコボルトが10匹、ずらずらと歩いて進んでくるのだ。いよいよ、戦闘だと冒険者たちは身構える。
だが、10匹のコボルトたちは思いがけない行動を起こしたのだ。10匹は剣を抜くとその場で自らの首を切り、絶命したのだ。
動けない。冒険者たちは動けない。そりゃそうだ。自分たちを攻撃してこようとしたコボルトが目の前で自殺したのだ。
バタバタと倒れたコボルトたちを呆然と見守った冒険者たちは、地面から油が染み出してきたことに気づくのが遅れた。
足を一歩進めた時にずるりと滑る。そして転倒。曲がりくねった道は傾斜がついていた。それは坂道。滑った体はズルズルと進む。進んだ先には落とし穴があった。
「きああああああっ……」
一人が落ちた。先頭を歩いていたスカウトの女の子である。
かろうじて穴へ落ちるのを免れた他のメンバーは、穴を避けて道の縁へと移動する。だが、そこには壁から発射される矢の雨が降る。
次々と矢の攻撃を受けて負傷する冒険者たち。それでも鉄の鎧をがっちりと着た戦士1名はこの罠を突破した。
鎧に無数の矢は刺さってはいるが。魔法使いと僧侶は矢傷を受けてその場に座り込んでいる。2名の戦士はそこに残った。鎧に矢は刺さらないが、仲間の救護を優先したのであろう。1名の戦士は偵察に進んだと見るべきだ。
「一人、進みやがったな。諦めればいいのにぶっ殺す!」
オーガヘッドのトラップコンボは続く。矢の雨を免れた戦士1名は、通路の先に直径25m×15mの広い場所に出た。
真ん中まで進んだところで、オーガヘッドは落とし穴を発動する。それは冒険者たちが乗っているフロアではなく、その周りをぐるりと囲むエリア。自分たちが歩く床ではなかったため、戦士は油断していた。
(こいつ、ゲームをやり込んでいる……)
俺はオーガヘッドの巧みなトラップ配置に舌を巻いた。罠を冒険者に直接発動させるのではなく、じわりと周りから攻めて行動の選択肢を狭めてから、致命的な罠を仕掛ける方法に感心する。これ系のゲームを散々やってこなければできないレベルである。
しかも、オーガヘッドは今日から参加したダンジョンマスター。レベル的に昨日よりも3段階は強い冒険者相手に初期配置の弱い罠を組み合わせることで、排除できるくらいの罠へと昇格させているのだ。
「ふふふ……落とし穴は落とすだけが使い方じゃないさ。これを囮にして冒険者どもの選択を減らす……」
周りが落とし穴で行けないとなると、戦士は動けない。動けないから立ちすくむ。そこへ動く壁が2つ現れる。
ずずずず……。
それは人間が一人入れるくらいの空間をあけて動く。冒険者は、その狭い空間に縦に並んでやり過ごす。動く壁では冒険者を殺せない。
(オーガヘッドの奴……容赦ないな……)
俺はこの勝負、オーガヘッドの完勝だと確信した。戦士は動く壁をうまくかわしたと安心している。逆に強固な壁に挟まれて敵の攻撃を受けないと思い込んでいる。
「残念でした~っ」
オーガヘッドの小憎たらしいほどのコメントがモニター画面に書き込まれる。ギロチンが落ちてきた。それは動く壁と壁の間に落ちる。
戦士は有無を言わさず真っ二つになった。ギロチンという罠は使いどころが非常に難しいが、ヒットすれば防御力無視の即死トラップである。今回のように冒険者の逃げるスペースを完全に消せば、これほど効果的なトラップはない。
「おいおい、お前らこんな弱い敵に今までビビってたのか?」
1人の冒険者を葬ったオーガヘッドは得意満面でそう答えた。俺も堕天使も呆然としていた。この自称年下の中学生は、昨日よりはるかに高い冒険者パーティを初期配置の弱いトラップだけで全滅させたのだ。
「お前、すげえ奴だな」
そう堕天使はオーガヘッドのことを素直に褒めた。俺も心の中ではそう思ったが、声には出さない。なぜなら、オーガヘッドに違和感を覚えたからだ。
(コイツは……なんだか嫌な予感がする)
そしてその予感は的中する。
「先にこのゲームに参加している先輩とかいっても、完全に素人ジャン。明日から、ボクがリーダーだよな」
オーガヘッドがそう偉そうにコメントをしてきた。完全に上から目線である。元々、年上に対して経緯を払うような奴ではなかったが、今の戦闘で自信をもったのだろう。
「おいおい、一応、俺が年上だからリーダーは俺だろ?」
モニターの文字に堕天使の言葉が踊る。少しおどけて冗談めかしているところが、堕天使らしい。年上だがずっと引きこもりニートの堕天使がリーダーとか言っているのは、ネットだからであろうか。
(そもそも、このゲームにリーダーとかいるのか……いや、よく考えればリーダーの戦略に合わせてダンジョンマスター4人が力を合わせれば生き残れるかも知れない)
ちょっと腹ただしいが、オーガヘッドの腕を見る限り、こういうゲーム巧者に力を発揮してもらうのは悪い話ではない。
「はん……ふざけんなよ。ボクに敵を押し付けたくせに……堕天使とか言ったよな。お前は許さないからな。今日からボクの下僕にならなきゃ、お前は明日死刑だ」
「うるせい……ガキがなめんなよ!」
堕天使とオーガヘッドが喧嘩をし始めた。これはいただけない。それよりも俺は重要なことに気づいた。冒険者のうち、最初に負傷させた僧侶と魔法使いが消えている。
いや、それだけではない。穴に落ちたはずのスカウトの女の子が、ロープを使って穴から這い出てきた。どうやら、穴に落ちる瞬間にカギ爪付きのロープを放って落下を免れたらしい。
(おいおい、5名も逃したのか?)
オーガヘッドはまだこのダンジョンの仕組みを知らない。冒険者を取り逃がすと次に来るパーティに情報が伝わり、こちらが不利になるのだ。
俺はそのことを話そうとしたが、オーガヘッドと堕天使の言い争いは収まらない。こんな険悪な雰囲気で明日は生き残れるのであろうか。
堕天使 0 チームボーナス200KP
TR 0 チームボーナス50KP
SATO 0 チームボーナス50KP獲得
オーガヘッド KILL1 300KP獲得 チームボーナス300KP
今日はオーガヘッドの独壇場であった。しかし、冒険者たちは慎重で用心深く行動した。一人を失いつつも冷静に撤退をしていったのだ。
オール(戦士)……ギロチンに斬られて死亡
バルド(戦士)……仲間と共に撤退
ズー(戦士)……仲間と共に撤退
ナイトハルト(魔法使い)……矢傷を受けて負傷。脱出
ビル(僧侶)……矢傷を受けて負傷。脱出
アイリ(スカウト) 穴に落ちるが無傷 脱出
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