第17話 冒険者サイド 1人目

 ダンジョンの入口には冒険者ギルドの管理人が既に待機している。ここで許可証を見せないと入れないのだ。

 当然、出るときもここでチェックを受ける。ダンジョンで得た宝物の半分はギルドに差し出さないといけないからだ。

 最初に持ち物を申告し、それを確認する。まるで外国旅行をするような手続きを経て、やっとダンジョンへ入れるのだ。

「まずは直進して分かれ道を左に行く。分かれ道まではガーディアンは配置されていない」

「そうとも限らんぞ。ダンジョンは毎回、変化するというからな」

 リーダーのエインはそう地図をもった僧侶のハインリッヒに忠告する。これまで幾度かダンジョンを潜ったが、一つとして同じダンジョンはなかった。

 通路などの地形は変わらないが中のトラップの配置やガーディアンの位置はそれこそ毎回のように変わるのが常であったからだ。

「それでも天井から岩が落ちてくるトラップの存在は分かる。天井に何か変わったことがあれば警戒しないといけないぞ」

 そうハインリッヒは警告する。こういう場合、パーティに罠の察知能力が高い職業の人間がいると安心なのだが、生憎、このパーティにはいない。

 シーフやスカウトなどのトラップのスペシャリストは、ダンジョン攻略には必須のために引っ張りだこで、滅多に仲間には加わらないのだ。

「今のところ、何もない。そろそろ、分かれ道だな」

 道は間もなく三叉路になった。既に作戦会議をしているから、迷わず左に行く。炭酸のエリアだが、そんなことはもちろん知らない。

「お、あれを見てください!」

 年少の戦士、クルスがそう指を指した。その人差し指の先には違和感のある天井に向けられている。何が違和感かというと、天井の一部が蜃気楼にように歪んで見えるのだ。

「あれは確実に罠があるな」

 ベテラン戦士ルードである。ダンジョンマスターが仕掛けるトラップは、魔法で偽装されている。

 そういう場合には、仕掛けられた場所がゆがんで見えるのだ。レベルの低いトラップほど歪みが大きく見えて発見されやすくなるのだ。

「岩だな。間違いない」

 指を指す戦士ルード。魔法使いのゲルドは明かりの灯された杖を掲げて、通路の先を見る。暗がりの中に広い空間があるのが予想された。

「その先は広間になってそうだ。臭いな。間違いなくゴブリンが待ち伏せている」

「情報と全く同じだ。ダンジョンマスターの奴、なめやがって!」

 リーダーのエインは、今日はついていると思った。事前情報と全く同じとは、ダンジョンマスターがダンジョンの改造をサボったという幸運に巡り会えたのだ。

「クルス、そこの足を接触させるとトラップが発動する。おそらく、天井から岩が落ちてくる類のものだろう」

「なるほど。エインさん、俺が作動させていいですか?」

 新米の戦士クルスはそう言うと、パーティ全体に下がるように右手で指示を出す。そして、自分は天井を見ながら、そのエリアに入る。

「お!」

 岩が姿を現す。その瞬間、クルスは思いっきり後方へ跳躍した。岩がクルスの居た場所へ落ちる。

 鈍い音がダンジョンの壁に跳ね返った。大きな丸い岩が通路を塞ぐ格好になったが、誰も怪我をしていない。

「まあ、よくあるトラップだな。狙いはパーティの分断が80%。運がよければ、岩にあたって大ダメージ。即死もわずかだがありえるトラップだ」

 僧侶のハインリッヒ。落ちてきた岩を両手でさすり、次の一手を考えるリーダーのエイン。

「転がせる。この岩を転がして次の部屋で武器として使おう」

「いいアイデアだ。岩があったということは、次の部屋には情報どおり、ゴブリンの大群がいるんだろう。岩でぶっ殺す」

 戦士のクルス、ベテラン戦士ルード。リーダーのエインと僧侶のハインリッヒが押す。

 大きな岩は丸い形をしたので、動き始めると力を加えたのとは反対側へゆっくりと転がり始めた。

「そりゃ!」

 一度エネルギーを得て動き出した岩は、そのエネルギーを使って更にエネルギーを再生産する。

 少し傾斜になっていた為に、岩は真っ直ぐに部屋の中心目掛けて転がりだした。そして、そこにはゴブリン戦士が25匹待機していた。

「ギャーギャー」

 ゴブリン戦士は粗末な革の胸当てを身につけた程度のガーディアン。知能も低いので目の前の状況に対処できない。何匹かが転がる岩に巻き込まれる。

「行くぞ!」

 戦士の3人が突入する。残ったゴブリンを切り伏せる。リーダーのエインが持つバスタードソード。

 ベテラン戦士ルードの巨大な戦斧。若いクルスはロングソードと盾を駆使して慎重に戦う。

 僧侶のハインリヒと魔法使いのゲルドが加勢する必要を感じることなく、部屋の制圧を完了した。ご苦労なことに追加で現れたゴブリンもルードの戦斧で各個撃破する。

「大したことないな。やはり、カテゴリー1のダンジョンは美味しい」

「油断するなよ、ルード。この程度で終わるとは思えない」

 リーダーのエインはそうたしなめたが、このエリアに関しては楽だと感じていた。 

 特にトラップらしきものはないし、ガーディアンも弱い。いくらかの金貨の入った箱を見つけて、十分に投資を回収することができた。

 今はダンジョンマスターの首を求めて、エリアの奥深くへ探索を続けている。

「暗いな……。エイン、そろそろ、何かあるかもしれない」

 魔法使いのゲルドがマップを見ながら、そうリーダーに忠告する。ここまでガーディアンもいなく、またカテゴリー1のダンジョンならば、そろそろ、ダンジョンマスターのいるROOMが近いはずである。地図を見ながらエインは指を指した。

「うむ。この先は広くなっていそうだ。ガーディアンの総攻撃か、トラップがあるかもしれない」

「まあ、それが定石だろうな。ハインリッヒ、一応、あのフォーメーションをやっておくか」

 魔法使いのゲルドはそう言ってハインリッヒに目配せをする。僧侶は他の仲間の顔を見回して頷いた。そして自ら使える神聖魔法の呪文を唱える。

「……神の偉大なる慈悲をもって、我の存在を消し去ることを……」

 神聖魔法の一つ『気配消し』は、術者の存在を気薄にして発見されにくくする魔法である。

 追われているときに物陰に隠れてこの魔法を使えば、敵から発見されにくくなる。これを使って物陰に隠れ、敵の様子を伺うのだ。

(なぜなら、戦闘において魔法使いの魔法を警戒するのは戦術の基本)

 部屋に現れたオーク戦士。ガーディアン的にはさほど強いわけではないが、ここまで出てきたゴブリン戦士よりも体格がよく、また装備も十分な敵である。

 戦士3人がかりなら倒せる敵ではあるが、今の自分たちの能力だと無傷では倒せない。安全に倒すなら、魔法の出番だろう。

 そして魔法使いゲルドが炎の魔法の詠唱に入ったとき、予想通り、物陰に隠れていたゴブリン戦士が背後に現れた。

 強力な攻撃魔法をもっている魔法使いへの攻撃。これは十分予想されたことなのだ。

「こうも簡単だと拍子抜けしてしまうな」

 手にメイスでゴブリンを一撃で潰すハインリッヒ。『気配消し』で後方に控えていた彼は、魔法使いへの攻撃をしようとした敵を作戦どおりに葬った。後方から不意打ちされては、ゴブリンごときではどうしようもない。

 魔法使いから炎の魔法が放たれて、炎に包まれるオーク戦士。3人の戦士の同時攻撃に為すすべもなく倒れる。

 ダンジョンマスターの最後の抵抗というべき戦闘も、呆気なく冒険者側の勝利に終わる。

「よし、これでROOMまでいける。みんな、用意はいいか!」

「ダンジョンマスター討伐は初めてだ、興奮するぜ!」

 ROOMと書かれた扉に手をかけるリーダーのエイン。ベテラン戦士のルードは愛用の戦斧の刃を舌で舐める。

 これで憎きダンジョンマスターの首を刎ねるのだ。ここのダンジョンマスターは、1人を殺し、一人に重症を負わしている。容赦する必要はない。

 ドアを一斉に開けると不思議な光景が5人の目に飛び込んだ。

 光る箱の目に座る変な格好の男が一人。メガネをかけて驚いたようにこちらを見ている。

 周りには透明の瓶のようなものが散乱している。紙くずやら食器みたいなものが転がる部屋。正直、汚い。

「あ、こんにちは……。俺は……ちょ、剣は閉まって、話せば分かるから……」

 そう男は両手を前につき出して広げた。手のひらを左右に激しく振る。

 変な男だとエインは思ったが、これもダンジョンマスターの作戦かもしれない。

 容赦なく狩らねばこちらの命が危ない。エインは無言でバスタードソードを薙ぎ払った。

 広げた両手が手首から飛ぶ。血しぶきが天井まで飛び散る。

「うああああああっ……斬られた……痛い……死ぬ……嫌だ、これは夢だろ」

 手首から先のない自分の手を見て、ダンジョンマスターの男は泣き叫ぶ。エインの背後からルードが無言で戦斧を横一線に振る。

「うぎゃああああああっ……」

 首が飛んだ。無造作に髪を掴み、部屋にあった小さなテーブルに置くルード。

「やったぞ! ダンジョンマスター、討ち取った~っ」

「攻撃してきませんでしたね。意外でした……」

 そう経験の浅いクルスが剣を腰に収める。仲間は戦利品がないか部屋を物色しているが、大したものはなそうだ。

 光る箱を持っていこうとしたがつないでいた線が切れると光が消えてしまった。重いし、価値がなさそうなので持っていかないことにする。

「これなら、もう1エリア探索できそうだ。どうする、エイン」

「そうだな……」

 エインはそう尋ねた僧侶ハインリッヒの顔を見、他の仲間の様子をぐるりと観察した。疲れた様子もない。

 ダンジョンマスターを打倒した戦果だけでも十分だが、ここはさらに利益を追求するべきだという考えに傾いていた。

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