第12話  1人目の処刑

 やがて、自称銀行員のSATOさんが参加する。モニターに表示された人数が4人になった。

「こんばんは」

「こんばんはー」

 挨拶する俺を含むメンバー。そして、時計に針が21時に達する。

「うっ……」

 急にめまいがする。部屋がグルグルと回転し、俺は思わず目を閉じた。昨日と同じだ。

「ケケッ……。嘘と偽りのダンジョンの開幕ぞよ」

「わっ! びっくりした~」

 いつの間にか隣に幼女悪魔が姿を現す。突然出るからちょっと怖い。

「ばある、お前、今までどこにいたんだ?」

「21時までは魔界におるぞよ」

 そう黒い羽をパタパタさせて『ばある』はニヤニヤしている。もはや、こいつが人間でないことは間違いない。

 そして今から始まるゲームもただのゲームではない。まだいろいろと謎はあるが、人殺しのゲームに違いないのだ。

『冒険者が侵入しました』

 モニターにそう表示がされる。俺は画面の端に映し出される映像を見る。

 本日の侵入者は5人。モニターには侵入者の情報が記される。昨日はあまり表示がなかったが、今日は『戦士3』『魔法使い1』『僧侶1』とある。

「今日は戦士が3人もいるぞよ。攻撃力があるぞよ」

「装備も昨日よりは性能がよさそうだ」

 画面で見る限り、革鎧らしきものを着けた昨日の冒険者より、銀色に輝く鎧を着けている分、強そうに見える。

「鉄の盾に鉄の鎧を装備。レベルは普通の冒険者ぞな」

「普通って、昨日の奴の何倍の能力があるんだよ」

「およそ3倍ぞよ」

(3倍……。いきなりかよ……)

 俺の背中に冷たいものが走る。入ってはいけない場所へ踏み込んだ。そんな気がしてならない。

 しかし、炭酸と堕天使は危機感が全くない。呑気な口調で会話をしてくる。

「そんなもの関係ないさ。さっさと5人殺してゲーム終了。明日は銀行で金をもらうぜ。うっひょー」

「炭酸師匠、少しはこっちへ回してくださいよね」

「うるせー。お前は腰痛いんだろう。ここは俺に任せなさない!」

 勝手に盛り上がっている炭酸のおっさんと堕天使。

 俺はそんな2人を無視して、冒険者5人の動きを注視する。5人とも、迷わず最初の分かれ道を左に曲がる。

 まるで道を知っているかのような動きだ。左は『炭酸』のおっさんが支配するエリア。

 最初の関門は落ちてくる岩石。これで最低ひとりの冒険者を殺し、パーティを分断し、孤立した者をゴブリンの大群で殺すのだ。

 炭酸のおっさんが言うゴブリンワールドである。

「はい、一人、地獄行き~っ」

 先頭の戦士が岩石エリアに足を踏み込む。だが、踏み込んだ途端にバックステップをして後方に下がる。その動きに翻弄された炭酸は、タイミングが合わず、岩を落としてしまう。ゴトンと虚しく地面に落ちる大きな丸い岩。

「ちくしょうめ!」

 落ちた岩は道を塞ぐが、冒険者5人がそれを押す。元々、丸い岩はその力で通路を転がりだした。転がった先はゴブリンが大量配置された部屋。ゴロンゴロンと転がる大きな岩。

「ギャーッ!」

 転がる大きな岩に踏み潰されるゴブリンたち。この部屋には25体のゴブリンが配置されていたが、巨大な岩で20体ほどが虚しく殺された。

「くそ! 近くにいるガーディアンを向かわせる」

 炭酸のおっさんが焦っている。モニター画面を見ると部屋から出る通路がTの字になっており、その両側にいたガーディアンが部屋へと移動するよう命令されて、進んでいくのが見える。

 だが、その前に部屋に残っていたゴブリン5体が3人の戦士によって殺される。ゴブリンの戦闘力では、普通の冒険者に対しては数がなければ歯が立たない。

「炭酸、まずい。戦力の逐次投入になってます」

 俺は思わず叫んだ。5体のゴブリンが血祭りに挙げられたあと、2体のゴブリンが部屋に侵入したのだ。殺されに行くようなものである。これなら通路の隅に隠れて、不意打ちした方が効果的である。

「ギャーギャー」

 部屋に侵入した2匹のゴブリンも2人の戦士に一刀両断される。

「ちょ、ちょ、やばい」

 まだ余裕あるような『炭酸』のおっさんの文字だが、状況は悪い。炭酸は最初の50KPでほとんどガーディアンを購入していた。トラップがないので、ダンジョンに変化がない。力押しされるとどうにもならない。

 冒険者達は、部屋を出ると右に曲がる。そこにもゴブリン2体がいたがたちまちに血祭りになる。

 炭酸の右エリアはさらに二手に分かれていたが、そこにはトラップもガーディアンもいない。

 昨日稼いだKPで強化しておけばよかったのに、全部をお金に変えてしまったから貧弱なままなのだ。

「このままじゃ、やばくありません?」

「援軍を出しましょうか、師匠?」

 俺と堕天使はそう申し出る。堕天使は師匠とか言ってる時点でまだ危機感を感じていない。それは当の炭酸のおっさんも同様であった。

 まだどこかでこれは普通のゲームだと思っているようだ。『ばある』のような悪魔幼女が現れてもどこか信じていないようだ。

「心配ご無用。切り札はちゃんと用意してある」

 炭酸のおっさんの余裕のあるコメントの文字がモニターに映し出される。

 冒険者たちは宝箱を手に入れると部屋に戻り、さらに左エリアへと足を進める。そこには炭酸のおっさんの部屋に通じている『ROOM6』がある。

 冒険者たちの足が早くなる。目的であるダンジョンマスターのいる部屋に近づいたことを本能的に感じたのであろう。

 モニターで見ると部屋のある最終エリアまで進んでいる。

「まずいですよ」

 俺はそう言葉を発する。すぐに言葉が文字となり、モニターに表示される。

「大丈夫だよ~ん」

 炭酸はガーディアンを出撃させた。切り札である『オーク戦士』。10KPで手に入る初期メニューにあった中では最強クラスのガーディアンだ。

「こいつのレベルは3。ベテラン冒険者と互角レベル」

 モニターで見る限り、オーク戦士は強そうだ。身の丈は2m近くあるし、体つきはプロレスラーと同じ筋肉の塊。そして右手には巨大な斧。それを振り回す。冒険者たちは立ちすくんでいる。

「炭酸、魔法がある。魔法使いを何とかしないと!」

 3人の戦士がジリジリ下がりながらも盾で威嚇し、後方の魔法使いに時間を稼いでやっているように俺には見えた。この状態だと攻撃魔法を使われる可能性がある。

「そこらへんは、抜かりありません」

 炭酸のおっさんはそう言うと、後方に隠れさせていた2体のゴブリンを動かした。 

 最初から後方の魔法使いをこれで倒そうとしていたらしい。いくらレベル3の魔法使いといえ、ゴブリン2体の直接攻撃を食らっては無事では済まない。

「まず、魔法使いを殺す。そして、オーク戦士で戦士どもを蹴散らす!」

「うひょー。さすが、師匠、頭脳プレイ」

 今から始まる殺戮ショーに興奮気味の堕天使。だが、頭脳プレイは冒険者たちの方であった。

「そういえば、炭酸。冒険者は全員で5人だった。一人いない!」

「え、そうだったかな?」

 僧侶だ。銀の盾を持った僧侶がいない。

「あっ! 後ろに!」

 俺は叫んだ。僧侶がゴブリンの後ろに現れた。罠にかかったのはゴブリン共であった。

 いかつい体をした僧侶は、身につけた胸当て越しにも相当な体力の持ち主と思われた。手にした武器はモーニングスター。それをブンブンと振り回し、2体のゴブリンを殴打する。

「グギャー」

「へぶし!」

 あっさりと倒されるゴブリン。さらに魔法使いの呪文の詠唱が終わった。繰り出された武器は炎の玉。2つの火の玉がオーク戦士に襲いかかる。

「ウガアアアアアッ……」

 炎に体が焼かれるオーク戦士。3人の戦士が一斉に襲いかかる。

 一人は腹を突き刺し、一人は片腕腕を切り落とし、最後の一人は喉をえぐった。この攻撃にさすがのオーク戦士もどうっと倒れる。

「そ、そんな、馬鹿な!」

「ど、どうするよ、師匠」

「え、援軍だ。すぐにガーディアンをよこせ!」

 慌てて叫ぶ炭酸のおっさん。オーク戦士を倒した冒険者がROOM6に近づく。モニターからも分かる。

「おい、音がする! 足音がする。ヒタヒタと近づいてくる」

「嘘だろ、炭酸のおっさん、逃げろ!」

「やばい、ドアノブが動いた」

「師匠、鍵はないのか?」

「ない……。というか、あるのに意味がない。やば、ドアが開いた」

「嘘だろ、中に入ってきたのか!」

「あ、こんにちは……。俺は……ちょ、剣は閉まって、話せば分かるから……」

 炭酸のおっさんが話したことがリアルタイムで文字に打ち出される。

 モニターには5人の冒険者が『炭酸』のいるROOM6に侵入。端の画像には炭酸の部屋が映し出される。

 6畳ほどの和室。万年床と大人の雑誌が乱雑に散らばっている部屋。

 炭酸のハンドルネームのとおり、炭酸飲料のペットボトルが林立する座卓。

「うああああああっ……斬られた……痛い……死ぬ……嫌だ、これは夢だろ」

「炭酸……!」

「マジかよ……師匠!」

「うぎゃああああああっ……」

 それは文字であったが、耳には壮絶な音として届いた。俺は吐き気を催した。

 殺された。

 間違いなく殺された。

 画像には炭酸は映っていないが、布団や畳に鮮血が付着している、そして、おぞましいものが座卓に置かれた。


 それは……。初めて見る炭酸の素顔。

 首から下はなかった。

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