第10話 1日目終了

「わあああああっ……」

 岩で分断された魔法使いの方は、戦士の断末魔の叫びを聞いて、驚いたように来た道を戻り始めた。

 重傷で身動きができない仲間まで見捨てて酷いと思ったが、あの巨大な岩を排除するのは一人ではどうにもならないだろう。

 ちなみに重傷を負った戦士は、ずりずりと体を引きずりながらも、出口に向かって退却し始めた。

 この戦士に対して、『炭酸』もとどめを刺す手段はなかったらしく、逃げるに任せるしかなかったようだ。ガーディアンで追撃したくても、通路は岩で塞がれている。

「おいおい、この魔法使い、俺のところへ来たよ~ん」

 惨殺される戦士を笑う『炭酸』のおっさんと同様、『堕天使』も神経がどこかおかしい。

 逃げる魔法使いの動きをウキウキと追っていたようだ。魔法使いは来た道を帰らず、左へ曲がってしまった。

 パニックで間違えたのだ。戻るなら十字路を右であった。

 まっすぐなら俺のダンジョン。左なら『堕天使』のダンジョンである。

「うっ……ククク……きたーっ!」

 堕天使の声も俺の耳にリアルに届くかのようなリアルな文字が目に飛び込む。

「矢の雨を受けてみろw」

 堕天使の作ったダンジョンの侵入口。

 最初の通路の両側に『矢の出る壁』が仕込まれていた。

 それが4エリア続いている。

 堕天使は、矢の出る壁を4つも仕入れたらしい。最初の50KPのうち、40KPもはたいて買ったのだ。

「吾輩のウォールアロー回廊は誰も突破できないと断言しよう!」

 シュバシュバッ……。壁の両側から矢が飛び出す。最初の矢は右のこめかみから左へ突き抜けた。

 あまりにスムーズに突き刺さったので、魔法使いの男はさらに数歩進む。

「はい~っ。はりねずみちゃんの完成~」

 『堕天使』の操作で、走る魔法使いに次々と矢が突き刺さる。魔法使いの男は血を噴き出し、全身ハリネズミのようになってバタリと倒れた。

「うっ……」

 あまりに凄惨な場面に俺は絶句した。またしても気分が悪くなる。ゲームにしてはエグい。それに冒険者の姿もまるで本物の人間みたいである。

「ヒャッホー、どうだい!

 大喜びをする『堕天使』。この凄惨な光景を喜びに変えられる神経が理解できない。

「やりますね~。堕天使殿」

「いやいや、炭酸氏には負けますよ」

『炭酸』のおっさんの褒め言葉に謙遜する堕天使。確かに侵入者3人を簡単に排除することができた。

 だが、俺はなんだか気分は優れない。死んだ冒険者の断末魔の悲鳴が耳に残る。

 何だか心が騒ぐ。やってはいけないことをしてしまった気分。正確には俺は何もしていないのだが、加担したという罪悪感が残る。

「これってゲームなんでしょうか?」

 俺は思わず呟いた。その言葉が正確にモニターに映し出される。

「はあん?」

「何言ってるんだよ、TRちゃん。ゲームに決まってるじゃん」

「だけど、『炭酸』のおっさんも『堕天使』さんもこれは普通のゲームじゃないことを知ってるんでしょ?」

 彼らにも自分と同じように悪魔を名乗るものが、このゲームの指南をしているはずだ。

 自分には、『ばある』がやってきたが、『炭酸』のおっさんや『堕天使』、SATOさんにも同じようなのが現れているはずだ。これは単なるゲームではないのである。

「不思議だよな、何というか、超リアルっていうの?」

「そうだよな。『ばある』ちゃんは可愛いよな」

「え?」

  俺は思わず尋ねた。『ばある』の奴、『炭酸』や『堕天使』のところにも現れているらしい。同時に現れることができるのであろうか。

「でもいいじゃん。冒険者をぶっ殺すだけで報酬がもらえるなんて最高だぜ」

「俺、一度でいいからダンジョンマスターになってみたかったんだよな」

 そう炭酸と堕天使は呑気なことを言っている。これが単なるゲームではないことを知っての言葉だ。俺には理解ができない。

「人を殺すみたいで、私は嫌。こんなのゲームじゃないわ」

 ずっと沈黙を保っていたSATOさんがそう会話に入ってきた。今までずっと様子を見ていたのであろう。

 このゲームに参加したはいいが、戸惑いで今まで何もできなかったみたいだ。

「SATOさんのところにも、『ばある』は来たの?」

 俺は素朴な疑問をぶつける。SATOさんは「うん」と頷いた。画面に文字が刻まれる。

(あの悪魔幼女、同時に4箇所にいけるらしい。それが同じ『ばある』なのか、それとも違う個体なのかは定かではないが……)

「まあ、どちらにしてもこんなに簡単ならやらなきゃ損だぜ」

 モニターの端に『炭酸』の戦果が表示されている。『KILL2』と表示されている。2人の戦士を殺したからであろう。『堕天使』には『KILL1』と表示がある。 

 俺とSATOさんは0のままだ。そして、画面に終了という文字が現れた。次に報酬という文字が現れ、それぞれの名前の表示の横に数字が記されている。


炭酸 獲得KP 90KP チームボーナス  35KP

堕天使 獲得KP 50KP チームボーナス 35KP

TR 獲得KP 0KP チームボーナス 35KP

SATO   獲得KP 0KP チームボーナス 35KP


 どうやら、初級冒険者を殺すと一人につき、50KPらしい。一人に逃げられたが大ダメージを与えたためか、40KPが『炭酸』に与えられている。チームボーナスは3人を撃退した獲得ポイントを4等分したと思われる。

「ケケッ……。初戦の勝利おめでとうぞな」

 俺は後ろから話しかけられてちょっとビビった。いつの間にか姿を消していた悪魔幼女が現れたのだ。

 意地悪そうな八重歯が覗いている。冒険者を撃退したことが嬉しいのだろう。

「これで終わりなのか?」

「今晩は終わりぞな」

「今晩って?」

「これを七晩続けるぞな。それが契約ぞな」

「マジかよ、というか、そういうルールだったわ」

「わちきに言わせれば、たった7日間で願いを叶えてもらえるぞよ。破格の契約ぞな」

「この調子で7日経てば、俺たちは解放されるんだよな?」

「それは間違いないぞよ」

 4人でダンジョンに侵入する冒険者を7日間撃退する。これでこの不気味なゲームとはおさらばできるのだ。

「お主、得たKPでダンジョンを強化するか、換金するか申すぞよ。換金なら1KPが1000円ぞよ」

 冒険者一人を殺して50KP。ということは、命の値段は5万円ということになる。なんと安い命であろうか。

 そういえば、俺たちが最初に与えられたKPは50だった。何か意味があるのだろうか。

 ちなみに、画面で死んだ戦士の情報が掲示された。どんな敵か最初は不明であったが、死ぬと情報が更新されるらしい。


 戦士ゴードン レベル1 ゴブリンの大群に切り刻まれて死亡

 戦士オルソン レベル1 巨大な岩に潰されて大怪我。逃亡

 魔法使い ソルス レベル1 矢に体中を刺されて死亡


「クククク……。なんだ、こりゃ!」

「殺した奴の情報って、誰得?」

「そりゃ、やった奴の得だろ」

「ひゃはーっ」

 殺した冒険者の死因が公開されている。『炭酸』のおっさんと『堕天使』はこれだけでも盛り上がっているが、俺からするとこれも趣味の悪い演出だと思う。

 殺した相手に名前があるということは、手を下した方としては普通とても嫌なことなのだ。


 俺は今回、何もしていないがチームボーナスで35KPをもらっている。

 これは最初に『ばある』がくれた50KPより少ないが、さらにガーディアンかトラップを買い足せる。俺は『ばある』の方を見て要求をする。

「ダンジョンを強化する。メニューを見せろよ」

「ケケッ。お主は浮かれていないぞな。ちょっと見所があるぞな」

 俺は浮かれない。このおかしなゲームの正体は、きっと恐ろしいものに違いない。

「ばある、お前はこのゲームが7日間続くと言ったな」

「言ったぞな」

「7日間もこんなに楽なわけがないだろう。そうだろう、ばある?」

「ケケッ……」

 ばあるはムカつく笑い声を出したが、それ以上は何も言わなかった。

 差し出された初期装備のメニューを俺は受け取る。この不思議なゲームは、夢でも幻でもない。

 部屋につながったダンジョンで異世界の人間を殺しまくるゲームなのだ。

(とにかく、獲得したKPを消費してダンジョンを強化しよう。明日も同じ程度なら楽勝であるが、普通、こういう展開だと徐々に侵入してくる敵は強くなると考えたほうがいい)

 俺はそう考えて、トラップとガーディアンをいくつか買い足した。メニューには新しいトラップとガーディアンが加わっていた。


【新しく加わったガーディアン】

ブラックバット 人を襲うコウモリ レベル2 4KP

スライム    液体のような生物 レベル2 4KP

オーガ     鬼の姿をした巨人 レベル5 100KP


【新しく加わったトラップ】

酸の泥 酸でやけどをさせる 5KP

爆発  吹き飛ばす     100KP

マグネット 強力な磁力でくっつく 20KP

振り子   左右に動く大きな刃物 50KP


「なんか、使えないよな。オーガって高すぎないか?」

「初期のレベルではかなり強いモンスターぞな」

「うむ……」

 俺は少し考えた。手に入れたKPは35KPだ。買えるものは限られている。俺は熟考して落とし穴と酸の泥のトラップとスライムを3匹ほど購入したのだった。

「ちなみの使ったトラップやガーディアンは1日経つと復活するぞな」

「それは助かるな」

「トラップの位置の変更もできるぞよ。但し、ダンジョンの形は変えられないぞよ」

「なるほど。1日たったら、トラップの位置も変えた方がいいわけだな」

「ククク……。お主は鋭い。勝ち誇っている馬鹿どもよりよほど使える」

 なんだか偉そうな『ばある』。俺はこの幼女悪魔がかなり腹黒キャラだと認定した。

 そしてこいつは悪魔らしく、プレーヤーたる俺たちに何かを隠している。

「それでは今晩は終わりぞよ」

 俺が準備を終えると『ばある』は可愛い口を大きくかけてあくびをした。

 年齢は1000歳を超えているそうだが、見た目は幼女。こんな遅くまで起きていたら眠いのだろう。

 俺はそう思って部屋の時計を見る。

(あれ? これはどういうことだ?)

 時間は9時3分。確か、このゲームに参加したのは9時であった。

 あれから『ばある』が現れ、説明を聞き、ダンジョンを強化して侵入した敵を排除した。時間的に軽く2時間以上経過した感覚だ。

(それがたったの3分?)

 これは不思議である。それに部屋の雰囲気も違う。窓には街の照明の明かりが映っているし、部屋にドアも普通に開いた。

 もちろん、部屋の外はダンジョンではない。普通の家の廊下である。まるで先程までのことが夢であったかのように思える。

 だが、夢ではないことも確信している。パソコンのモニターには、自分が支配するダンジョンの地図が表示されているからだ。

 そして、仲間とのSNSも機能していた。SATOさんはそのまま、連絡が取れなかったのだが、『炭酸』のおっさんと『堕天使』とは情報交換ができた。

 炭酸は『ばある』に金を要求したらしい。俺のようにゲームに関する要求は1日目から聞き届けられるが、炭酸のように現実世界に対する要求は次の日になる。

 明日になると願いはかなうとのことだが、どうやって売れない作家の炭酸が大金を得るのであろうか。

 さらに堕天使さんは脱童貞。これも『ばある』に言わせれば、明日中に達成できるという。

 どうすれば、そんなことができるのか見ものである。まあ、こんな話は女性のSATOさんがいてはできないのであるが、過去ログを見ればバレてしまうだろう。最後に女性に知られたくない部分は削除した。

 俺の場合はあのダンジョンのゲーム内で最強になること。それに関しては、与えられたチート能力合成の成果はまだ試せてない。

 ばあるに言わせるとかなり強いというトラップ『ネイキッド』もまだ発動することはできなかったが、明日以降、試せる時が来るだろう。

 ちなみにこの願いは保留もできる。生き延びれば2日目の後でも3日目の後でも、7日目の後でもいいらしい。

 そこまで考える余裕があればであるが。

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