第9話 トラップ『ゴブリンワールド』

「何だ、これ?」

「ケケッ、驚いたぞよ! これはすごいトラップぞな。効果だけならA級といってもよかろうぞな」

 『ネイキッド』はトラップの中でも高レベルの属するものの一つ。10m四方のエリア1個に存在する敵の武装を全て引き剥がす。発動条件は床への接触である。

「武装を引き剥がすって、そんなに極悪か?」

 極悪というのは一撃で即死するとか、爆死するとかだと思う。だが、ばあるは意地悪そうに上目遣いでパチパチとまぶたを動かした。

「ケケッ……。ダンジョン奥深くで丸裸にされたらどうなるぞよ」

「ああ、なるほど……」

(確かに極悪だ。考えようによってはこれ以上残酷なトラップはないだろう)

 これはいいトラップを合成することができた。ベーシック素材からこのA級ランクのトラップが合成できるはずもなく、ネックハンキングをしてゲットしたラッキーストーンのおかげであろう。

「そろそろ、時間ぞよ。ダンジョンは4人のマスターの部屋が落とされたら、崩壊するぞよ。4人で協力して戦うぞよ」

 そう言ってばあるは俺の背中越しに画面を見る。30という数字が表示される。それが29,28と1秒ずつ少なくなっていく。

「おい、協力と言うけど、具体的にどうするのだよ?」

「お主の持っているガーディアンやトラップは、許可を得れば、仲間の支配するエリアにも配置できるぞよ。ただ、仲間を守り過ぎると自分がやばくなる。そのあたりは上手にやらないといけないぞよ」

「基本は自分中心だけど、余裕があればってことでいいのか?」

「ケケッ……それがいいと思うぞよ」

 ついに数字が0になった。ゲームが開始されたようだ。画面に大きな文字が表示された。


侵入者が現れました


「おっ! 始まったな」

「さて、どいつからぶっ殺しますか?」

「……」

『炭酸』のおっさんと『堕天使』も動き出した。SATOさんは動きがない。静観しているのか、戸惑っているのか。

 彼女のことだ。巻き込まれてしまって悩んでいるに違いない。

「SATOさん、大丈夫ですか?」

 俺はそうマイクに向かって話しかけた。それが正確に文字に変換されていく。SATOさんも同じであろう。パソコンのモニターに文字が現れる。

「怖いよ……TR君」

「大丈夫ですよ。幸い、SATOさんの担当エリアは俺のエリアを通らないといけないようですから」

「……ありがとう。TR君」

 SATOさんのダンジョンを見てみたが、ダメージを与える落とし穴が所々にあるだけで、ガーディアンも配置されていない。

 混乱して十分な準備ができなかったのであろう。

 ゲームが始まって気がついたのだが、喋ったことが画面に自動に打ち出される。これはSNS『コネクター』と同じ仕様だ。ゲーム自体がコネクターとリンクしている感じである。

 いちいち、キーボードを叩かなくていいのだが、不用意なことをしゃべることができないのが困る。文字として残ってしまうのだ。これはある意味、危険だ。

 画面のモニターに冒険者が3名入口から進んでくるのが分かった。モニターには小窓がいくつも映し出されている。

 指でちょんとつついて指定し、広げれば自在に大きくなる。これにより、侵入してくる冒険者をあらゆる角度から見ることができる。

(戦士が2人に魔法使いっぽいのが一人……)

 冒険者の情報はまだ分からない。画面の端に侵入者というアイコンがあるので、それをタッチすると新しくウィンドウが開く。

 だが、今は何も書かれていない。情報がないのであろう。冒険者はゆっくりと進んでいく。最初の十字路は俺と『炭酸』、『堕天使』のエリアへの分かれ道だ。

 右へ行くと『炭酸』のエリア。真っ直ぐだと『堕天使』のエリア。左へ行くと俺の管轄だ。先ほど言ったようにSATOさんのエリアは俺のエリアの隣に配置されている。 

 俺のエリアを一部通らないとSATOさんの担当エリアへは行けない。奇しくも、俺がSATOさんを守る格好になっている。

「来い来い~。うい~ぐぷ」

 炭酸のおっさんがそんなことをつぶやいている。たぶん、今、炭酸ジュース飲んでゲップをしながら画面を見ているに違いない。

「俺の方へ来~い。即ぶっ殺すw」

 堕天使もテンションが上がっている。画面に映る冒険者は3人とも男。装備は見ただけで貧弱。

 革の胸当てに安そうなローブ。レベルは分からないが、間違いなく初心者であると思われた。おっかなびっくりな感じでゆっくりと進んでくる姿から強そうには見えない。

「はい~っ。こっちへ来ましたよ~」

 冒険者たちは右へ曲がった。『炭酸』のエリアだ。俺の方へ来なくてよかったと思ったが、この先、どうなるかと思うと、自分の方へ来て欲しかったという気持ちも僅かにあった。

 一応、自分のエリアの防御は今持っている装備の範囲内では完璧である。

「はい、はい、はい~っ。狭い通路を進んで来るとまずこの一撃~っw」

 冒険者は『炭酸』の支配エリアの狭い通路を進む。

 それは5m幅の通路。40mほど続く。その先はエリア30×30の広さの部屋だ。その部屋に一人の戦士が入った瞬間、天井から巨大な岩が落ちてきた。2番目の戦士の頭上である。

「うあああああっ~」

 巨大な岩が一人の戦士目掛けて落ちてくる。戦士は慌てて後ろへ飛び退くが、体に当たって吹き飛んだ。

 壁に当たって倒れる。血がどっと地面に流れる。殺せはしなかったが、重傷を与えたことは間違いない。

 初期の岩のトラップはゆっくりと落ちてくるため、気がつかれて回避される確率が高い。

 よってダメージを与えればよい方で、即死までの効果はない。それでもダメージを視覚的に表すと悲惨だ。片方の足と左手はぐにゃりと曲がり、痛みで転げまわる戦士も哀れな姿に俺は思わず目をそらした。

(これ本当にゲームか? リアルすぎるぞ……)

「ひゃっほう!」

「やりましたな~炭酸氏」

 大喜びする『炭酸』のおっさんと『堕天使』。SATOさんはずっと黙っているし、俺も戦士が岩に潰される様を見て気分が悪くなった。

 ゲーム画面とはいえ、ちょっと生々しい。まるで実物みたいにリアルで気持ち悪いのだ。

「まだまだですぞ。このわしがダンジョンゲームの真髄を教えてしんぜよう」

「師匠~w」

 盛り上がっている2人。確かに、『炭酸』のおっさんのトラップは、ただ一人の戦士を戦闘不能に追いやっただけではない。

 岩が通路を塞ぎ、最初に入った戦士と最後尾の魔法使いとを分断したのだ。

「ククク……。そして、ここでわしが繰り出すのは~」

「なんですか、なんですか~」

 芝居がかったような『炭酸』のおっさんのセリフが画面に文字で打ち出される。それを煽る『堕天使』。

「必殺、ゴブリンワールド!」

 部屋には武装したゴブリン戦士の小隊が待ち受けていたのだ。ゴブリン1匹でビギナー冒険者一人分の力があるという。レベル2設定である。

 部屋に飛び込んだ戦士はそれよりも強かったが、あくまでもゴブリンと1対1の時のみ。今は25体が一斉に襲いかかってくる。

(あれ……ゴブリン小隊のゴブリン……装備がバラバラだな)

 俺は炭酸のゴブリン小隊を見て気が付いた。ショートソードに盾をを持っている奴もいるが、腰蓑だけで錆びたナイフを持っている奴に金属製のナイフならまだしもただの木の棒を持っている奴までと装備がバラバラである。

「おい、ばある。ゴブリン小隊の装備がバラバラだが?」

「当然ぞよ。ゴブリン小隊は25体で20KP。ゴブリン戦士は1体で2KPぞよ。本来なら50KPはかかるのが半額セールなのは、その分訳ありぞよ」

「訳ありって、粗悪品だろ!」

 俺は買い物にも気を付けなければと思った。

 装備が粗悪なゴブリンや明らかに年寄りで動きが悪いゴブリンも混じって入るが、主力の10体ほどはちゃんとしたゴブリン戦士だ。

 炭酸の命令に従って、集団で一斉にゴブリンが襲い掛かれば、勝つに決まっている。

 がむしゃらに剣を振る戦士。ゴブリンたちはじわじわと近づいていく。

 数的には圧倒的。そして部屋の隅に追い詰めた状態。初心者の戦士では万が一にも生きて出ることができないだろう。

「ぐああああああっ……」

 剣でねじ伏せようとした名も無き戦士は、2匹のゴブリンを切り伏せたが、あと23体の繰り出す武器の前に倒れた。

 武装も革の胸当て程度で、ゴブリンの執拗な攻撃の前に体力を削られたのだ。

「ひゃあ、はっはは!」

 炭酸の笑い声が画面に印字される。文字の勢いが実際の笑い声をリアルに俺に伝える。

 ゲームとは言え、ゴブリンたちに串刺しにされる戦士を見て笑える神経が信じられない。

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