第8話  チート能力

「で、お主の願いはなんだ。今、迷って決められないのなら、明日でもいいぞ。」

 ばあるはパタパタと黒い羽を動かして空中を浮遊している。なんだか不思議な感じがする。

 俺は少し考えた。明日でもいいのなら、じっくり考えてもよかったが、それをすることはやめた方がいいような気がした。

(権利はすぐに行使した方がいい。このばあるという自称悪魔は何となく、信用がおけない気がする……)

「……俺をこのゲーム内で最強の存在にしろ」

「?」

 目を丸くする『ばある』。驚いたようだ。その証拠にパタパタさせていた翼が止まる。

「お主……面白い要求をするぞよ……」

 俺は万遍の笑顔を披露している『ばある』が、俺の要求を聞いた時に少し嫌そうな表情をしたのを見逃さなかった。

「できるのか、できないのか?」

「……面白いことをいう男ぞな。このゲームで、そんなことを願う人間はいなかったぞな」

「そうかな? これがゲームだとしたらまず真っ先に思いつくだろ」

 俺TUEEEEは定番である。誰でもゲーム内で特別な存在になりたい。

「それが現実に願いがかなうとなると、意外とそういう思考にならないぞよ。人間はまずは目の前の欲望に目がくらむ。そもそも、現時点でこのゲームに勝ち抜くことにあまり意義は見いだせないのが普通じゃぞよ」

「俺はそこが怪しいと思ってるんだよ。目的は冒険者の撃退。倒せばKPが手に入る。KPは換金できるといっても1KPは1000円程度。何だか、こっちにペナルティが説明されていないのが気になる」

「それは規則で言えないぞよ……」

 顔を天井に向けて口笛を吹く仕草をする『ばある』。ちなみに口笛は吹けてない。ふうふうと空気が抜ける音が部屋に響く。

 嘘のつけない小悪魔だ。俺は自分の選択が正しかったと確信した。

「で、俺を最強にできるのか、できないのか?」

「では、最強になれるチート能力を与えるぞよ」

「チート能力?」

 よくライトノベルやコミックで見る異能の力。ものすごい破壊力の魔法や一目見ただけで相手を殺せるとか、いろんなチートが生み出されている。

「『錬成釜』をお前に付与するぞよ」

「錬成釜……なんだそりゃ?」

『ばある』はポケットから何やら取り出した。よく見ると携帯電話である。

 しかもガラケー。魔界は少し遅れているのか、それともガラケーの良さが見直されて再ブレイクしているのかは分からない。

(こいつ、一体誰と話しているんだよ。しかも電話のつながり先はどこだよ……地獄? 魔界? 意味がわからん)

「パソコンの画面の右下を見るがいい」

「ばある」に言われて俺は画面の右下を見る。そこにはいつの間にか、お釜のアイコンが作成されている。

「これはトラップやガーディアンを生み出すことができるものじゃ。KPで交換したトラップやガーディアンを選択してドラックするがいい」

 どうやら、この錬成釜。画面上ではフォルダみたいな役割を果たす。KPで買ったアイテムをここへドラックすると合成されて強いアイテムやガーディアンになるというのだ。

「買ったものをここで合成すれば、初期では手に入らないトラップやガーディアンが生み出されるかもしれないぞよ」

「もっと、お手軽に最強のトラップをくれるとか、最強モンスターをくれるとか、俺自身が最強になるとかないのか?」

「それはこのゲームの理を壊すから無理ぞな」

「都合がいいな!」

「それでもな、この錬金釜で作ったアイテムやガーディアンはかなりチートぞよ。運がよければ、とんでもないトラップが作れるかもしれないぞよ。作れれば、まさに最強のダンジョンマスターぞよ」

「最強ダンジョンマスターか?」

「ケケッ……。そうぞよ」

「いや、ちょっと待て!」

「何か不満でもあるぞよ?」

 俺は少し思案した。何だか話がうますぎる。うますぎると感じた時には、何かあると考えた方がいいというのは、巷よく言われていることである。しかし、なぜか人は騙される時には、このことを忘却の彼方へ忘れてしまう。

 俺はそんな騙される側の人間にはならない。冷静に質問してあら捜しをする。

「運とか以前に、錬成って、素材が良くないとクズしかできないのではないのか?」

 これはいわゆるソシャゲーでいうガチャみたなものだ。確率が悪ければクズアイテムを大量にゲットするだけの虚しいものになる。そして俺の危惧は当たった。

「す、するどい……」

「おい!」

 俺は両手で『ばある』の頭をはさむとそのまま持ち上げる。小学校1年生くらいの体格だから、軽く持ち上がる。

 人間相手にこれは虐待だが、悪魔相手なら問題ないだろう。

「く、苦しい……苦しいぞよ~」

「おまけしろよ」

「分かったぞよ、分かったから地面に降ろすぞよ~」

 地面に横たわり、くうくうと息を整える『ばある』。渋々と来ている黒いベストのポケットからパンパンにふくらんだ布袋を取り出した。

(おいおい、その小さなポケットのどこにそれが入っていた!)

 そしてその中から青い宝石を取り出した。それをパソコン画面にくっつける。

 すると画面に新しいアイコンが作成された。それは青いダイヤモンドのような形をしている。

「これはラッキーストーンぞよ。素材が悪くても突然変異ですごいトラップやガーディアンが錬成釜で合成できるぞよ。確率は85%以上ぞよ」

「こういうのは早く出せよ」

 俺は画面でそのアイコンを見る。アイコンの中に数字が13とある。まだ俺はこの悪魔からとことんがめようと思った。相手が悪魔なら要求はとことんした方がいい。

「13って、これは13しかないってことだよな?」

「十分ぞよ」

「もう少しよこせよ」

「お前は呆れるくらい貪欲じゃの……」

『ばある』はやれやれという表情をしたが、俺は譲らない。悪魔からはトコトン搾り取るべきだ。『ばある』は再び青い宝石の入った布袋を取り出した。俺は『ばある』からすばやくその袋を取り上げるとパソコンの画面に押し付けた。

「わーっ。何をする!」

「ケチケチするなよ!」

 画面のアイコンの数字が13から100に変わった。

「お主はひどい男じゃの。悪魔を怒らすと怖いぞよ!」

「で、これをどうするんだ?」

 とっさに話をそらす俺。さすがのばあるも怒ったようであるが、俺のタイミングのよい質問に怒りの矛先が鈍った。すかさず、俺はばあるを褒め殺しにする。

「偉大なる悪魔のばある様。哀れな人間にその偉大な知識の一端をお示しくだされ~」

「うむ。お主がそこまで言うのなら教えてやろう」

(ちょろい奴!)

「お願いします。ばある陛下」

「うむ。教えてやろうではないか。まずモニター画面の下のバーにあるフォルダのアイコンをクリックするぞよ」

 クリックすると画面にウィンドウが開く。そこには先ほどKPで購入したガーディアンやトラップが表示されている。

 それをマウスで選択するとドラッグできる。ドラック先は錬成釜アイコンである。

「油床に雑魚モンスター、ウィル・オー・ウィスプを1体入れる。これにラッキーストーンを入れて……」

 俺は思いつくまま、適当に今持っているトラップとガーディアンをドラッグする。

「トラップの合成材料にガーディアンを使うのは見たことがないぞよ」

「そうなのか?」

「ふつうはそうじゃ。トラップはトラップ同士、ガーディアンはガーディアン同士だろう。普通は受け付けないはずだが、ラッキーストーンがあるからできるようじゃの」

(なるほど……。ラッキーストーンが乳化剤のようなものか?)

 酢と油は通常混じり合わないが、ここに卵を加えると混じって乳化し、マヨネーズになる。トラップとガーディアンは合体できないはずだが、ラッキーストーンのおかげで合成できるのだ。

「じゃあ、やってみよー」

「どうなっても知らんぞよ!」

「別に損するわけでもなし」

 バシッとキーボードのリターンキーを押した。その瞬間、画面がスパークする。

 そしてゆっくりと文字が浮かんだ。

 

 トラップ『ネイキッド』が合成されました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る