第69話 その視線の向かう先

 

 カレリンはラファリィの間合いふところに飛び込み、掴みかかってきた彼女の手を最小限の接触で捻り、ラファリィの開いた両足の間に自分の足を差し込み、ラファリィの力を利用して地に倒すとそのまま拳を叩き込んだ。


 少し効いたようで、ラファリィは顔を苦痛に歪め――


「グッがぁぁぁあああ!」


 ――狂獣の咆哮を放って蹴りを繰り出す。


 しかし、カレリンは既に彼女の間合いを離れており、その蹴りは虚しく空を斬る。が、ラファリィはその蹴りの勢いで一回転して立ち上がるとカレリンへ襲いかかった……



「予想以上の展開だ」


 ニタニタと薄笑いを浮かべる邪神が私の横に立った。私はそんな彼女を一瞥いちべつしただけで、すぐに2人の戦いに目を戻した。



『貴女……彼女に何かしましたね』

「あぁん何の事だ?」


 カレリンに両腕を振り回してその暴威を振るうラファリィの両の瞳にはもはや正気の欠片もない。


『いくら魔力が暴走したと言っても今のラファリィの状態は異常です』

「くくくッ……まあちょい精神暴走バーサークしやすい暗示はかけた……かな?」



 両腕を大きく広げて襲いくるラファリィに、まだ彼女の力量を測りかねているカレリンは身を低くしてラファリィの脇を潜り抜けて彼女の後背を取る。


 どう見てもカレリンの方が圧倒的に技量が上で、一撃ももらわずラファリィに何度も痛撃を加えている。だがラファリィは全く無傷。


 一方、ラファリィの攻撃を受けもせずにいるカレリンはラファリィに近接する度に浅いが次々と傷が増えていっている。


 額から、頬から……

 破れた袖より露わになった腕から……

 舞うたびに翻るスカートの裾より見える脚から……


 血が滴り、彼女の武踏に合わせて汗と共に飛散する。


 ズタボロで凄惨なはずの彼女の舞いすがたは、それでも優雅で惹きつけられる。



 カレリン……



 彼女が圧倒的な存在感を持つ絶世の美女だから……

 彼女の一挙手一投足には無駄がなく優美だから……

 彼女の見せる数々の技がとても優れているから……


 そんな陳腐なものではない。



 ただただ一心不乱なカレリンに感動するのです。



 だから私は言葉を失って見惚れた。なのに……


「中々の趣向だろ?」

『……悪趣味なだけです』


 ……無粋な。


「そうは言うがルナテラスも我を忘れて見入っていたじゃないか」

『それはカレリンが今までつちかってきた武の集大成が体現されているからでしょう』


 私がチラリと邪神を見やると、それに気づいた邪神が視線を寄越してニヤッと嘲笑わらった。


「それも俺の見事な演出のおかげだろう?」

『脳みそまで腐りましたか真正変態の百合ビアン』


 本当にイライラさせてくれるクソ女です。


 こんな女に目を付けられたばかりに……痛ましい程に正気を失い、ただがむしゃらに腕を振り回すラファリィに少し同情する。


『ラファリィは思い込みの激しいところはありますが、素直で優しく思いやりのある娘でしょうに、無闇矢鱈と弄ぶものではありませんよ』

「おや? 世界を壮大な実験場にして人類を弄んでいる創造神様とも思えぬ発言だ」

『私は観察者であって愉快犯ではありません! あたら生命が散っていくのを楽しむ趣味は私にはありません』


 私がキッと睨みつけると、邪神は肩を竦めてこわやこわやとおどけて、私の感情を逆撫でる。


 分かっている……コイツは私が感情を露わにする様を見たいのだ――


「やっぱりお前は澄ました無表情より、そうやって怒った方が魅力的だ」

『ふん!』


 ――だから私は邪神を無視して、再びカレリンとラファリィへ意識を戻した。



 袖は破れ、スカートは裂け、胸のリボンは千切れ、両者とも身に纏う制服は見るも無惨なありさま。


 一見すれば2人とも痛ましい状態なのですが、その実情は違います。


 カレリンは服装と同様に全身傷だらけで満身創痍といった感じです。しかし、ラファリィは破れた服の下から露わになった白い肌は綺麗なままで全くの無傷。



「グゥルゥゥウ!」



 まともに人語を発せず猛獣の如き唸り声を上げる忘我の状態。


 制服は原型を止めずまるでぼろ布を纏う未開の蛮族。目から理性の光は失われ、口から涎を垂らし、身に宿した膨大な魔力をただ物理に変えて破壊衝動にのみ従うその姿はまさに狂戦士ベルセルク



「はッ!……ふッ!……」



 その暴風の様に荒れ狂う力そのものを舞う様に華麗に躱し、魔法なのではと思わせる技でいなし、拳を、掌を、肘を、肩を、膝を、足を、その身の全てを武器と変え戦う令嬢は目に強い意志を宿し、口の端を僅かに吊り上げ妖艶に微笑わらう美貌の達人。



「ガアァッ!」

「セイッ!」



 ただ自らの圧倒的な魔力絶対の暴力を振るい、振り回されるラファリィと練り上げた魔力鍛え抜かれた技を披露する対照的な2人の戦いは人の領域を遥かに越え、人が踏み入る事は叶わない。


 だから無謀な観客ギャラリーも私と邪神の2人だけ。



「これだけのスゲェ死合ベストバウトの観戦者が俺達しかいねぇのは勿体無いねぇな」

『……』



「ダァぁぁあ!」

 豪ォォおお!!


 ラファリィの凶悪な程に強大な魔力を宿した拳が振り回される度に、その枯れ木の如く細い腕からは想像できない力の奔流が産み出す暴風に壁が、床が、天井が引き裂かれていく。



「ぐがガガガッ!」

 轟ォォぉおん!!


 ラファリィの絶望的なくらい絶大な魔力を纏った蹴りが繰り出される度に、小柄で華奢な少女のものとは思えない絶対の暴力が気流のうねりを産み轟音を発して地を穿つ。



 そのラファリィの騒々しい魔力ちからによって、天井てんは堕ち、壁は撃ち抜かれ、には無数のクレーターが……


 彼女達の激突から1分と経っていないのに、もう講堂はその役目を果たす事の叶わぬ瓦礫の山と化してしまいました。



「ふッ!……てやッ!……」


 それとは正反対にカレリンの拳は、手刀は、掌底は、肘鉄は、蹴りは……


 彼女の全身はラファリィを正確に捉えて、彼女の力の全てをラファリィにだけ注ぎ込む。だから周囲には全く干渉しない彼女は激しく動き回っているのにその流れはとても静かで、動作に音の無い様はまるで無音の世界にいるよう。



「ふふふ……」



 そしてカレリンはとても楽しそう。


 ラファリィの姿だけを見て、ラファリィの雄叫びこえだけ聞いて、ラファリィの身体にだけ触れて、ラファリィの動きだけに合わせて、ラファリィだけを感じている。


 そして、カレリンはラファリィだけに己の全力を、力を、魔力を、技を、持てる全てを注ぎ込む……


 その姿はとても美しく、とても生き生きとして、とても煽情的で、とても躍動的で……


 だけどそれは全てラファリィに向けられるもので……

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