第68話 目覚めし殺意の波動!令嬢類最強決戦!!

 

「ラファリィ! 落ち着きなさい!!」

「うがぁぁぁあ!」



 カレリンは飛んで来る瓦礫を捌きながらラファリィに近づき静止しましたが、もう彼女には殆ど理性がないようです。


 無茶苦茶に腕を振り回してカレリンに襲いかかってきました。


 カレリンは上から振り下ろされたラファリィの右腕を自分の右腕に魔力を集中させて受けると見せて、接触するや否やその右腕をクルリと回転させて受け流す。


 私の目から見れば、カレリンのその技の切れは見事の一言としか表現できないものでした――が、カレリンの顔が微かに歪みました。



「――ッ!」



 何故かカレリンの右袖が引き千切れ僅かながら彼女の白く細い腕から血が流れてしまっています。


 あまりに一瞬で私にも何が起きたか正確に分かりませんでした。


『完璧に受け流したように見えたのですが、受け損ねたのですか?』



 私の問いかけにカレリンは首を横に振る。



「いいえ、間違いなく受け流したわ。それでも彼女の力は『令嬢流魔闘衣術・ガントレット』で最大限魔力を集めた私の右腕の防御力を上回ったのよ」


「がァァアッ!」



 体勢を崩して前のめりになっていたラファリィがその不安定な体勢のまま斜め後ろのカレリンに向け無理矢理腕を振り回した――裏拳!


 ですが、カレリンはそれを予想していたのか、今度は受けず軽やかなフットワークで距離を取って躱します。


 しかも距離を取る寸前にラファリィの脚にローキックを喰らわすおまけ付き――でしたが、全くダメージが入った様子がありません。


 ラファリィの魔力によって完全に防がれているようですね。



「――ッとに! 殆ど魔力の垂れ流し状態、全身への魔力配分も滅茶苦茶なのに私の魔闘衣術を軽く凌駕するって……いったいどんな魔力してんの!?」

『彼女の魔力量はカレリンの魔力量のざっと50倍くらいでしょうか』

「50倍!?」


 驚くのも無理ないでしょう。



「それって――」



 なにせ第二次世界大戦開戦時の日本とアメリカの国力差は10〜20倍……それさえも遥かに上回っているもの。


 それがどれだけ無謀な戦いであることか。



「――マウンテンゴリラ5000頭分!」

『驚くところはそこですか!?』


 私に振り向き人差し指を立てて力説しますが、もう緊迫感が薄れてぐだぐだです。


「だってゴリラ5000頭よ! 霊長類最強と謳われるマウンテゴリラの大群よ!」

『そうかもしれませんが……』

「こっちは100頭だってのにマウンテンゴリラ5000頭が一斉に襲いかかってくるなんて!」

『確かに想像したら恐ろしい光景ですが……』


 マウンテンゴリラ5000頭が胸叩きドラミングしながらウホウホ雄叫おたけびを上げるシーンが頭をよぎりました。


 恐ろしいのか可笑しいのかよくわかりません。


「なんて恐ろしい!」

『……なんだかなぁ』


 まあ、カレリンらしいと言えばらしいのですけれど……



「うぉぉぉぉぉおおお!」

「ちッ! マウンテンゴリラ5000頭のローキック!」

『いい加減ゴリラから離れなさ!』



 カレリンは一気に飛び退すさりましたが、ラファリィの蹴りが床を穿ち木片が四散して、その一部がカレリンに迫る!



 ザシュッ!



 剣撃一撃!

 カレリンと飛来物の間に大きな影が割って入り、飛来してきた木片が撃ち堕とされた。



「嬢ちゃん気を抜き過ぎだッ!」

「タクマ!」


 冒険者もとい現在用務員のタクマ・ジュダーが抜き身の愛剣を片手にカレリンを叱咤した。


「あんたが何でここに!」


 カレリンの問いかけにタクマはふっと笑った。


「一応俺は嬢ちゃんのボディガードだからな」

「タクマあんたは――」


 カレリンも釣られて口の端を少し上げた。


「――足手纏い! 邪魔だからさっさとどっか行って」

「酷いッ!」


 可哀想に……せっかく久々にカッコよく登場したのに。


『一応助けに入ってくれたのに……タクマが半泣きしてますよ』

「あの程度の木片など私の防御力の前には無意味」

『まあ、そうですねぇ』


 出番が少なくて忘れている方も多いでしょうけれど、彼は若くしてアダマンタイト級冒険者になった実力者なんですが……まあ、カレリンと比較してはいけませんね。



「とりあえずタクマは清掃隊員を指揮して講堂内の人達を避難させて! このままじゃ満足に戦えないわ」

「お、おう! 任せろ」


 カレリンの命令にタクマは気を持ち直して即座に対応し、清掃隊員を率いて生徒や職員を誘導していきます――健気です。



「さすがの手際ね」

『それは彼に直接言ってあげてください。可哀想でしょう』


 カレリンはくすりと笑って再びラファリィと対峙する。


「まあ、ここを生き残れたら考えるわ」

『貴女にしては弱気な発言ですね……勝てますよね?』


「勝つだけなら難しくはないわ」

『貴女の50倍の魔力量でも?』


「どれだけ魔力が高くてもラファリィはど素人よ。まともに力を制御できていないから私の最大打撃を打ち込むのは造作ないわ」

『では問題はないでしょう?』



「ぅうぅうぅぅぅ……ぅがあぁぁぁあ!」



 怒りに歪んだ顔には可愛らしい令嬢の面影はなく、若く愛らしかった声は大地を震わせるような獣の叫びとなって暴れ回るラファリィ。


 その彼女がカレリンに迫り大きく振りかぶって繰りだすのは右拳――それは完全なテレフォンパンチ。


 カレリンはラファリィの突き出された右腕を掻い潜り、彼女の鳩尾に膝を入れる――が、ラファリィは全く堪えた様子を見せない。


 掴みかかろうとするラファリィの両手を避け、彼女に身体を密着させた状態のまま、カレリンは足捌きだけでラファリィの背中側に回り込む姿はまるでラファリィをリードして踊りを舞っているよう……


 カレリンはラファリィの背を取ると迷わず肘で痛撃を加えた――が、これも彼女を前方へと押し出すに留まり、ダメージはなさそうです。


「見ての通りよ」


 素早く離脱したカレリンはラファリィの右拳を受けずに躱した筈であったが、その頬からツゥーっと血が滴り落ちる。逆にラファリィを見れば、あれだけ綺麗にカレリンが急所を突いたにも関わらず、全くの無傷。


「直撃を受けてもいないのにこっちはダメージを受けるわ。ラファリィの攻撃を1発でも喰らったら多分無事じゃ済まないわ」

『ラッキーパンチ狙って腕回しているぐるぐるパンチだけで脅威ですか』

「ええ、しかも見た通り生半可な攻撃は全て無効」

『なるほどラファリィの脅威は分かりました。ですが貴女ならラファリィの稚拙な攻撃を避けて致命打を放てるのでしょう?』


 正気を失いカレリンに狙いを定めたラファリィが乱雑に腕を振り回して襲いくる。素人の私が見ても明らかに隙だらけで、カレリンなら十分に大技を仕掛けられる――が、カレリンはラファリィの間合いの外から前蹴りを放ち、サッと離脱した。



「ラファリィの防御力はかなりのもの。今のだって他の連中なら決定打よ。彼女にダメージを通すには私も本気で打ち込む必要があるけれど……」

『何か問題が?』


 確かにラファリィの魔力量はカレリンの50倍以上ですが、格闘経験のないラファリィには付け入る隙は幾らでもありそうです。カレリン程の実力があれば、倒すのは容易に思えますが……


「本気の一撃なら間違いなくラファリィを倒せる……でもそれだと間違いなく彼女を殺してしまう」

『だから先程から軽い打撃でラファリィの防御力を測っていたのですね』

「ええ……彼女の防御力を正確に測って、適切な力で打撃を加えないと……」

『弱すぎると倒せないし彼女の回復魔法で傷は簡単に治ってしまう――』

「――かと言って強すぎれば殺しかねない」


 なるほど、カレリンは殺さずにラファリィを無力化しようとしていたのですね。それは単純に倒すよりもそれはかなり難易度が高いでしょう。ですが――


『――私としては貴女が幸せになれさえすれば他の者はどうでもいいのですが』

「私はそんなの嫌よ!」


 カレリンの眉間に皺が寄る――怒らせてしまったようですね。


「ラファリィは誰かを貶めようとしたわけじゃないし、邪神に騙されてはいたけど彼女なりにみんなを守りたかっただけでしょ」

『まあ、そうですが……』

「命は投げ捨てるものではない!彼女に全く咎がないとは言わないけど……こんな死に方じゃ悲しすぎるじゃない」

『しかし生きて捕らえるのは一筋縄ではいかないでしょう?』


 心配して問いかけるとカレリンはふっと笑って私を一瞥した。


「そうね、かなり骨が折れるわね……ふふっ、タフな死合になりそう」

『その割には楽しそうですが?』

「ええ楽しいわ!」



 本当にカレリンは楽しそうです。わくわくしている雰囲気がとても伝わってきます。私はなんだか面白くない。



『こんな無茶苦茶な状況なのにですか?』

「関係ないわ」



 今までも彼女は自由気儘に今の人生を謳歌していると思っていました。


 確かに国家転覆さえできる力を持ちながらも、他人を気にかけ、父母の言い付けは守り、決められたルールには従う……そんな彼女は周囲が思う程には傍若無人ではありませんでした。


 それでもそれは、彼女の自身の矜持に従っているものであり、彼女はやはり何者にも縛られず、自分のやりたい事をやって、自分の夢へと突き進んでいる姿はとても生き生きしていた。



「今の私は誰が何と言おうと世界一幸せな令嬢よ!」



 だけど今の彼女はそれ以上に楽しそうでたのしそうです。


 制服はボロボロだけれどその姿は輝いていて、煌めいていて、不敵で太々しいけれどその笑い顔は目が離せない程に美しい……


 獲物を狙う獣の様に爛々と光るカレリンの瞳はどんな宝石よりも綺麗で、だけどその目が捉える者はずっと隣にいた私ではなく、途中から現れたラファリィであることに私は少し嫉妬を覚えます。



「だって――」



 右足を僅かに前に、左手を胸に添えるように上げ、掌を下に右手を腰のあたりで構える。カレリンがこのように構えを取るのは珍しい。



「――私と対等まともに戦える相手に……悪役令嬢わたしより強いヤツに会えたんだから!」

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