第40話 唸れ!自由を掴んだパイオツ聖人ヴォルフ【マッチング不成立】


 ――さて、お次は魔術省長官令息ヴォルフ・ハーンね!



 ヴォルフは魔法師の大家ハーン家でも魔力量が大きいの。その期待を背負った彼は幼い頃より努力して様々な魔法を習得した麒麟児よ。


 彼はそんな才能に自惚れ軽い言動が目立つチャラ男で、可愛い子を見つけては声を掛けまくる女ったらし――という仮面を被ってるの。


 だけど、それは実家への彼なりの反抗……


 ハーン家は大魔法師の家系だけに魔法絶対の風潮がより濃厚で、彼は幼い頃から厳しい魔法の修行をさせられていた。


 だからなのかな?

 彼は自由に憧れていた。


 そんなヴォルフとの最初の出会いイベントはナンパから始まるわ。

 おちゃらけた彼に対しヒロインはあまり良いイメージを持たない。


 だけどイベントを進めていくと、魔法学園に入学するまで魔法に関して負けた事がなかった彼が初めて敗北を喫する――悪役令嬢カレリンに!


 彼女の魔力量はヴォルフを遥かに上回り、繊細な魔法も使い熟す。しかもカレリンはヴォルフが努力して身につけた魔法の数々も容易たやすく習得してしまう。


 ハーン家にとって魔法の価値は絶対。しかもハーン家とカレリンの実家アレクサンドール家は仲が悪い。


 両親から責められ、より厳しい修行を課せられたヴォルフにはもはや自由など無かった。


 いつもナンパしてくるヴォルフが学園の庭園で意気消沈している姿を見つけたヒロインが心配で声を掛けると、彼は顔を向けて薄ら笑って軽口を叩こうとする。


 だけど全く生気のない表情と声にヒロインは悩みを尋ねる。その時に初めて彼の自由への渇望を聞くの。


 そこでヒロインは彼を一喝するの。

「自由が欲しいなら何で戦わないの? 本当は自由になる事が怖いんでしょ。親の庇護を失い、貴族の権利が無くなるもの。自由って好き勝手に生きる事じゃない。自由には多くの責任が伴うの。自由って苦しくて大変なんだから」

 と……


 ヒロインに諭されたヴォルフは自由とは何か、自分が渇望しているものは何か自問し、それを探すためヒロインと友好関係を結ぶようになるのよ。


 長くなってしまったわ。


 さて、彼との最初の出会いイベントは――庭園でのナンパ!

 確かヒロインがベンチで小鳥に餌をあげているとこに声を掛けてくるのよ。



「そこの可憐なキミ……」



 こんな風にね。


 人の気配に驚いた小鳥達が飛び去って行く。


 わたしが顔を上げれば白銀の長髪と甘いマスクに笑みを浮かべ――ッてない!


 何だか思いつめた表情してるんですけどぉ! なんか少しヤツれているんですけどぉ!! なんなら完全に生気を失っているんですけどぉ!!!



「キミは不思議な感じがする……」



 どうしよ! どうしよ!

 またまたイベントが先に進んでません?


 わたしは内心で慌てたんだけど、ヴォルフの今にも自殺してしまうのではないかと思わせる顔を見ちゃうと、ここは腹を括らないと。


 ヴォルフに分からないよう小さく深呼吸すると、わたしはベンチを手でポンポンと叩いた。



「隣……座りますか?」

「いいの……かい?」

「今のあなたを追い払うほど、わたしは非情な人間ではありません」



 わたしの言葉にヴォルフは薄く笑って「ありがとう」と礼を述べて、わたしの隣に腰掛けた。



「僕はヴォルフ・ハーンだけど……知ってる?」

「お名前は存じ上げております。わたしはマット男爵の娘ラファリィです」

「ふふふ……僕の事…知っているんだ」

「ハーン家の麒麟児、魔法を極めし者、稀代の大魔法師……大の女好きの女ったらし」

「ぷッ! くッくッくッ……なんだいそれ?」



 わたしがヴォルフの肩書きを述べていくと、彼はおかしそうに笑った。



「何って……あなたの噂?」

「ははは、噂なんて当てにならないものだね」


 ヴォルフはベンチに背をもたれて空を見上げた。


「鳥はいいねぇ……翼があって…自由に飛び回れて」


 わたしも空を見上げれば、数羽の鳥の飛び去る姿が目に入った。


「鳥には鳥の苦しみがあると思いますよ」

「そうかな……いや…そうだね、きっとそうだ」


 今度は俯いて地面に視線を落としたヴォルフは両の手を組み、指を絡ませる。


「僕はそんな大した魔法師じゃないよ。むしろ落ちこぼれさ……それから女好きでも女ったらしでもないかな」

「……」



 わたしはゲームの設定を知っている。彼がナンパをするのは家への当て付け――


「むしろ女の子が怖いんだ」


 ――じゃないんかいッ!



「子供の頃はキミの聞いた噂の通りだったんだけどね。ある事があってから女の子が怖くて近づけなくなったんだ」

「えッ? それじゃわたしに近づいても……」

「そうなんだ……キミは怖く感じないんだ……どうしてだろう?」


 ヴォルフは不思議そうにわたしをマジマジと見た。



 それってもしかしてヒロイン補正なんじゃ――


 ヴォルフの視線がわたしの顔から少しずつ下がり一部で止まって、軽く納得したように頷いたのをわたしは見逃さなかった。


 ――無いからか! 胸が無いからなのね! 男はやっぱり胸のサイズなの!?



 くッ! どうせわたしの胸は小さいわよ!

 服着たら胸の膨らみなんて分かんないわよ!

 なんなら絶壁よ!


 こいつはやっぱり女の敵!


 くそぉぉぉ!

 容姿はこんなに可愛いのに、どうしてわたしの胸はこんなに小さいのぉ!?


 お、落ち着けわたし……今はヴォルフとの関係を構築しないと。



「その……女性が苦手になった出来事をお尋ねしても?」

「え…あ…うん……」


 ヴォルフは口元を手で覆いながら少し考え込む。

 話すべきか迷ってるのかな?

 だが彼はすぐに意を決して話し始めた。


「実は数年前にとある人物にコテンパンに打ちのめされてね……」

「魔法の勝負に負けたのですか?」

「魔法の勝負だったらどんなに良かったか……いや、良くはないよ負けるのは……だけど、どんなにマシだったろう」


 彼はグッと拳を握った。

 彼にとって魔法は絶対なのだから魔法勝負以外で負けたなら問題ないのでは?


「僕はね…この魔法絶対優位の世界で魔法を使って素手の女の子に負けたんだッ!」

「は?」


 意味が分からない。

 素手ぶつり相手に魔法がどうやったら負けるのか?

 第一相手は女の子?


「僕の言っている意味が分からないだろ?」

「は、はぁ……何か卑怯な手段でも取られたのですか?」


 ハニトラにでもやられたのだろうか?

 ヴォルフならありえる。


「正真正銘真っ向勝負で敗れたんだ。僕の魔法が全く通用しなかった」

「本当は魔法を使っていたのでは?」

「いや、間違いなく彼女は魔法を使っていなかった。その為、僕はハーン家の面汚しと親に詰られ厳しい修行の毎日さ」

「だから自由な鳥を羨んだのですね」


 ヴォルフはこくりと頷く。


「修行は地獄さ……今の僕に自由なんてどこにもない。それに引き換えあの女は――」


 ぐッ!と拳を握るヴォルフ。


「あの女は完全無欠の自由人! 最凶最悪の歩く傍若無人――カレリン・アレクサンドール!」

「――ッ!」



 またも悪役令嬢カレリン!

 いよいよもってカレリンがこの世界を破壊しようと活動を始めているの?



「マット嬢……ありがとう。キミに打ち明けたら気持ちが少し楽になったよ」

「いえ、わたしは何も……」

「聞いてくれただけでありがたいよ。今の僕は他の女の子とは会話もできない」



 それは胸かッ!

 この学園には胸のサイズが大きい女しかいないからか!



「そうだ! 僕と友達になってくれないか?」



 くッ!

 わたしだってこんなパイオツ聖人なんてゴメンよ!って言いたいところだけど、今は血の涙を飲んでも耐えねば。



 わたしはとびっきり可愛い笑顔をヴォルフに向けて右手を差し出した。


「わたしなんかで宜しければ喜んで!」


 ヴォルフは本当に嬉しそうな笑顔でわたしの手を握った――

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