第39話 G攻略開始!地に墜ちたマーリス【マッチング不成立】
さあ、いよいよ待ちに待った
これまで色々あったけど、ほぼ予定通りね。
孤児院での幼少期は魔力量を増やすことに集中したし、5年前倒しの9歳でマット家に引き取ってもらえたわ。
お陰で魔力量、学力、礼儀作法は申し分ないはずよ。
魔法も補助魔法を使えるようになったし、在学中のイベントを熟せば光の魔法を習得して回復魔法も使えるようになるんじゃないかしら。
能力面はほぼカンスト状態――完璧ねッ。
後はゲームイベントを取りこぼさなければバッチリ!
まずはオープニング強制イベント――『スリズィエの木の下でガルム・ダイクンとの出会い』!
庭園のスリズィエの木のところへ行きましょう――――――――
……………………………………………………
…………………………
……………
………
――――――――ッ!!!
驚いた〜。
イベント通り木の下で振り向いたら、ガルム様がわたしを見つめていたの。
もう、心臓がドキドキで爆発しそうだったわ。
分かっていたけど、ガルム様ってホントカッコいいのね。
頭が真っ白になって危うくイベントを失敗するところだったわ。
危ない危ない……
ここではまだ顔見せだけなんだから。
さて、まず最初に攻略するのはガルム様の側近の1人、騎士団長令息マーリス・ツナウスキーね。
彼は騎士団長である父を尊敬し、立派な騎士になるべく強さを求め鍛錬を積み重ねる真面目で努力家の素敵な男性よ。
ちょっと偏屈で融通が効かないのが玉に瑕ね。
彼はツナウスキー家に伝わる『魔法剣』の使い手でもあるの。だけどイベントを進めていくと彼は純粋な剣技の試合で負けてしまう……
秘伝の『魔法剣』を使えばおそらく勝てる相手なのは間違いない。
だけど、純粋に剣のみで戦った彼はライバルに負けてしまったの。
この時マーリスは強さとは何か?という疑問にぶつかってしまうの。
自分は『魔法剣』に依存し過ぎていたのではないか?
そもそも、魔法絶対の世界で剣の強さとは何なのか?
そう悩み苦しむ彼に、ヒロインは真の強さを説くの!
「本当の強さは剣や魔法の力じゃない。ただ力があるだけではいけないわ。確固たる意思と挫けぬ信念、そして何より人を思いやる優しさ……それこそが真の強さ。それらなくしては剣も魔法もただの暴力でしかないわ!」って……
だけどこの言葉もマーリスの好感度が低いと彼の心に届かないから序盤のイベントでしっかりポイント稼がないと。
彼との最初の出会いイベントは確か剣闘場。そこで一心不乱に剣を振っているの。この頃の彼は強さを求めて邁進しているはずよ。
ストーリーが進行すると試合に負けてしまい、思いつめた表情をして剣をジッと見つめるスチルに変わるのよね。
さあ剣闘場に着いたわ。ここでマーリスが鍛錬しているはず。赤い短髪で精悍な顔立ちの長身のイケメンだからすぐ見つかるわ……
キョロキョロと辺りを見渡せばマーリスが広場中央にほらい――た?
剣闘場で一心不乱に剣を振って――ない?
マーリスが思いつめた表情で自分の剣をジッと見つめている……あれ?
この
えッ? どうして? なんで既にイベントが進んでるの?
意味が分からないわ。うーん、好感度の上がっていない状態で果たして彼に介入しても良いものか。
わたしは一瞬迷ったんだけど、マーリスの悩む姿を目の当たりにしてたら、攻略だとかイベントだとかどうでもよくなった。
困っている人がいる、苦しんでいる人がいる、助けを求めている人がいる……それ以上に誰かに手を差し伸べる理由があるだろうか?――いや無い!
確かにこの世界は乙女ゲームだけど、その中で暮らすわたしは……わたし達は現実なんだ!
今わたしの目の前でマーリスが苦しんでいる。困っている人がいるのにゲームだとかイベントだとか言っていられないじゃない。
「どうかなさいましたか?」
声をかけるとマーリスは初めてわたしの存在に気がついたみたい。驚いた表情をしているわ。
「お前は?」
「ラファリィ・マットと申します。男爵令嬢の身でありながら不躾で申し訳ありません」
ゲームだといきなり話し掛けるんだけど、当然そんなのNGよ。
「本当はいけない事だとは承知しておりましたが、あまりに貴方様が思い詰めていらっしゃったものですから」
「思い詰める……そうか俺はそんなにも情け無い顔をしていたのか……」
「――ッ!」
あれ? このセリフ……試合に負けた後のイベントと同じだ!
「実は……強さについて行き詰まってしまってな」
わたしが驚いて黙っていたら、マーリスが勝手に話し始めてきたんだけど。
「俺はマーリス・ツナウスキー。現騎士団長サリウス・ツナウスキーの嫡子だ」
「まあ! 騎士団長様の……お噂は伺っております。この国一の剣の使い手だとか」
「ああ、親父は強いよ。あれはまだ俺が5歳の時――」
お父さんについて語るマーリスのセリフは確かにゲームと同じね。
だけど、彼の嬉しそうな表情はとっても生々していて、だから彼はやっぱりゲームのキャラじゃないって思えて――だからわたしは少し恥ずかしくなった。
この世界は現実、息づく人達はキャラクターじゃなく本物。そう思っていたつもりだったけど……まだ頭のどこかでゲームと当てはめていたのね。
「親父は俺の憧れ、俺の目標だ。だから子供の時から鍛えてきたし、実際に俺は強くなった――はずだった……」
表情が一気に曇るマーリスを見てわたしの胸はキュッと締め付けられた。
「俺の剣が全く通用しない相手に出会ってしまった。俺は自分で思っているほど強くなかったらしい」
「だから強さについて悩んでいたの?」
「ああ……強さってなんだろうな。強さを求める意味ってなんだ? どんなに鍛えても才能ある奴がちょっと本気になればあっという間に追い抜かれてしまう。俺のやっている事に意味はあるのかってな」
自嘲気味な寂しい笑い顔で再びジッと己の剣を見つめるマーリス。強い男の弱い部分にわたしはちょっとキュンときちゃった。
わたし達の間に沈黙が流れる。悩んでいるマーリスを見ながらわたしは決意した。わたしには使命がある。この世界の流れを正常に戻さないといけないって。
だけどそのためにマーリスを見捨てるのは違うと思うの。
「本当の強さは剣や魔法の力じゃないと思うの」
「え?」
わたしの言葉にマーリスが再びわたしに顔を向けた。
「ただ力があるだけではいけないわ。確固たる意思と挫けぬ信念、そして何より人を思いやる優しさ……それこそが真の強さ。それらなくしては剣も魔法もただの暴力でしかないわ!」
「マット嬢……」
「マーリス様のされている鍛錬は決して無意味なんかじゃありません。そんなただの暴力に立ち向かう事のできる素晴らしいものです。例え圧倒的な力を前に敗れても、誰かのために立ち向かい、何度でも立ち上がる勇気と意思があるなら……必ず最後には――ッ!」
ちょっと!?
マーリスがわたしをぎゅって!
ぎゅって抱き締めてくるんですけどぉ!
ダメよダメ!
わたしはマーリスを落とすつもりはないんだから……でも、ちょっとだけなら?
「マーリス……さ…ま?」
「うっ…くっ……すまない……」
顔を上げようとしたわたしの頬にポタリと雫が落ちた。
涙だ……
「俺は……俺は……」
「いいんです。誰にだって弱音を吐きたくなる時はあります……」
わたしは顔を上げず、そっとマーリスの背中に手を回し優しく撫でた。
「そして、弱さを曝け出し、泣いてもなお顔を上げて前を向けるなら……マーリス様はまだ…きっともっともっと強くなれます!」
しばらく泣いていたマーリス様はわたしをその腕の中から解放すると、わたしと真正面から目を合わせた。
「マット嬢! 君に誓おう! 俺はきっと強くなる……殿下を守るため、そして君を守るために!」
「そんな……わたしなんかのために……」
「いや! 今日からマット嬢は俺の友だ! 何かあれば力になろう」
それにしても試合イベントはまだ先なのに、いったい誰がマーリスを打ち負かしたのかしら?
わたしはちょっと気になってそれをマーリスに聞くと――
「カレリン・アレクサンドール……あいつの武威の前には俺の剣なんて子供のお遊びだった」
「――ッ!」
悪役令嬢カレリン!!!
「俺は殿下を守るためヤツと戦ったが……全く相手にならなかった。あれは…あれは……人が踏み込んではいけない領域――絶対の暴力だッ!」
こうしてマーリスは出会いイベントが一瞬で攻略イベントに早変わりしてしまった……
まあ、順調なのはこの世界を守るためにはいい事なんだけど――
カレリン・アレクサンドールの名前がわたしの頭の中にこびりついて離れない。
なんだか嫌な予感がするわ――
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