第37話 太陽にほえろ【閑話パート】
清掃していたのは腐敗と自由と暴力が支配する、弱肉強食の世紀末から現れた様なモヒカン達。
清らかな神殿のような学園と澱んだ街角で出会いそうなモヒカン軍団というミスマッチな景観に、少女でなくとも頭がどうにかなりそうだ。
「これは軍曹よりご教授いただいた清掃活動に必須のスタイルであります!」
近くに居たモヒカンが解説をしてくれた。
見た目と違い親切そうだ。
ここが荒廃した世紀末ならヒャッハーと水や食料を略奪しそうなものだが――
「汚物を発見したら、この格好で『汚物は消毒だ〜!!』と叫んで処理するのがお約束なのだそうです!」
――いや、やっぱり世紀末のならず者らしい。
消毒されるのが心配になり、少女は自分の身なりを再確認――たぶん大丈夫?
それにしても、このモヒカン達はどこから学園に入って来たのだろう?と少女は不思議に思いながら親切なモヒカンの顔を覗き込んで――
「――ッ!!!」
――絶句した。
「いかがなされましたか?」
「あ、あ、あ……」
少女は口が
そのモヒカンこそが彼女の目的の人物であったのだ。
「あなたマリク・タイゾン君!?」
「はッ! 自分がマリク・タイゾン二等兵であります!」
「えッ? えッ?――自分? 二等兵?」
(間違いなく攻略対象のマリク・タイゾンよね? 何で世紀末スタイル? 二等兵って何?)
少女は混乱した。
訳が分からない。
良く見ればマリクも周囲のモヒカン達も肩パッドを除けば学園の制服だ。恐らく彼らはマリクの元手下の不良達なのだろう。
彼らが清掃している様子から、この神気を発するような清浄空間を生み出したのは恐らくマリクを含む不良達で間違いあるまい。
(マリクは不良枠の攻略対象よね? なんで清掃活動しているの?)
おかしい……明らかにおかしい。
彼ら不良達の恰好もおかしいが、その不良達が清掃活動を真面目に行っているなど、ゲーム設定云々は関係なく異常だ――いや、確かに稀にそんなヤンキーも存在するが……
「どうしてあなた達が掃除をしているの?」
少女の質問――当然の疑問である。
「はッ! 自分達に課せられた最終選抜試験をクリアするため、昨日より清掃活動を慣行しております!」
「最終選抜試験って?」
「
「ぐ、軍曹?」
「自分達二等兵の上官、カレリン・アレクサンドール軍曹の事であります!」
「――ッ!」
予想はしていたが、マリクの述べた名前に少女は叫びそうになった――やっぱり悪役令嬢カレリン!と。
これで謎が解けた――何故、不良達が世紀末スタイルで掃除をしているかの……
「彼女に無理強いされて、そんな変な恰好で掃除をさせられているのね!」
「掃除は我々清掃隊員の
「誉って……それじゃあ好きでやっているの?」
「イェスマァム!」
無理強いでないのならいい――のか?
いや待て!
マリクは自分の事を二等兵と言っていた。カレリンを軍曹とも。
やはり試験を強制されているんじゃないのか?
「ねぇ、清掃隊員になるために試験を受けているって言ったわよね?」
「イェスマァム!」
「どうして清掃隊員を目指しているの?」
「学力も魔力も家柄も低い自分達は何の役にも立たないゴミ屑以下の存在です。しかし、軍曹はそんな自分達に生きる価値を与えてくださったのです。それが――清掃隊員でありますッ!」
「そんな……」
少女はふるふると首を横に振った。
「学力、魔力、家柄……そんなもので人の全てを判断し、差別するのはおかしいわ! みんなが平等に幸せになる権利があると思うの。あなたにも素晴らしい才能があるじゃない。あなたは価値の無い人間じゃないわ! 立派な1人の男性よ。誇りを持って胸を張っていいの!」
ゲーム通りのセリフではあるが、少女は心の底から本心でそう思う。
事実それを口にした。
「はッ! 軍曹もそのように仰っておられました……この学園の理念は平等である。その理念に自分も賛成だと――」
そうだ! この学園は平等を理念とする。
カレリンは悪役令嬢かと思ったけど、それをきちんと理解しているなら良い人じゃない、と少女は思った。
「――学歴も、魔力も、地位も、それら全てに価値がない。軍曹の前には全てカスであると! この試験を乗り越え、軍曹に認められて立派な清掃隊員になって初めて自分達は人の権利を得られるのだと!」
「それ絶対おかしい!!!」
違った! やはりカレリンは悪役令嬢――いや悪役じゃない悪人だッ!!!
その時――
(ぱっぱっぱ~ぱっ! ぱっぱっぱ~ぱっ! ぱらっぱっぱぱらぱ~)
――突如ラッパの音が校庭に鳴り響く。
「全員整列!」
いつの間にか仮設壇上が組まれており、その上でラッパを持ったタクマ・ジュダーの号令が飛ぶ。清掃活動に勤しんでいたモヒカン達があっと言う間に集合し、壇上の前に整列した。
見かけ世紀末のならず者とは思えぬ一糸乱れぬ整列。
どこの軍隊なの! と少女は度肝を抜かれた。
モヒカンの軍隊って、拳王親衛隊なのか?
ここには奴が――世紀末覇者がいるとでも言うのか!?
その異様な光景を前に、少女は固唾を呑んで成り行きを見守った。
タクマが壇上から降りる。
入れ替わって登ってきたのは軍服のような格好の1人の美少女。
「――ッ!」
下から見上げていた少女は息を呑んだ。
輝くような
同性なら羨み、嫉妬し、異性なら目と魂を奪われるだろう。
壇上に立ったのは、そんな1人の絶世の美少女――カレリン・アレクサンドール。
分かっていた。知っていた。
前世で画面越しに何度も見ていた。
それでも少女は目を奪われた。
現実離れした美しさに、誰よりも強烈な存在感に、他者を圧倒する風格に。
「諸君!――ッ」
カレリンから発せられた鋭くも美しい声は不思議と良く通り、この校庭にいるものの耳を打った。
魂を奪われて惚けていた少女は、その声で我に返った。
「――誰一人欠けずによく最終選抜試験をやり遂げたッ! 結果はこの学園の現衛生環境から一目瞭然であるッ! 全員が無事に試験を通過した! この場にいる全員が今日より
カレリンの言葉にモヒカン達の幾人かがすすり泣く。その異様異質な雰囲気に呑まれ、少女はただ黙って眺めるしかできなかった。
「初めて会った時に私は思ったものだ。貴様らはどいつもこいつも使えん肥溜めの
「――ッ!」
モヒカン達からは失笑が聞こえてきたが、だが少女は笑えない。むしろ大きな衝撃を受けていた。
この1つの美術品の様な美しく荘厳な雰囲気の
その驚きは一瞬フリーズして言葉の意味をすぐに理解できない程だった。
「だが貴様らは厳しい訓練を熟し、辛い試練を乗り越え、困難な試験をやり遂げたッ! もはや貴様らはブヒブヒ鳴くしか能のない
モヒカン達から「HA!HA!HA!」と笑い声が聞こえるが、少女には何がおかしいのかさっぱりだ。
「そうだ!
拳をぐッと握って語るカレリンの力強さに清掃隊員達が黙って熱い視線を注ぐ……
「今まで貴様らは謗られ、侮られ、迫害を受けてきた。だが、今日より立場は逆転した! 貴様らは力を得た! 何者にも負けない、何者にも屈しない、何者にも
ビシッと姿勢も隊列も崩さず、清掃隊員達はただ聞き入るのみ……
「これからは貴様らが奴らを掃除する側になったのだッ! 貴様らは今日から清掃隊員の精鋭! 私の誇りであり、学園の希望である。その自信と自負と矜持を胸に諸君らのこれからの奮闘を期待するッ!」
「「「サーイエッサー!!!」」」
(ザッ! ダッ! バッ!)
傾聴していたモヒカン全員が見事に揃った挙動で足を揃え敬礼をする。もう完全に軍隊ではなかろうか?
カレリンは満足気に頷くと、サッと身を
「解散ッ!」
タクマの号令にモヒカン達が散って行く。
少女はその様子をただ呆然と眺めていた。
すぐに校庭からカレリンもタクマもマリクも他のモヒカン達も姿を消し、早朝の校庭には少女以外の人影が無くなった。
1人残された少女はポツンと広い校庭で佇む。
「こ、こ、こ――」
やがて、少女は両拳を強く握り締め、肩を震わせた。
「――これって悪質な洗脳じゃなーーーい!!!」
誰もいない校庭に少女の叫び声だけが響き渡った……
―――≪次回予告≫―――
みなさんお待ちかねぇ!
カレリンに新たなるライバル出現!その名はラファリィ・マット―――
《ぴろぴろり~ん》
『次回に投稿を予定しておりました『令嬢類最強!?ー
―――に、レディィィ、 ゴォォォォ!
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