第33話 逃げる犬はただの犬だ、逃げない犬はよく飼い慣らされたフェンリルだッ!【STAGE 校庭】


【訓練2日目】



「私の任務は愛する学園のため貴様らの中から役立たずを見つけ出し排除することだッ!――」



 私は仮設壇上の上から元不良達を眺める。


 2列横隊できちんと整列するゴミ屑どもも昨日のだらしない態度を改めたようね――顔付きも大分マシになったわ。


 どうやら昨日のしごきで己の立場を理解したようね。

 何人か生贄にした甲斐があったってものね♪

『彼らには抵抗のしようもありませんでしたから……』



「――私は貴様らを軽蔑している」



 私は壇上から降りると、1人ずつ顔を確認しながら不良どもの前を通過していく。


 私の足元を真っ白ふわふわのフェンリルがちょこちょことついてまわっている。


 うん! 今日も可愛い。

『このあざとさ。本当にイラッときますね!』



「貴様らはこの学園に何の貢献もしないゴミだ! クズだ! ただそびえ立つクソピー以下の値打ちしかない!」


「私は貴様らを厳しくしごく! その過酷な訓練を終えるまで、貴様らは人間ではない! 肥溜めに涌くウジ虫だ! この学園で最下層の存在だ!」


「今の貴様らは便器に流されるクソピーの価値もない!」


 次々と不良どもに罵声を浴びせていく。

『――ッ! なんてお下劣な言葉を!』

 これがハートフル軍曹式『新兵特訓用罵詈雑言激励法』よ!



「貴様ら軟弱者どもが私の訓練に生き残れたら、貴様らは兵器マシーンとなる。清掃に命を捧げる始末屋スイーパーだ。だが! 私の訓練は厳しい! 熾烈しれつを極める特訓だ! だから貴様らは厳しい私を嫌うだろう!」



 全員の顔に緊張が走る。訓練を想像してビビっているのね。


 だけどまだまだ甘いわね。私の特訓の厳しさは、今こいつらが想定した最も辛い訓練の遥か左斜め上を行くのよ!

『厳しいだけでは人は育ちませんよ』


 ふむ……ポンコツにしては良い事を言う。


 そうね。スパルタだけでは人は着いてはこない。確かに時に飴は必要だわ。

 少し甘いところも見せてあげましょう。



「だが喜べ! 私は厳しい! しかし、この学園の理念は平等である。そして、その理念に私も賛成だ。何故ならこのキャンプにはあらゆる差別など存在しない! 学歴も、魔力も、爵位も、そんなものの上下で私は見下さん――」


 私の言葉に今までそれらで虐げられてきた不良どもの顔が僅かに上がる。


 きっと学歴、魔力、地位で苦しんできたのね。

 愛と平等の精神で私がそれら劣等感から解放してあげる。

 このキャンプは全ての人に公平よ!


「――何故なら貴様らは等しく価値がないからだ。あえて言おう――――カスであるとッ!」

『それ突き落としていますから!!!』


「そう……学歴も、魔力も、地位も、それら全てに価値がない! 必要なのはただ1つ! このキャンプをクリアすることだ!」


「このキャンプに生き残った者だけが人としての価値を勝ち取るのだ! 私の任務は貴様らを鍛え上げ、このキャンプを乗り越えさせ、貴様らを立派な清掃隊員として育て上げることだ! 分かったかウジ虫ども!」

「「「サーイエッサー!」」」


 私はふと1人の不良の前で足を止めた。

 こいつは初っ端に反抗してきた奴だな。


「ジョーカー二等兵! 清掃隊員だ! 分かるか?」

「掃除をする者です!」

「その通りだ! では掃除とは何だ?」

「ゴミ屑どもを排除し、汚れを消し去る事です」

「正解だジョーカー! 気に入った――」


 その瞬間、私の足元で可愛いくじゃれていたフェンリルの耳がぴくぴくッと動いた――うん、とってもラブリー♪


 何かを感じたのだろう。フェンリルは顔を上げると、つぶらな瞳で私の顔をジーッと見る――相変わらずキュート♪



 私はそのフェンリルをジーッと見下ろし、彼と視線を合わせる――にやッ。


 私の口の端が軽く釣り上がる。

「――――ッ!!!」


 その瞬間、身の危険を察知したフェンリルは弾かれたように走り出し、脱兎の如く私の前から逃げた。が、――バカめッ!


 文字通りお母様の膝元で、安穏と惰眠を貪っていた貴様がッ、野生の牙を抜かれた貴様がッ、令嬢流魔闘衣術を極めし私から逃れられるはずもなかろう!


 次の瞬間には逃げ出したはずのフェンリルは私に首根っこを掴まれ、ジョーカー二等兵の前へと突き出されていた。


 今の一瞬で逃げたフェンリルの元まで走って引っ捕まえ、ジョーカー二等兵の前まで戻ってきたのだ。

『そのスピードはほとんど魔法ですね。みな瞬間移動したようにしか見えなかったでしょう』


「――私のフェンリルをモフモフファックしていいぞ」


 このふわふわ真っ白なフェンリルの、小さくて愛らしいフェンリルの姿にジョーカー二等兵のキラキラした瞳が釘づけだ!


 知っているぞジョーカー二等兵……貴様が時折フェンリルを目で追っていたことは――犬好きめッ!


「――ッ! キャイン! キャイン!」


 ジョーカー二等兵の自分に向けられる不穏な視線を感じ、フェンリルが首を激しく振って拒絶する――無駄な抵抗をッ!


 何ですって!?「男はイヤや! 女がエエんや!」?

 貴様! まだトラウマを抱えていたのか――ッ! 軟弱者めッ!

『トラウマ?』


 実はフェンリルも最初から男にモフられるのを嫌がってはいなかったの……


 だけどアレクサンドール領で行った最初のカレリンズ・ブートキャンプで、フェンリルをモフらせる許可を出したら……むさい山賊おっさん達に集団でもみくちゃにされてしまったの!


 それからというものフェンリルは男を……特にゴツいおっさんを怖がりだしてしまったの――なんて悲劇!

『フェンリルが色情魔獣になった原因は貴女ですか!?』



 こうしてカレリンズ・ブートキャンプ2日目を無事終えたのだった――


「ギャン! ギャン!――…キャイ〜ン、キャイ〜ン……クゥ〜ン、クゥ〜ン」

『これって本当に無事なんですか? フェンリルの目がどんどん死んでいきますよ』


 ――尊い犠牲を払いながらも。



『本当にこれで良かったのでしょうか?』



――これで2日目の状況終了よ!

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