第32話 ふるめたる・じゃんぱー【STAGE 校庭】

 

【訓練初日】



「総員傾注!」


 タクマの号令が校庭に響く。


 マリク二等兵を筆頭に絶滅危惧種ヤンキーどもがのろのろと集合した。


 こいつらダラダラグズグズとッ!

 お前らホントに絶滅させるわよ!



「今からカレリン軍曹よりありがたい薫陶のお言葉を賜わる! みな心して傾聴するように!」


 そう注意してタクマが私に場を譲ってくれた。

 前に立つと私に全員の視線が集まる。


 何こいつら?

 ずいぶん反抗的で、憎々しげな目つきね。


 まったく……どいつもこいつも険のある視線を私に送ってくるなんて!


 生意気ね! ホントに絶滅させようかしら?


「――ん?」


 いや、よく見たらマリク二等兵が1人だけキラキラした瞳で私を見ているわ。


 何あいつ?


 あれだけ私にボコボコにされたのに……マゾかしら?

 気持ち悪い! 死滅させようかしら?

『酷い!? どっちにしろ駄目じゃないですか!』


 来たわねポンコツ駄女神!

『あれから3日。満身創痍で入院した彼らも無事に退院できたみたいですね』


 魔法のおかげね。

 これで始められるわ!

素行不良な者達このれんちゅうを集めて何を始めるんですか?』


 ふっふっふっふっふっ……

『何ですかその不気味で真っ黒い笑いは?』


 これから私のメイヤー先生を悩ませたゴミ屑どもを更生するのよ!

『お願いだから自重してくださいね』



 私は足を肩幅に開き、両手を背中に回して腰の辺りで組む。いわゆる軍隊などでお馴染みの『休め』の姿勢。この姿勢、なんか偉そうでいいわね。


 足元でフェンリルが可愛いくお座りしてハッハと舌を出しているのは愛嬌ね。

『あざとい! 絶対にこの駄犬は狙ってやってる』


 この子が可愛いのは仕方がないのよ。

 侍女達もこぞって世話をしたがるし。


 だからお手入れもバッチリ!

 見て! この真っ白でふわふわな毛並み。

『こいつドヤ顔しやがった! ムカッとくる犬ですね!』


 マスコットは気持ちを和ませるわ。

『私はイラッとさせられましたが?』


 フェンリルがいれば少しはみなの気持ちも穏やかになるでしょう。

 上官たる者、威圧だけで部下を従えるのは間違いよ。


 大切なのは――愛!

 そう……愛が必要なの!

『貴女のセリフが胡散臭いです』



 さて、それでは始めましょうか――


「聞け貴様ら! ここに貴様ら落伍者で無能なゴミ屑を集めたのは他でもない!」

『舌の根が乾かぬうちにこれですか!』


 ――ハートフル軍曹式の新兵育成法をッ!



 ざわっと不良どもの気が揺らぎ騒つく。

 その反抗心旺盛な目に殺気の炎が垣間見える。


 なに? この私に歯向かうつもり?――殺すわよ!

『ちょっと! ちょっと! カレリン!』


 他の連中と打って変わって1人静かなヤツがいた。

 マリク二等兵だ。子供のような輝く目で見つめている。


 なに? ごっつい巨体の男がお星さまみたいな目して気持ち悪い!――排除するわよ!

『酷い! 酷すぎる!!』



「シャーラップッ!!!」



 魔力を乗せた声に全員がびびって静かになる。

『魔力にそんな使い方が……』


 フェンリルみたいな魔獣もやる『威嚇の咆哮ミナス・ローア』と同じよ。

『精神を恐慌状態にさせる魔獣の咆哮ですね』



「貴様らは既に私の麾下きかに入った! カレリンズ・ブートキャンプの2ヶ月間で、貴様ら使えぬ新兵ニュービーを私が自ら鍛えてやるからありがたいと思え!」

「ふざけるな!」


 私の言葉に被せて怒声を上げる大男。


 この不良集団のナンバー2で、名前は確か――


「ジョーカー・ティーヴィス二等兵! 発言を許した覚えはないぞ!」

「うるせぇ! マリクは大人しく従ってるようだが、オレまであいつと一緒にするな!」


 ジョーカー二等兵が拳を振り上げ私に襲いかかって来たが、私は後ろ手に組んだ姿勢のまま歩法のみで躱す。


 ずどーーーん!


 もちろん足を残してジョーカー二等兵を転ばすのを忘れない。


「いたたた……」


 不様にうめき声を漏らし地面に倒れ伏すジョーカー二等兵の胸ぐらを掴んでぐいっと引き起こす。

『か細い貴女が大男を細腕一本で持ち上げる様はシュールですね』


「貴様らウジ虫どもに拒否権なぞ無いッ!」

「く、くそッ! この……」


 ジョーカー二等兵はジタバタするが、その抵抗は全くの無意味。


「貴様らの汚ねぇ口で『くそ』を吐く前と後に“サー”と言え!」

「ぐッ! 誰が……」


 ふふふ、なんて反抗的な――愛い奴め!

『楽しそうですね』


 こういうのがいると見せしめに困らないのよね。

 とりあえずこいつはボコるの決定!

『――ッ!? 鬼ッ!』


 ふっ――私は鬼軍曹よ!

『変な開き直りは止めてくださ』


 即行でボコボコにして、ボロ雑巾と化して地に転がるジョーカー二等兵を足蹴にする。

 見回せばヤンキーどもが震えあがっているわ――にやりッ……


「理解できたか?――ウジ虫ども!」

「「「サーイエッサー!」」」


「なんだぁ? あーん? 聞こえんなぁ。貴様らタマを2つともなくしたか?」

「「「サーイエッサー!!!」」」


 全員が直立不動の姿勢に早変わりした。

 うむ! なかなかよろしい!


『カレリン! 何て卑猥な言葉を! 貴女は女の子なんですよ』

 ハートフル軍曹を真似ているだけよ。


『フルメタル・ジャンパー』――素晴らしい作品よね。


 ハートフル軍曹が鬼軍曹の汚名を被るのも厭わず、罵声と厳しい訓練で新兵達を鍛え上げ、全員を立派な海兵隊員に育て上げるの!

 血と汗と涙と鬼軍曹の罵詈雑言による訓練所の青春を描いた不朽の名作よ!


 こうやって罵声と罵りで新兵どもニュービーしごき、わざと自分は悪役となって仲間同士の一体感と学園への愛校心を育てるのよ!

『それ絶対間違っていますからね』


 ちゃんと領地で山賊どもを更生した実績があるのよ?

『それ更生ではなく、洗脳したのでは?』


 うっさいわねぇ――黙って見てなさい!



 こうしてカレリンズ・ブートキャンプが幕を開けた。


 まったく、訓練は地獄だぜ! フハハハハー!


 まあ時々、脱走を試みた愚か者もいたけど……

 バカめ! 令嬢流魔闘衣術を極めし私を前に逃げることなど――不可能ッ!!!


 脱走者が出る度に秒で捕まえては、みなの前に引きずり出し、罵倒して、ボロ雑巾に変えて、晒者にして、反抗心を完膚なきまで叩き潰した。



「この私に目をつけられたからには泣くことも、許しを乞うことも、逃げることも許さん! 貴様らに許されるのは私の訓練を完遂するか――死だけだッ!!!」

『ひ、酷すぎる――ッ!』



 こうやって、初日から軟弱者どもを足腰立たなくなるまで徹底的にしごいた――

『これで良いのでしょうか?』



――さあ、初日の状況終了!

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