第23話 掌の踊り―尺取撲手―【STAGE 屋敷】


――カレリン SIDE――


『さて、ガルムたちのことは分体に監視させるとして、カレリンはどこで何をしているでしょうか?』



 このポンコツ駄女神は何を1人でぶつぶつ喋ってるのかしら?

『むッ! いましたね脳筋アホ娘』


 しばらく顔を見せないと思ったら随分と失礼なやつね。

『どっちがですか……それで貴女は何をやっているのですか?』


 見て分かんない?

 ダンスのステップの練習よ。

『何故にダンス?』


 冒険者の仕事にかまけて令嬢としての勉強が疎かになってたから、お父様に怒られちゃって……(๑˃̵ᴗ˂̵)テヘペロ

『貴女という人は……それで冒険者ランクはもうアダマンタイト級に?』


 もうとっくにオリハルコン級に昇格したわよ。

『それは凄い!』


 10歳の時にね、西方の大樹海で魔物のスタンピードが起きたのよ。その討伐隊に参加したんだけど……

『大活躍したんですか?』


 大活躍と言うか……1人でやっちゃった。

『は?』


 討伐隊の指揮官がやたら上から目線で鬱陶しかったのよ。

 私をガキ扱いして、まともに取り合ってくれなかったの。

『まあ10歳は実際に子供ですからね』


 だけど、そいつってミスリル級の弱っちいヤツでね。

 なのに私に向かってやたら命令してくるの。


 その時の私は既にアダマンタイト級冒険者ぞ。


 面倒になったから1人でさっさと突っ込んじゃった。

《いや、突っ込んじゃったって……》


 それでね、恐慌状態で襲ってくる魔獣達を森から頭を出した瞬間に片っ端からぶっ潰したの。

《貴女の非常識なスピードありきの凶行ですね》


 モグラ叩きみたいで楽しくなって夢中になってたら、今度は魔獣達が大恐慌状態になって森の奥へ大潰走しちゃった。

『我を忘れた恐慌状態の魔獣達が大恐慌して逆スタンピード起こすとは……』


 もう終わり?って拍子抜けしてたら巨大な犬型の魔獣が奥から、

 ドシーン、ドシーンって

 出てきたのよ。

『おそらくスタンピードの原因になった大物ですね……西の大樹海の犬型というと大魔獣フェンリルですかね?』


 真っ白なフサフサの毛並みで、犬よりちょっと顔が長くて、地球にいたホッキョクギツネみたいな姿してた。まあ大きさは全長10メートル近くあったけど。

『間違いありませんフェンリルですね。しかし、10歳の身で伝説級の大魔獣フェンリルを倒したのですか。オリハルコン級も頷けます』



 え?

 フェンリルを?

 倒してないわよ。

『ん? ではどうしたのです?』


「わんッ!」

 私は尻尾を振って近寄ってきた白い子犬を抱き上げた。


「わんッ! わんッ!」

「フェンリルは今日も元気で可愛いですねぇ」

『こ、この真っ白な愛くるしいワンちゃんはもしかして……』


 フェンリルよ。

 小さくなってもらったのよ。

 今は我が家の番犬してるわ。

『どうしたらそんな経緯に?』


 わしゃわしゃ撫でるとフェンリルはハッハッハッと舌を出して嬉しそうに尻尾を振る。


 あの時のことは今でも忘れないわ……


 森から出てきたこの子と私は向かい合って対峙して鋭い視線で睨み合ったの……

『ほう、世紀の大対決の予感させるような展開』


 久々の大物に私のアドレナリンも大放出で、かなりテンション上がったわ。

脳内麻薬やくぶつには手を出さないんじゃなかったんですか?』


 自然に出るんだからしょうがないでしょ!


 すわッ! 血沸き肉躍る闘いだ!


 私はそう意気込んで飛びかかろうとしたんだけど……

 フェンリルったらソッコー伏せしてクーンクーン鳴くのよ。尻尾丸めて。

『よっぽど貴女が怖かったんですね』


 期待してただけに私もフラストレーションが爆発して、

 起きて来いッ!

 おらッ! かかってこいや!

 って挑発したら、今度はお腹見せてきゅーん、きゅーんって降参するんだもん。

『それで可哀想になって飼っていると』


 そうなの。

 お腹にダイビングしてわしゃわしゃしたら気持ちよかったのよ。

『毛皮に魅了されましたか』


 最初はお父様もお母様も飼うのに大反対されたんだけどね。

『この大陸で4大魔獣の一頭、西方の覇者フェンリルですから普通は反対するでしょう』


 そこでこの子は子犬サイズまで小さくなって、可愛くクーンクーンって捨てられた子犬みたいな目をしたの。

 お父様もお母様も瞬殺で、ソッコー飼う許可を出してくれたわ。

『ま、まあ確かに可愛いですね。とても西方で敵なしの大魔獣とは思えません』


 今じゃこの屋敷の使用人達のハートを鷲掴みよ。


 尻尾を振れば侍女もメイドもみんな黄色悲鳴を上げてお菓子をくれるし、うちの無愛想な職人気質の料理長もお座りしてじっと見上げれば賄いを分けてくれるからフェンリルもご満悦よ。


 我が家にすっかり馴染んじゃって。

『この駄犬には大魔獣フェンリルとしてのプライドはないのですか!』


 まあ、魔獣と言っても野生生物だから、餌をもらえればいいんじゃない?

 プライドとかそんなの生きるのにはどうでもいいんでしょ。


 なんかこの子ってさっきから駄女神あんたをジーッと見てるわね。


 この子ポンコツが見えるのかしら?

『まあ、魔獣の中でも魔力がダントツに高いですから』


 あっ、フェンリルがプイッと顔を背けちゃった。


 くあぁ〜っと欠伸をするとフェンリルは私の胸に顔を埋めた。


 この子オスなのかしら?

 よく若く可愛い侍女やメイド達(バストサイズC以上)にも同じようにしてるわね。

『この色魔犬め! 私には触れられないから興味を無くしたのですね』


 お気に入りはお母様の胸みたい。


 いつもお母様に抱かれているとだらしない顔してるわ。

 お母様って子供産んでるとは思えないほど若々しくて美人でスタイル半端なくいいから。

『貴女もその血を色濃く受け継いでいますよ』


 やっぱり?

 どおりで12歳にしては胸が大きくなり過ぎだと思ったわ。


 もうCカップよ。

『悪役令嬢は得手してスタイル抜群のきつめ美人というのが相場ですからね』


 細いのは素早く動けるからいいけど、大きな胸って動くのに邪魔なのよね。


 筋トレして男性ホルモンを分泌させれば女性ホルモンを抑えられてこれ以上は大きくならないかしら?

『どうでしょうね。ゲーム設定のカレリンは凄まじいボンッキュッボンッ!ですが』


 とにかく運動して鍛えないと。

 ダンスって意外と筋トレになるから令嬢教育の中では好きだしね。


 アン・ドゥ・トゥロワ、アン・ドゥ・トゥロワ……

『ダンスのステップと言うより武術の歩法の修練みたいな動きになっていますよ?』



『(私の期待とは違いますがガルム達の方も面白いことになっていますね)』



 ――――――――――



「わんわん!」


 嬉しそうにフェンリルが庭を走り回る。


 いい香り。


 色取り取りの草花が綺麗な調和で庭を賑わしている。

 当家の庭園はなかなかのものだ。


 当家の庭師は本当にいい仕事をするわ。

『貴女にもお花を愛でる女の子らしい一面があったのですね』


 んー花は別に嫌いじゃないけど、好きでもないわよ。

『それでは何故ここに?』


 最近フェンリルがメイド達に餌付けされて、食っちゃ寝ばかりで運動してないから、ぶくぶく太っちゃって。

『それで散歩ですか。西方最強が牙抜かれて完全に腑抜けた駄犬になりはてていますね』


 この子は可愛いから、このままでいいのよ。

 この子も幸せそうだし。

『それは幸せでしょう。色欲と食欲は満たせているようですからね』


 それから私もちょっとこれ・・を観察したかったのよ。


 私は花壇へ近寄り、しゃがむとそれ・・をジーッと見詰めた。

『そうしていると、花に囲まれた絶世の美少女が佇んでいるようで本当に絵になりますね』


 んー?

 なに?

 花?

『貴女が花を愛でていないことは分かっていました。それで何を見ているのです?』


 これよ。

『えーと……虫ですか?』


 そう! このしゃくとり虫みたいに動いているヤツ。

『はあ……何故その虫を?』


 古来より武術家は虫観察を行なってきたのよ。

 蟷螂拳など虫の動きを武術に取り入れるのは常道でしょ。

『形意拳ですか。確かにそういう例もありますが…しゃくとり虫はないでしょう』


 えーッ! でも、形意拳に竜拳や蛇拳があるじゃない?

 あれも長くてヒョロくてウネウネ動くでしょう。


 だからこのしゃくとり虫のヒョロウネの動きをこうやって取り入れて……

『貴族令嬢なんですから、変な風にお尻突き出したり、スカートの裾から脚を出して虫の動きを再現しない!』


 うるさいなぁ。

『女の子なんだからそんなに素足を出しちゃダメでしょう!』


 いいじゃん誰も見ていないんだから。

『そういう問題ではありません!』



『(実際にはそこから男共に覗かれているんですがね。どうにもおかしな方向になっているみたいですね)』

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