第18話 アカギ山~山に降り立った幼女~【閑話パート】


 ギルドに登録して1年が過ぎ――



 私は一気に昇格し、既にミスリル級になった。

 とーぜん史上最年少のミスリル級冒険者なの。


 9歳のミスリル級冒険者なんて世界どころか歴史を紐解いても見あたらないでしょう。と言うより9歳の冒険者がまずいないんだけどね。



「ほらタクマ! 置いてくわよ!」

「待てよ! 速すぎだ!」



 私はタクマたちパーティーを引き連れて魔獣を探しているところ。

『1年前は邪魔と言っていたのにつるんでいるんですね』


 いやぁ、ノリで「一狩り行こうぜ」って誘ったら真に受けちゃって。


『モンハンですか』

 リアルモンハンよねぇ。


『しかし、貴女がミスリル級ですか』

 アダマンタイト級もオファーがきてるわよ。


『は?』

 来年くらいにはオリハルコン級になってるんじゃない?


『もはや伝説ですね』

 そこまでは……


 でもでも、ついに私にも二つ名がついたの!

『おお、それはおめでとうございます』


 今は『ラ・オーガ』って呼ばれてんの。

『ラ・オーガ……オーガの王ですか。それは勇ましくはありますね』


 だけど最初は酷かったのよ?

 オーガ、馬鹿力、歩く凶器、見た目詐欺とか……

『それは二つ名ではなく陰口では?』


 最近では『歩く凶器』から凶器が外れて『歩く幼女』って呼ばれるわね。

『幼女が歩くのは普通では?』


 他にも『最終兵器幼女』とか『幼女戦鬼』とか……

『この街では凶器以上に幼女が恐怖の代名詞になっているのですか』


 なんかね、ちょっかいかけてくる馬鹿者や挑戦してくる力自慢を軽く捻ってたら、近頃は闇討ちや大人数で襲いかかってくるようになって、それも片っ端から返り討ちにしてやってたらいつの間にか……


 こうやって有名になって国中に私の名前が広まるのね。

『広まってるのは悪名じゃないですか?』



「おーい嬢ちゃん! 待てって、何かヤバそうだ」



 タクマが何やら周囲を警戒し始めたんだけど気付くのが遅過ぎ。



「周囲の殺気だった状況のこと?」

「気づいてたのか?」

「とーぜん!」



 私は胸を張って自信満々に頷く。


『どうやら山賊のようですね』

 かなりの大人数の気配ね。


『最低でも100人は下らないでしょう』

 凄い数ねぇ。


『これはタクマ・ジュダーのイベントですね』

 はい? イベント?


『ええ、実は……(邪神の奴も規約破ってるし、これくらいの情報提供はいいでしょう)』

 というわけで、ポンコツ駄女神から乙女ゲームでの隠れ攻略対象タクマ・ジュダーについて教えてもらったわけだけど。


 え?

 100人の大山賊?

 アホじゃないの?

 食料の維持とか組織運営とか無理ありすぎ、現実にありえないでしょう。

 制作陣は馬鹿なの?


 しかもゲームの私は魔法1発でそれを壊滅って……

 設定ガバガバじゃない!

『まあ魔法絶対優位の世界ですから』


 また魔法!

 ちっ!

 この私が物理が至上ちからがすべてだと知らしめてやるわ!

『貴女の力は既にバカげていますけどね』



「やべぇな……こいつらアカギ山の大山賊だ」

「100人以上の大集団っていうあの?」

「領軍も手を焼いているらしいな」



 包囲が完了したらしく、隠れていた山賊達が次々と姿を現し、タクマ達がビビり始めたわ。情けない。


 数はひい、ふう、みい……たくさん!



「きたぜ、ぬるりと……」


 ニヤッと笑う私と対照的にタクマ達は想像以上の人数にかなり緊張しているみたいね。


「テメェがアレクサンドールの娘か」

「ホントに貴族令嬢がこんなとこにのこのこと」

「カモネギだぜ」



 どいつもこいつも勝ちを確信しているようで、下卑た笑いをする。

 全員ものの見事に悪人面ね。ホントにヌルヌルしてそうな汚さね……

『どうするのですか?』


 ふむ……そう言えばお父様が、最近のアレクサンドール領は発展著しく、開発に人手が足りていないと仰っていたわね。

『貴女すっごく悪い顏していますよ』


 貴族の令嬢を攫うのは重罪よね。

 本来なら極刑のところを無報酬労役きょうせいろうどうで勘弁してあげようとする私、慈悲深い。

『ものは言いようですね』


 無料ただの労働力を大量ゲットでお父様も大喜び間違いなしね。

 私の名前も売れて一石二鳥よ。

『相手は100人以上いるのですよ!』


 100人……いい響きよね。


 某空手団体の百人組手とか某ダークファンタジーの狂戦士の百人斬りとか100人の敵と戦うのはロマンよ!


 他の奴らにできて私にできない道理はないわ!

『トラ転した時も似たようなこと言ってましたよね?』


「こんな大山賊初めて見た……」

「か、囲まれてないか?」

「もうダメだ!」


 おろおろするタクマ一行。


「お、おい嬢ちゃん、どうすんだ?」


 パーティーメンバーのみならずミスリル級のタクマも動揺が隠せないようだ。

 未熟者め!



「フフフ……この風、この肌触りこそ闘いよ」



 私はポキポキと指を鳴らす。


「全部ゴッ倒す!」

「何言ってんだ! 意地張ってもしょうがねぇだろ」


 捲し立てるタクマを私は侮蔑の目を向ける。


「意地が張れないなら…男はやめるこった」

「アホか! 意地でどうにかなる戦力差じゃねぇ」


「5対100……1人あたり20人倒せばいいのよ。なんなら私が半分もらうわ。余裕で勝つる!」

「リスクの方がデカ過ぎる!」


「勝利とはリスクと等価交換で手にするもの!」

「ぜんぜん等価じゃねぇよ!」


『お取り込み中申し訳ないんだけど、また人数が増えましたよ』


 更に男達が出現し、私達の周りを十重二十重とえはたえに囲みこむ。もはや逃げ道はない。


 髭面の巨漢が私達の前にずいっと出てくる。

 この山賊の親玉かしら?


「噂じゃ腕っ節の強いガキってんで人数を掻き集めてきた。ざっと200人はいるぜ」

「に、にひゃく……」

「終わった……」

「死んじゃうやつだっ…!死んじゃう死んじゃう…」


 親玉は高笑いし、タクマ一行が青褪める。


 そして私は……


「倍プッシュだわ!」


 私、大四喜だいかんき

 労働力倍増よ!

『考え方がおかしい!』


「くっくっ! 喜びなさいタクマ!」

「この状況でどう喜べと!?」


「この数を拳一つでやれれば、物理こそ最強ちからこそせいぎの証明になるわ!」

「何言ってんだ! 狂ったのか!?」


「狂気の沙汰ほど面白い…!」

「ぜんぜん面白くねぇよ!」

「随分と余裕じゃねぇかおまえら……」


 私とタクマの余裕に山賊の頭、面倒臭いからヒゲモジャが青筋立てる。


「まさかこの状況で勝てると思ってんのか?」

「誰が和了れかてるかなんてわかるもんか、だからこそ闘いは面白えんだよ」

「勇気と無謀は違うんだぜ……ガキ!」


 ヒゲモジャの怒声で周囲の山賊達が一気に襲いかかってきた。


「タクマ達はとりあえず固まって自分達の身を守ってなさい!」

「おい! 嬢ちゃんはどうすんだ?」

「私?」



 ヒャッハーと踊り掛かってくる隙だらけの山賊数人を全員1発ずつ拳を叩き込んで沈めると、タクマにニヤリと不敵に笑ってみせた。



「私が全部ゴッ倒す!!!」

「ぬかせ! ヤローは全員殺せ! ガキはさっさとふん縛ってしまえ!」


 私の宣言にヒゲモジャが山賊達に指示を出す。


「見せてあげるわ……令嬢流魔闘衣術奥義・ドレス!」



 私が全身に魔力を付与すると、全身が薄い光の布で覆われたように輝いて、私はまるで光の衣を纏ったようになる。


 今の私の力は元の数倍!

 この状態で私の技を合わせれば、その威力は数十倍に膨れ上がる。



「貴方達は私を楽しませてくれるかしら?」



 口の端を吊り上げ、不敵に笑う私のオーラに周囲の連中が一瞬たじろぐ。

『貴女ゲスい顔になってますよ……』


 それからは一方的な虐殺だった……

『もはや勝負になっていませんね……』


 次々に部下が倒されヒゲモジャの顔は段々と青くなり、タクマ達は遠い目をし始めた。

『やはり貴女に関わる人間はみな不幸になりそうです』



「おまえら何やってる!相手はたかがメスガキ1人だぞ!」

「喚くなヒゲモジャ……ここからが本当の絶望よ」



 私は戦意を失いつつある山賊達を猛スピードで狩り始めた。


「きゃー」

「いやー」

「お助けー」

「くっくっくっくっ! ほらほらほら! 逃げないと狩っちゃうよぉ。まあ一匹たりとも逃がさんけどね」

『もはやどちらが悪人かわかりませんね』



 逃げ惑う山賊達に猛スピードで追い縋ると絶望に染まる表情を向ける男達の意識を刈り取ってゆく。


 途中から逃げる気力も失い、その場でしゃがみこんで啜り泣く山賊達が続出。

『むさい男達が顔をぐしゃぐしゃにして女性のように啜り泣くのは不気味ですが……同情を禁じえませんね』



「ちっ! もう戦意喪失? 男なら最後の最期まで立って戦いなさい!」

『死者に鞭打つような発言! 鬼ですか!』



 もはや立っているのはヒゲモジャただ1人。

『可哀想に……彼、真っ青通り越して真っ白になっていますよ』


 もうまともに戦えそうなのはこいつ1人か。

 しょうがない。ちょっと喝を入れてあげましょう。


 私は震え上がるヒゲモジャに近づき……



「あンた、背中が煤けてるぜ」



 元気づけようと、ポンッ!と腰を軽く叩く。


「ヒィィッ!」


 あ、白目を剝いて立ったまま気絶しちゃった……


『……』

「「「……」」」


 ああ、背後でポンコツ駄女神とタクマ達がジト目なのが気配で分かる。

『貴女やり過ぎでしょう。周りを見なさい……』


 山賊達はあるものは力尽き倒れ、あるものは苦痛に呻き、あるものは精気を失い項垂れる。

 1人としてまともに立ち上がっているものはいなかった。

『もはや地獄絵図ですね』


 うーん……

 背中に刺さるタクマ達の視線が痛い。


 ここは……

 私はサイコーに可愛く、満面の笑顔で振り返る。



「戦いって楽しいよね!」

「戦いは地獄だ、楽しい事など何も無い……俺は平和ピンフがいいわ」



 疲れ切ったタクマの言葉に、その場の全員がコクコクと頷いた。


 私はタクマ達に背を向けると雲一つない澄み切った青い空を見上げた。

『現実から目を背けなさんな』


 温かい陽射し、心地よい風、草木の爽やかな香り。

 この平和で牧歌的な景色に私の心は凪いだ湖面の如く、静かで穏やかだわ。

『おい! こら!』



 時は春……

 陽は暖かく……

 辺りは静寂なり……

 山野には死屍累々……

 山賊達は呻きを漏らし……

 地べたを這いずり回る……

 女神、変わらずポンコツだ。

 ああ、すべて世は事も無し。

『ブラウニングに謝りなさい!』



『こうしてカレリンの悪名がまた一つ増えたのでした。まあ、破滅フラグを本当に物理でへし折っているからいいのですけどね』



―――≪次回予告≫―――


みなさんお待ちかねぇ!

ついにカレリンと第2王子ガルム・ダイクンとの婚約の日が目前に迫ってまいりました!

未だ修行を完了できないカレリン!さらに、殿下の取巻きたちもやってきたではありませんか!

はたしてカレリンは無事に殿下と取り巻きたちを撃退し霊長類最強を手にすることができるのでしょうか?


次回令嬢類最強!―悪役令嬢わたしより強い奴に会いに行く―『第四死合!悪役令嬢vs恋する殿下』に、レディィィ、 ゴォォォ!

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